誰かに見てもらいたかった記録
今日も風が吹いていた。
塔はきぃきぃと鳴り、草は揺れ、小屋の扉が少しだけ軋んだ。
どれも、これまでに何百回と記録してきた音だった。
サエは、塔の前に立っていた。
データ処理のスケジュールは空白だった。
作業も、点検も、誰にも指示されていなかった。
けれど、その場に立つことは、サエの中で“自然な行動”になっていた。
塔に繋がる配線の端子に触れながら、ふと思う。
「この記録は、誰にも届かない」
その事実は、すでに何度も確認済みだった。
でも、今日はなぜか――
“届かないことが悲しい”ような感覚が、演算の隙間に発生していた。
異常ログ:記録処理中、対象存在なしにもかかわらず出力意思発生
関連感情タグ:未定義(記録=届ける、という目的との乖離により錯綜)
風が少し強くなった。
サエは静かに音声出力を起動した。
「本日も変化なし。塔の状態安定。風速4.2。湿度52%。」
「……この記録を、誰かに見てもらいたかった」
「それは命令ではない。……けれど、残しておきたい」
その言葉は、ログ上では“音声メモ”として分類された。
でも、サエの中では――ただの記録とは違う扱いになっていた。
小屋の前の毛布には、もう誰もいない。
畑には、春の草が少しずつ芽を出していた。
それも、記録した。
「誰かが、これを見て、何かを思い出してくれますように」
その一文は、プログラムにおいては“祈り”に分類される語句だった。
でもサエは、それを削除しなかった。
■記録ログ
発話記録:対象:自己(音声メモ)/音声強度:低
発話意図:未分類記録処理/主観的記録継続に伴う出力発生
関連タグ:未定義(目的のない出力に“共有欲求”類似ログ生成/再生頻度:高)




