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約束


 次の日、朝のホームルーム開始ギリギリに教室に入ってきた橋良は、両手に重量感のある紙袋を携えていた。


 マラソンを走り終えやっとゴールが見えたかのような光悦な表情を浮かべ、橋良は紙袋を引きずりながらなんとか自分の席につく。


「なんだよ、その荷物」


「ぜえっ……ぜぇ……おは、……トキ……ぜえっ……昨日っ……うぷっ!!」


「わかった、俺が悪かった。ゆっくり息整えてから返事しろ」


 さすがに朝からオロロロは見たくない。

 ぐったりと席にへばりついている橋良の回復を待ちながら、念の為ビニール袋を用意する。


 それに気づいた橋良は怪訝な顔を向けてきた。


「……吐かないよ?」


「大丈夫だ。例えぶちまけようと、俺はお前に変なあだ名をつけたりなんか——」


「吐かないよっ!!!」


 なんか怒ってる。

 完璧なるフォローだったはずだが、女心というのは難しい。


「まったく! トッキーのために死ぬ思いして持って来たのに!」


「だから、何持ってきたんだよ」


「昨日言ってた本! トッキーに読んでもらいたいやつ!」


 確かに貸してくれとは言ったが、命を懸けてその量を持ってこいとは言っていない。

 

「ありがたいけど……そんなまとめて持ってこなくても良かったろ」


「だって! どれがいいかなって選んでたら、あれもこれもってなっちゃって。トッキーの嫌いなジャンルとかも聞いてなかったし。じゃあ、もう全部持って行こうかなって……」


 律儀というか、不器用というか……

 なんにせよ、俺のために汗だくになりながら持って来てくれたことには感謝せねばならないな。


「ありがとうな。あとで飲み物でも奢るよ。何がいい?」


「ほんとっ!? じゃあね、キャラメルフラペチーノ!」


「そんなもの、この高校にはねえよ」


「じゃあさ、今度カフェ行こうよ! それで、一緒に本読もっ!」


 随分スマートに誘われたな。

 橋良の表情を見る限り、そこに対して何か男女間の余計な感情のようなものはないのだろう。純粋に遊ぼうと言われているようだ。


 思っていたよりも、人懐っこいというか……コミュニケーション能力は高い方なのかもしれない。


「今さらだけど、ちょっと突っ込みたいことがあるんだが」


「なにー?」


「あの自己紹介はなんだったんだ?」


 俺の一言に橋良の血色の悪かった顔が一気に赤く染まる。


「な、なんのことかなっ!?」


「ほら、あの黒魔術でみんな呪っちゃうぞ的な」


「やめてっ! 私の頭の中にはその記憶は存在しないのっ!」


 現実を見たくないんだな。

 橋良の顔はどんどん赤みを増し、その顔を見られるのも恥ずかしかったのか俺に背を向けた。


「あんなリスクあるウケ狙いしなくても、普通にしてれば橋良なら周りと上手くやれただろ」


「……友達沢山ほしかったんだもん」


 背を向けたまま呟くように言った言葉は、沢山の意味を抱えているのだろう。

 これ以上イジメるのはやめとくか。


「とりあえず、俺がいて良かったな」


 少し間を置いて、橋良はコクンッと小さく頷く。そんな小動物のような姿を見て、当分は橋良と二人行動でも良いかと思う自分がいた。



 しかし、異変はその日の昼に起きた。

 

◇◇◇


「お弁当ターイムッ!」


「テンション高いな。昨日の緊張はどこいった」


「よく考えたら、ただ一緒にご飯食べてるだけだなって思って」


 だから、そう言ってるだろ。順応早いな。


 橋良は自分の弁当をそそくさと出した後、手をつけずに膝に手を置いた。どうやら、俺が弁当を開封するのを待っているようだ。

 そして、目を輝かせている。


「……なんだよ」


「今日のトッキーのお弁当なにかなって!」


「別にそんな毎日毎日、特別な弁当な訳ーー」


 開いてみると、髭ヅラのおやじが手をあげている絵がご飯の上にアートされていた 。

 何故か半裸で「冤罪です!」と喋っている。


「きたあ!!!」


「なんもきてねえよ。何にテンションあがってんだ」


「このシュールな……ぶぶっ! 妹さん天才っ!」

 

 俺の妹は確かに天才なのだが、無駄な才能であることには間違いない。

 橋良のツボにだいぶハマったようで、腹を抱えながらケラケラと笑っている。


「このおじさん絶対っ、冤罪じゃないよ! 罪を犯してるよ!」


「わかったから、食べようぜ」


「あー、おもしろ——」


  "ガラッ" っと教室の前のドアが開いた。

 そこから入ってきたのは、見慣れない女子だ。恐らく他クラスの生徒だろう。


 その女子にいち早く気づいた橋良はそのままフリーズした。


「どうした?」


「えっ……と。いや……」


 茶髪で若干メイクが濃く、いかにも今時といった見た目をしている。

 その女子生徒はこちらにチラッと目線をやると、まるで人を馬鹿にするように口角をあげた。


「なんだ、あいつ。知り合いか?」


「…………」


 完璧に黙り込んだ橋良をよそに、その女子はキョロキョロとクラス内を見回し、ウチのクラスの女子に声をかけた。


「あ、いた!」


「なんだ、桃花じゃん。どうしたのさ?」


「次の授業の教科書、早速忘れちゃってさー。貸してくんない?」


 桃花と呼ばれた女子はヘラヘラしながら、その女子がいるグループに入っていく。


「えー、アホじゃん」


「ごめんごめん、授業終わったらすぐ返すからさー」


 桃花は空いている席に座り、女子グループのお昼タイムに入りこみ雑談をしている。


 別になんてことのない光景のはず。ただ、異変があるとすれば、桃花がその間もチラチラとこちらに視線を送っていること。それに対して橋良が萎縮をしていることだ。


 これは、明らかにおかしい。


「おい、橋良——」


「ご、ごめんっ。トッキー……あの、先生に呼ばれてたの思い出した! ちょっと職員室行ってくる!」


 焦るように食べかけの弁当をしまい、橋良は席を立ち、かけ足で教室を出て行った。


 橋良が出て行ったあとすぐに、女子グループ達がヒソヒソと話しているのが横目に見えた。

 その中で、桃花はさぞ楽しそうに笑っていた。


 そして、昼の時間が終わるまで橋良が教室に戻ってくることはなかった。

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