陽動作戦
「創世の、女神様……?」
アンソニーが呆けたように呟く。
そのあまりにも美しい見た目に見惚れたのか、もしくは見た目に反するお茶目な仕草に圧倒されたのか。ギャップにやられたのかもしれない。
女神はまるでスキップでもするように軽い足取りで歩み寄る。
「はい。皆様にお会いできまして光栄です。来てくださったのですね」
「ええ。心強い仲間を連れてまいりました」
アベルが後方の仲間たちを振り返る。
女神がそちらに目を向けると、仲間たちはそれぞれに得物を持ち上げて力強く微笑んで見せた。
女神の顔が嬉しそうに綻ぶ。
「まあ! 皆様、集まってくださってありがとう。おそらく概要はセシリーナたちから聞き及んでいるかと思います。『星を喰らう魔獣』は恐ろしい化け物です」
「そんなことは百も承知だぜ、女神サン」
「泥船に乗ったつもりで俺たちにどーんっと任せときな」
デュークとダグラスが肩を組みながらがっはっはと笑う。
あの二人はいつの間にあんなに打ち解けたのだろう。気が合いそうな二人だ。
女神がおかしそうに声を立てて笑う。
「とても頼もしいです。微力ながらわたくしにも何か手伝わせてください」
「わあ、女神様も参戦してくださるなら百人力ですね!」
「ああ。さっそくだか戦略を立てようぜ」
セシリーナにアベルが頷く。
本来の目的――『星を喰らう魔獣』に挑むための作戦を練らなければならない。相手は単体でこちらは複数。多勢に無勢で挑むとはいえ、なにせ相手は最強の魔物だ、実力は五分五分だろう。戦略が勝敗を分けるかもしれない。
皆で堂内の談話室に移動しようとしたときだった。祭壇の奥の壁が、ごぉん、と激しく振動したのだ。まるで何かの覇気にでも当てられたかのように。
フィオナが怯えたふうに口に手を当てる。
「あの場所は……!」
「隠し扉のあるところだな。夜の森へと繋がる――」
「夜の森?」
ラルフの呟きにヒースが聞き返す。女神が代わりに答える。
「あの壁沿いには隠し扉があるのです。そしてその先には夜の森と呼ばれる常夜の空間があり、そこに『星を喰らう魔獣』の卵が産みつけられています」
「卵……。そうと言うことは、今の振動は胎動か何かだろうか?」
「孵化が近いってことなんじゃねぇの?」
カルメンの疑問にダグラスが答えている。
あんなにも胎動が強くなっているということは、卵の中で幼体がだいぶ大きくなっているのだろう。殻を破って出てくる日も近い。
アベルの頬を冷や汗が伝う。
「時間はあまり残されていねぇってことだな。さっさと戦略を決めちまおう」
「大判の紙を持ってまいります」
ケルヴィンが自前の荷物に入れていた大き目の羊皮紙を祭壇上に広げる。
今のように作戦を立てる時のために前もって準備しておいたのだろう。このような周到ぶり、さすがとしか言いようがない。
ケルヴィンから羽ペンを受け取った女神が、紙の中心部に黒丸を書き込む。
「この用紙全体を夜の森だと仮定すると、魔物の卵はこの辺りです」
「ちょうど夜の森の真ん中付近か」
「ここを交戦地点として戦術を立てるべきですね」
ヒースに頷いてから、アンソニーが自分の羽ペンで卵のある箇所にバツ印を書く。近衛騎士団の仕事で何度も戦略を立ててきたのだろう、アンソニーは手慣れている。
ダグラスが用紙を覗き込む。
「定石だが先発部隊と後発部隊に分けるべきだろうな」
「陽動作戦ってぇことかい?」
「ああ。場を攪乱させて奴さんの不意を突いてやるのさ」
問いかけたデュークに、ダグラスが面白そうに唇の端を持ち上げる。
さすがは傭兵。真正直に戦いを挑むのではなく、罠を仕掛けて相手の裏をかくのだろう。自分より強い相手との戦い方はなんぼでもある、とでも言いたそうだ。
ラルフが作戦用紙から顔を上げる。
「作戦はそれで良い。面子を先発と後発に分ける必要があるな。アベル、決めろ」
「俺か」
「当然だ。おまえが一番適任だろう。皆の信頼が最も厚いだろうからな」
自分も例外ではない、とラルフが照れたふうに言い添えている。
長年の宿敵だった竜王の言葉だと思うと感慨深かった。聖騎士と竜王は互いを仲間と認めているのだ。
アベルが一同を見渡す。
「お言葉に甘えて、俺の判断で先発部隊と後発部隊のメンバーを選出させてもらう。尚、先発部隊は二手に分ける。魔物の前後から挟み撃ちをする作戦だ」
「なるほど。三部隊に分けるわけだな」
ラルフが頷く。アベルは図上の黒丸を指差した。
「ああ。先発部隊が前と後ろから魔物に攻撃を仕掛けて攪乱させているうちに、後発部隊には死角から急襲してもらう」
「良いアイディアだとは思う。だが死角などあるのか?」
カルメンが首を傾げると、アベルは待ってましたとばかりに上を指差した。
「――上だ」
「上?」
「ああ。さすがの『星を喰らう魔獣』も前後から攻撃されていれば頭上までは気が回らないはずだ。だから後発部隊には上から攻め込んでもらう」
アベルが人差し指を上から下へスライドさせる。
上から攻める――奇抜なアイディアだとは思うけれどどうやるのだろう。自分たちは空を飛べるわけでもあるまいし……とまで考えてセシリーナは竜王がつと目に入る。彼の背中には竜の翼――そ、そうか!
セシリーナはぽんっと手を叩く。
「そっか! 竜王に私たちを空まで運んでもらうわけですね!?」
「普通に嫌なんだが!」
竜王が即座に抗議の声を上げている。
ご明察とばかりにアベルがにやにや笑っていた。




