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老執事

「すっかり暗くなっちまったな」


 ギルド街の街路を歩きながら、アベルが空を見上げた。新品の仕込み杖を大切に抱えていたセシリーナも足を止める。彼と二人で買い物をするのは楽しかった。精霊石を手に入れることもできたし、なかなか有意義な時間だったと思う。

 アベルと並んで夜空を見上げていると、視界を覆うようにシルフが現れる。


「やっほー!」

「うわ! いちいちびっくりさせるなよ」

「だって急に現れたほうが面白いじゃん」


 アベルとシルフが言い合っている。いつの間にかこの二人も仲良くなったものだ。

 セシリーナはシルフに両手を伸ばす。


「シルフ、さっきはありがとう。おかげで精霊石を手に入れられました」

「うん、よかったよかった。あとはウンディーネと契約できるかだね」

「契約?」


 アベルが首を傾げる。

 シルフが彼に向き直った。


「そう。精霊使いは精霊と契約しないとその力を行使できないからね」

「はあ、なるほど。つまりセシィはウンディーネと契約することで初めて水の精霊魔法を使えるようになるわけだな」

「そのとおり」


 シルフがうんうんと頷いた。

 セシリーナは伸ばした手を引き寄せてシルフを抱きしめる。


「うん。だから水の洞窟に行ったときにウンディーネと契約できるか挑戦してみようと思って」

「大丈夫だと思うよ。ウンディーネ姉ちゃん優しいから。ただ力を試すとは思うけれどね」

「力を試す……?」


 不穏な言葉にセシリーナが聞き返す。

 シルフは当然という表情を浮かべた。


「ご主人様が契約するに値する人物か試すんだよ。試練を課してね」

「試練……」

「そんなに構えんなよ。おまえには俺がついてる。もっと自信持てって!」


 アベルにどーんっと背中を叩かれる。

 彼がいると本当に心強い。自分ひとりでは成し遂げられないことも彼がいればできるような気がしてくる。

 シルフは二人の仲睦まじい様子に安心したのか、じゃあねと一言告げるとあっさりと姿を消してしまう。

 アベルが腰に手を当てた。


「あいつって神出鬼没だよな」

「ま、まあね……。精霊契約を結んではいるけれど、お互いを束縛するわけではないから」

「ふうん。まあ、おまえとあいつが良好な関係を築けているなら俺から言うことは何もねぇけどな」


 アベルがあっさりと言う。彼は他人のことにあれこれと口を出さないのだ。彼のこざっぱりしたところがセシリーナは好きだった。一緒にいて居心地がいいのだ。

 セシリーナとアベルは他愛のない会話をしながら街路を歩く。しばらくするとシュミット伯爵家の別邸に到着した。王都の貴族の邸宅が立ち並ぶ一角にある。

 屋敷の門前で呼び鈴を鳴らすと、邸内から壮年の執事が飛び出してきた。


「おやおやおや、セシリーナお嬢様! ずいぶんお帰りが遅いので爺は心配しておりましたぞ」

「爺! ただいま戻りました」


 セシリーナが爺と呼ぶこの人物は、長くシュミット伯爵家に勤めているベテランの老執事だ。ケルヴィンの父親の兄にあたる。現在はこの別邸に勤務しているけれど、当時はシュミット村の本邸に勤めていた。だからアベルとも面識がある。

 爺はアベルを見やると、ごほんと咳払いをする。


「アベルハルト様、お久しぶりでございます」

「お、おう。爺、息災でなにより……」

「おう、ではございません! 縁談も迎えておらぬうら若いお嬢様をこんな時間まで連れまわすとは何事ですか!」


 さっそく爺の怒りの雷がアベルに落ちている。アベルはたじたじになった。


「い、いや、それは爺の言うとおりなんだが、遅くなったのには事情があって――」

「事情など言い訳にしかなりませぬ!」

「そう言われても……!」


 相変わらずの爺とアベルの漫才にセシリーナは笑ってしまう。二人が本邸にいてくれたときの光景を思い出した。幼少期のアベルはいたずらをしてはこうして爺にお叱りを受けていたのだ。懐かしかった。

 玄関前で大騒ぎをしていたからか、シュミット伯爵が奥から姿を現す。


「こらこら二人とも、そのくらいにしなさい」

「お父様!」

「おかえりなさい、セシリーナ、アベルハルト」

「お館様、お騒がせして申し訳ございません」


 爺が恭しく頭を下げる。

 シュミット伯爵はくすくすと笑っていた。


「なあに、賑やかで良いことだ。二人とも、上がりなさい。少し話を聞かせてくれないか」


 セシリーナとアベルは顔を見合わせる。水の洞窟のことや精霊石のことなど、シュミット伯爵に報告しなければならないことがありそうだ。ちょうどいい機会になりそうだった。

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