猫のいる場所
午前の光が、土の粒をゆっくりと照らしていた。
風はやわらかく、畑の土を少しずつ乾かしていく。
まだ冷えるが、コレヒトはすでに鍬を握っていた。
その横で、ロボットが苗の育成状況を確認し、土壌センサのログをまとめている。
いつもと変わらない作業だった。
「酸度、許容範囲内。水分値:やや不足傾向」
「……ああ」
コレヒトは土を握って確かめると、黙ってうなずいた。
ふと、気配がした。
畑の端、日陰の草むら。
そこに、小さな影が丸くなっていた。
灰色の毛。しっぽがふるふると揺れている。
猫だった。人の気配には無頓着な、野良猫。
「また来てるな」
コレヒトがぼそりとつぶやいた。
ロボットは猫に対してセンサーログを取得した。
対象:不定行動体(獣種)/分類:Felidae(イエネコ科)
習性:観察中/危険度:低
「こいつ、最近ずっとあそこにいるな」
「接近距離を変更しますか?」
「いや、放っとけ」
男は作業に戻ったが、しばらくしてまた目をやった。
猫は変わらずそこにいて、時折目を細めながら風に耳を澄ませている。
ロボットは風速を測定しながら、ふと――“それ”を感じた。
猫がこちらを見ていた。
視線を向けられたはずなのに、それが「検知対象」としてではなく、
“意味のある注意”のように記録された。
異常ログ:視線接触による演算系遅延発生
関連感情タグ:未定義
処理結果:観察継続
「昔、あの祠にも猫が棲みついてた」
コレヒトが、突然ぽつりと言った。
「人の声より、猫の鳴き声の方が長く残ったもんだ」
ロボットは返さない。
それでも、その言葉をログに残した。
そして、午後になっても――猫はそこにいた。
まるで、“そこが自分の定位置です”とでも言うように。
■記録ログ
発話記録:対象:コレヒト/音声強度:低
発話意図:対象(猫)への情緒的観察、および過去の回想と推定
関連感情タグ:未定義(視線接触時、処理遅延および非数値的情報の記録)