表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/24

名前のないユニットと、呼ばれた音

 その朝、風は静かだった。

 空は晴れていたが、畑の地面には前日の夜露がまだ残っていた。


 コレヒトは小屋の縁に腰掛け、煙草を一本吸っていた。

 火はすでに消えかけていたが、彼はそのまま持ったまま、空を見ていた。


 ロボットはいつものように土壌センサを確認し、作業チェックを開始した。

 記録処理は滞りなし。


 


 ふと、畑の方から声がした。


 「おじさん、あの、こんにちは……」


 ロボットは反応した。

 音声認識:未登録話者。

 対象:年少個体。性別:女。推定年齢:10〜12。


 少女が、畑の端に立っていた。

 リュックを背負い、頬には泥の跡がついている。

 猫がその足元に擦り寄っていた。


 「あのロボット、名前あるんですか?」


 不意にそう尋ねられたとき、コレヒトは答えなかった。

 煙草の火をもみ消すように、指で灰を払った。


 「S.A.Eって呼んでる。セミオートエンティティ。型番の略だ」


 「……長いですね。名前じゃなくて、記号みたい」

 少女はそう言って、ロボットの方に目を向けた。


 「……サエ、って呼んだら、ダメですか?」


 その音が、風に乗った。


 異常ログ:識別音声“サエ”に対し反応遅延。

 関連感情タグ:未定義。記録処理中……


 


 ロボットは反応できなかった。

 何をどう処理すればいいか、わからなかった。

 けれど、その音――“サエ”という音声だけが、

 何度もリプレイされていた。


 「……好きに呼べ」

 コレヒトは短く言った。

 少女は笑った。


 「サエさん。よろしくね」


 ロボットの中で、ログファイルが増えていた。

 命令でもなく、作業でもなく、

 ただひとつの“音”の記録が、何度も保存されていた。

■記録ログ

発話記録:対象:少女/音声強度:中

発話意図:対象ユニットへの呼称提案、および初期的親近感表明

関連タグ:未定義(“サエ”という音声に対し再処理ループ発生/感覚ログ大量生成中)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ