溶岩湖
(深いな……。この洞窟、いったいどこまで続いているんだ?)
一行の先頭を歩いているアベルは、洞窟の先を見据えた。ダンジョン攻略を始めてからどれくらいの時間が経っただろう。なかなか最深部に辿り着かない。あまり奥深くまで進みすぎると危険かもしれない。ある程度で見切りをつけて引き返したほうが安全だろう。
ふと、後ろを歩くセシリーナを振り返ってみる。イフリートの気配を探っているのかしきりに周囲を見渡している。――周りに気を取られて転ばないといいんだが。
そう思っていた矢先、やはり小石に躓いたらしいセシリーナが前につんのめる。
「わ、と、あっ!」
「おいおい、大丈夫か? 足元に気をつけろよ」
「あ、ありがとう」
彼女が転ぶであろうと予測していた自分は、さっと手を差し伸べて彼女を支える。彼女はこちらを見上げると、申し訳ないと照れたふうに微笑んだ。その笑顔が可愛らしくて言葉を失ってしまう。自分はどうやら思っている以上に彼女に入れ込んでいるらしい。
過保護なほどに彼女の足元に気を配り、参加者たちにからかわれながらしばらく進むと――狭苦しかった通路から開けた場所にまろびでた。火山のカルデラと呼ばれる凹地に出たようだ。巨大な開口部からは白い雲が横切る青空が覗いている。そして視界の先にはマグマの湖が広がっていた。ここで行き止まりのようだから最深部に辿り着いたのかもしれない。
最後尾からやって来たケルヴィンが息をつく。
「溶岩湖とでも言うのでしょうか。このような景色を近くで見られるとは……」
「ヒースの防護魔法がなきゃ近づくことすらできなかっただろうな」
溶岩湖はマグマと岩石が入り混じって蠢いている。相当な熱量らしく時折火を噴いていた。もしかしたら今まで人が立ち入ったことなどなかったかもしれない。それほどに自然の驚異を感じさせる場所だ。
シルフを連れたセシリーナがアベルとケルヴィンに小走りに駆け寄る。
「二人とも、シルフが言うにはこの近辺にイフリートの気配があるみたいです!」
「本当か!?」
「たしかにここでしたらおあつらえ向きですね」
セシリーナとシルフに倣って、アベルとケルヴィンも溶岩湖に目を向ける。それを見計らっていたかのようにマグマの中心部が噴水のごとく噴き上がった。その内から褐色の肌をした魔人が姿を現す。ぽかんとしているアベルたちを見やるなり、魔人は眉根を寄せた。
「……まったく、ぞろぞろとやって来て忌々しい。人間は群れることしかできんか」
「…………」
魔人の第一声に、アベルは頬を引きつらせる。どうやら好意的ではないらしい。大陸で我が物顔を利かせている人間たちを良く思っていないのだろう。人間たちは土地の開拓や隣人との諍いなどで自然を傷つけることもあるだろうから。
シルフがセシリーナの陰に隠れながら言う。
「そう邪険にしないでよ、イフリート」
「ふん。久しぶりに顔を見せたと思ったら人間などを連れて来るとは……」
「だから話を聞いてってば。今日は精霊使いを連れてきたんだ」
イフリート……やはりあの魔人は火の精霊イフリートなのだ。シルフはセシリーナの背中を押す。イフリートはそれを見据えた。
「この小娘がそうなのか?」
「うん。創世の女神様に選ばれたんだ」
「……なるほど」
シルフの答えに、イフリートは再度セシリーナを頭から爪先まで見分する。少しは話を聞く気になったらしかった。セシリーナがここぞとばかりに勇気を奮い立たせる。
「イフリート、お願いです! 打倒竜王のため、私と精霊契約をしていただきたいのです!」
「打倒竜王、か。力を貸すことはやぶさかではないが、お嬢さんはまだ女神から何も知らされていないようだな」
(……どういう意味だ?)
アベルは息を呑む。
女神から何も知らされていない……自分たちには決定的に足りていない情報がある?
その場にいた誰もが、イフリートの次の言葉を待つしかなかった。




