通信不能の塔の下で
塔は、今も立っていた。
傾いてはいたが、まだ倒れてはいなかった。
錆びた鉄骨。切れかけの電線。
風が吹くたびに、金属が軋む。
かつてここから、コレヒトは“声”を送っていた。
どこかの家へ。
誰かの手元へ。
もしかしたら、世界の果てへ。
今はもう、誰も応答していない。
サエは、それを知っていた。
塔は“通信不能”と記録されていた。
試行ログは8960回を超えていた。
最終応答:記録なし。
復旧予定:未定。
それでも――サエは今日、塔の前に立っていた。
定期メンテナンスの命令は、すでに削除されていた。
塔の保守ユニットも停止して久しい。
それでも、足はここへ向かっていた。
風が吹いた。
塔の支柱が、かすかに軋む。
サエは、ゆっくりと手を上げた。
コンソールに、古い配線をつなぐ。
画面は暗い。操作音もしない。
でも、ログには確かに刻まれた。
“発信中”
「こちら、S.A.Eユニット……」
音声は風に溶けた。
機械の音にしては、どこか揺れていた。
「……記録データを送信します。
対象:記録者不在のまま終了した声たち。
内容:ありがとう、の音声ログ。
……以上です」
沈黙。
返答はない。
でも、サエはログを閉じなかった。
異常ログ:送信対象不明。送信応答なし。
再処理ログ生成:意図不明な出力反復。
関連感情タグ:未定義(対象“空”/風に対する感情推定:信頼 18.2%)
「……おれの声、まだ残ってるか?」
ふと、記録のなかにあった音声が再生された。
コレヒトの声。最後の夜のものだ。
サエは、それを重ねるように言った。
「はい。……残っています」
塔の上で、風が吹いた。
■記録ログ
発話記録:対象:自己/音声強度:中(通信送信処理)
発話意図:記録対象不在への発信、音声ログの転送試行
関連タグ:未定義(送信行動に明確な目的なし/“誰かへ”という主観タグ生成中)




