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精霊契約

 試練の真っ只中にいるのか、アベルはその場に佇んだまま微動だにしなかった。まるで意識がここではないどこかへと飛んでいるかのようだった。その姿を、セシリーナは固唾を呑んで見守る。

 外部からは彼を手助けできないのだろう。だから、彼自身の力で乗り越えてもらうしかない。


(アベルはずっと聖騎士としての努力を積み重ねてきた)


 自分は彼ほどに頑張っている人を他に知らない。こんなところでつまづくような人ではないのだ。いつだって彼は、自分のうんと先を歩いている人だから。


(だから大丈夫。きっとアベルは無事に帰ってきてくれる……!)


 自分は彼のことを誰よりも信じて待っていよう。

 それが今の私にできる一番の応援だから――――!


 セシリーナがそう強く願ったときだった。目を閉じていたアベルの内側から小さな青い光が生まれる。それは放射状に伸び、洞窟内をまばゆく照らしだした。


「アベル!?」

「うお、なにが起きたんだ!?」


 やがて光が散開すると、呆けた表情のアベルが佇んでいた。同じく驚いているセシリーナを見やるなり、アベルはへらっと笑う。


「セシィ? おまえがいるってことは、なんとかウンディーネの試練を合格できたんかな」

「アベルッ! 無事でよかったっ……!」

「うわ!?」


 セシリーナはアベルの無事を確認するや否や、無我夢中で駆け寄ってそのまま抱きつく。アベルは危なげなくセシリーナを受け止めた。アベルの手がおずおずとセシリーナの後頭部を撫でる。


「心配かけてごめんな」

「ううん。こうして無事に帰ってきてくれて本当によかった……!」

「うん……」


 アベルは頷くと、セシリーナの背に腕を回して抱きしめる。


「おまえはきっと、聖騎士としての俺じゃなく、アベルハルトという俺自身の力を信じて待っていてくれたんだよな」

「そんなの当たり前じゃないですか……!」

「俺はそれがなによりも嬉しいんだ。俺が何かを成すとき、誰もが俺を聖騎士としてしか見ていないから」


 耳元で囁かれる彼の声が切なかった。聖騎士だから試練など超えられて当たり前――彼はそういった重圧の中で生きてきたのだろう。聖騎士である前に、彼は彼自身であるはずなのに。

 アベルはまるで大切な壊れ物のように優しくセシリーナの身体を離す。ウンディーネに向き直った。


「ウンディーネ。俺は貴方の試練に合格できたのだろうか」

「ええ。聖騎士アベルハルト、よくぞ己の弱い部分に向き合いました」

「精神面を試すっていうのは、ああいうことだったんだな」


 ウンディーネとアベルの間だけでわかる会話が交わされている。彼女の課した試練の内容は、きっと彼にとって大切なことだったのだろう。

 ウンディーネはセシリーナとアベルの二人を優しく見つめた。


「貴方たちふたりは、お互いのことを思いやると強くなれるのですね」

「ずっと一緒に育ってきましたから」


 アベルが答えて、セシリーナの肩をそっと抱き寄せた。自然にしてくれる些細な仕草が嬉しかった。

 彼とずっと一緒にいられたらいいのにな――そんな錯覚さえしてしまう。彼は自分にとって手の届かない存在であるはずなのに。

 ウンディーネが微笑んだ。


「仲睦まじいおふたりの幸せを守るために、わたくしも微力ながらお力をお貸しいたしましょう」

「ありがとうございます、ウンディーネ!」

「礼には及びません。――さっそくですが精霊契約をいたしましょう。わたくしの水の精霊としての力、どうか貴方の大切なものを守るために存分にお使いくださいな」

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