白い封筒
午後の授業が始まるギリギリに橋良は戻ってきた。結局橋良の弁当は残ったままで、食べる時間もなさそうだ。
俺と視線を合わせず、避けるように座った橋良に声をかける。
「おい、大丈夫かよ。随分長い用事だったな」
「あ、あー。うん、色々たてこんじゃって」
「昼もまともに食ってないだろ」
「えっと、今日なんか食欲ないからいいかな……」
冤罪おじさんにはしゃいでいた橋良はどこにいったのか。
こちらを向かないため表情は見えないが、おそらく俺に見せられないような顔をしているのだろう。
一つ言えるのは、先生の呼び出しなんてものは確実に嘘だ。そして、そんな嘘をついてまで教室を出て行った原因は、間違いなくあの桃花という女子生徒のせいだろう。
……と推測はできるが、そこに対して踏み込んでいいものなのか。人に知られたくないこともある。
それに、まだ俺と橋良の関係もそこまで深いものではない。
「……なあ、橋良。もしなんかあったら、言えよ。できる限り力は貸す」
俺の言葉に、またも小さくコクンと頷く。
なんともいえないもやもやを抱えたまま、窓から校庭に咲いている桜をぼんやり眺める。
散っていく花びらが、無性に寂しく感じた。
◇◇◇◇
午後の授業全てが終わった。
結局、俺が何を話しかけても橋良は上の空で心のない返事だけが返ってきた。これは、今日はもうダメかもしれないな。
ただ、心配は心配だ。
あまりこういうのは柄ではないが……
「橋良、一緒に帰るか」
「うえっ!? な、なんで?」
そんなこと、俺に言われるとは思っていなかったのだろう。明らかにうろたえている。
「暇だから。駅まで道は一緒だろ」
「いや、でも……」
「本の話でもしながら帰ろう」
「……うん」
少しだけ橋良の顔に笑みが戻る。
何に悩んでるのか知らんが、そこを突っ込まれるのは嫌だったのだろう。本の話という体でいけば、橋良もあまり身構えなくて済む。
とりあえず了承されたことに安堵しつつ、さっさと荷物をまとめ席を立ち教室を出る。
それに続き、橋良はちょこんと俺の後ろをついてきた。
「隣歩けよ、話しづらいだろ」
「さ、さすがになんか恥ずかしいっ!! トッキーわりと図太いよねっ!?」
「そうか? 友達なら普通だろ?」
後ろから聞こえていた橋良の足音が急に止まる。何かと振り返ると、豆鉄砲を喰らったような顔を浮かべていた。
「と……とも……だち?」
「違うのか?」
「そうか……友達なんだ。私とトッキー、友達なんだ!!」
そう言いながら橋良は満面の笑みを浮かべる。そのまま小走りで俺の隣につき、得意げな顔を向けてきた。
「よかったね、トッキー! こんな可愛い女友達ができて!」
「そうだな。こんな痛々しい女友達ができて、嬉しいよ」
「なにさっ!?」
よほど嬉しかったのか、声のトーンも表情もいつもの橋良に戻ってきた。とりあえず、一安心だ。
「あ、やべっ。結局、本借りてないな」
「いいよ、いいよ。明日貸してあげるよ! 友達だから!」
「あんな必死に持って来てくれたのに、悪いな」
「全然いいよっ! 友達だからっ!」
今にもスキップし出しそうなほど、橋良はご機嫌だ。
コイツ結構チョロいかもしれない。このまま頼み込めば一万円くらいポンっと貸してくれそうな気がする。友達だから。
そのまま談笑しつつ歩き、下駄箱で靴を履き替える。外に出ようとすると、橋良はまだ自分の下駄箱の前でクズクズしていた。
いや、グズグズというより……固まっている?
「どうした?」
「……」
返事がない橋良に近づくと、橋良の下駄箱には一枚の白い封筒が入っていた。
……これ、マジか。漫画とかでしか見たことなかったが。本当にこんなことあるのか。
「お、おい。これもしかして……ラブレターか!? 俺ナマで見たの初めてだわ」
テンションがあがる俺に反して、橋良はぴくりとも動かない。そして、無表情で呟いた。
「あの時と同じだ……」
「あの時?」
俺が隣にいることに気づかなかったのか、橋良はビクッと身体を反応させる。
「ああ、あの時って。何度か告白されたって言ってたもんな。みんな、割とラブレターみたいな古風なやり方するんだな」
「ラブ……レター? あ、ああっ! そうそう!私やっぱりモテちゃうんだよね!」
橋良は自分の下駄箱から慌てるように、白い
封筒を掴み自分のバックに入れる。
「という訳で、トッキー! 私、ちょっと忙しくなっちゃったからさ!! 先行くね!」
「お、おお」
靴を履き替え、走り去るように橋良は正門玄関を出て行った。
それにしても、本当にモテるんだな。
しかし、変な男に騙されないように明日充分に事情聴取をせねば。
……なんて、気楽に考えていた自分はなんて馬鹿だったのだろうか。
次の日、橋良が学校に来ることはなかった。




