自覚
よくやった――父親からの誉め言葉がヒースの胸を打った。
今までひとりでクラーク一族の秘密を暴かなければならないと思っていた。実の父親さえも敵だと思って。完全に独りよがりだったけれど。未熟な自分を父親が認めてくれたことが嬉しかった。
情けないけれどヒースは涙ぐんでしまう。
「……ありがとうございます、父上」
「立派になったな。私の自慢の息子だよ、おまえは。セシリーナ嬢の会社に入社したことが良いきっかけになったようだな」
「そうですね。彼女には感謝してもしきれません」
「ほう。彼女の話になるとおまえはずいぶん良い表情をするな」
「へ?」
うっかり頬でも緩んでいたのだろうか。ヒースは弾かれたように顔を上げる。
どこか生暖かい笑顔を浮かべている父親と目が合った。
「――ときにおまえは、セシリーナ嬢をどう思っているんだ?」
「ど、どう? どうと言われましても……」
「歯切れが悪いな。それでは単刀直入に聞こう。セシリーナ嬢を好いているのか?」
「…………っ」
どうしてこのような尋問を受ける羽目になっているのだろう。こちら方面に話が及ぶとは思わなかった。
(僕がセシリーナを好いている……?)
彼女の姿が脳裏に浮かぶ。
笑った顔。怒った顔。悲しそうな顔。辛そうな顔。何があっても前を向いて挑戦していく姿――。彼女と並んで一緒に蜂蜜パンを齧ったときは楽しかった。あんなに自然体でいられたのは初めてだった。それはきっと自分が彼女に気を許しているからなのだ。
彼女と一緒にいられたらあの毎日が続くのだろう。それは幸せなことだ。彼女と一緒にいたいと思う。この気持ちを愛だの恋だのと呼ぶならば、きっと自分は彼女に惹かれているのだろう。少なからず。
ヒースは静かに頷いた。
「……そうですね。きっとそうなのだと思います。僕は、彼女が好きです」
「そうか。彼女は伯爵令嬢で実業家だ。次期教皇位のおまえの婚約者として申し分ない。むしろおまえにはもったいない果報者かもしれんがな」
「そうですよ。彼女は僕などにはもったいない。もっとふさわしい人物がいます」
「ほう?」
ヒースは胸がずきりと痛む。彼女のことが好きだと自覚したからだろう。それでも身を引くつもりだった。彼女にはおそらく想い人がいるから。
「聖騎士のアベルハルト・ローレンスです。彼にはおそらく彼女が必要です。そして彼女にも。二人を傍で見ていたからこそ思ったのです。彼らは互いの存在が必要なのだと」
「だからおまえは大人しく身を引くと?」
「……そうですね。今のところは。アベルが彼女を悲しませるようなことがあれば、僕が容赦なく彼女を奪いに行こうと思いますが」
ヒースは苦笑する。教皇も息子と同じように苦笑いをした。
「なるほど。殊勝なことだ。私の息子らしい」
「愛だの恋だのも大事なことでしょうけれど、今は例の魔物を退けることが先決でしょう。世界が滅びてしまっては大切な想い人がいようとも守れませんから」
「その通りだ。おまえはセシリーナ嬢を、そして仲間たちを守るために地下都市に赴くのだな。『星を喰らう魔獣』に挑むために」
「はい」
「覚悟は決まっているようだな。それでは私からおまえに伝えたいことはただひとつだ。必ず生きて無事に帰って来なさい。おまえは私の大切な一人息子なのだから」
「――……はい。ありがとうございます、父上!」
ぎこちなく頭を撫でる父親の手が温かかった。
自分はこの人の息子で良かった。必ず無事に帰って父親との約束を果たそう。
明日はいよいよ地下都市に赴く日。
明朝には火の村アグニスに向けてキャラバンで出発する。アグニスまでの旅行は二度目とはいえ入念に準備しておく必要がある。王都でしか調達できない物資もあるからだ。
セシリーナは夜の町に繰り出し、携帯食に薬品に日よけの布に……と備品を買い漁っていた。
(お、重い……)
さすがに買いすぎてしまったかもしれない。
両手に買い物袋を抱えて、セシリーナはすっかり暮れてしまった夜空を見上げる。
「いったん家に荷物を置いてきたほうがいいかも……」
「そのようだね」
後ろから話しかけられたかと思うと、ひょいと両手の荷物が誰かに持ち上げられた。
振り返ると、月明かりを受けて輝く美貌のヒースがこちらを見下ろしていた。自分の代わりに荷物を抱えてくれている。
急に軽くなった両手を見つめてセシリーナは振り返る。
「ヒース、こんばんは! 荷物、その、ありがとう」
「別に。考えなしに動くところは変わらないねぇ」
「面目ない……」
後先考えずに両手がいっぱいになるほど買い物をしていたことを指摘されたようだ。
項垂れるセシリーナに、ヒースは意外なほど破顔する。
「まあ、そういうところもあんたらしくていいけれどね」
「……ヒース、どうしたんですか? なんだか今日は優しい?」
「――――ッ!」
首を傾げて問いかけると、ヒースがこちらが見てわかるほどみるみる顔を赤くした。
極まりが悪そうにセシリーナから顔を逸らす。
「……どうしてこのタイミングであんたに会うかなあ」
「え?」
「いや、こっちの話。これも巡り合わせってやつなのかもね」
ヒースがぶつぶつと独り言を言っている。
本当にどうしたのだろう。
ヒースが両手に持った荷物を抱え直した。
「まあいいや。――セシリーナ、少し歩かない? あんたに伝えたいことがあるんだ」




