ギルド
時刻はすっかり夜に移り変わった。店先や家々に明かりが灯り始める。夜の賑わいの中でセシリーナとアベルは連れ立って歩いていた。各種ギルドの建物が集まる区画へやって来る。
ギルドとは武器職人や防具職人、織物職人や宝飾の細工師等の専門の職人が結成している組合のことだ。この王都では手工業者たちが結成している商人ギルドと、魔獣討伐や貴人の護衛等を請け負う冒険者や傭兵たちが結成している冒険者ギルドの二つに大別されていた。
ギルド区画は夜も眠らぬと言われている。その名のとおり、日が落ちても町工場からは煙や火花がひっきりなしに吹き出して小さな花火のようだった。職人たちの叩くトンカチの音が夜空に響き渡る。その街並みを仕事を終えた冒険者たちが陽気に飲み歩いていた。昼間と寸分変わらぬ賑やかさだ。
「凄いね。私、ギルド区画って初めて来ました」
「そうなのか。いろいろな職人の店があって楽しいところだろう?」
「うん。革の匂いとか鉄の匂いとか独特の香りがする」
「職人街だからな」
アベルとそんな他愛もない話をしながら歩いていく。道行く商人や冒険者、店先の職人が次々とアベルに声をかけた。彼は笑顔でそれに応じている。顔馴染みの人たちが多いのだろう。
挨拶しながら歩いていくうち、奥まった通りにひっそりと建つ店に辿り着いた。
「さ、着いたぞ。付いてきてくれ、セシィ」
「う、うん」
彼に案内されたのはずいぶんと老舗のようだった。店の屋根には、大きな木版を釘で留めただけのそっけない看板が建付けられている。看板には乱雑な字で『ウンディーネの涙』と描かれていた。店名なのだろうか。
セシリーナは、手慣れた様子で店の扉を潜るアベルの背中を追った。
店内はいかにも武器防具屋といった様相だった。ガラスケースに入れられた立派な武器や防具があるかと思うと、地べたや壁に古びた剣や鎧が散乱している。店というよりは倉庫だ。壁のランプに照らされた細かい埃がキラキラと輝きながら漂っている。
セシリーナが店内に圧倒されている中、アベルは申し訳程度に設けられているカウンターの前に立つ。そのまま店の奥に向かって声を張り上げた。
「おーい、おやっさん、いるか?」
「…………」
……返事がない。店主はちょうど席を外してしまっているのだろうか。
アベルがさらに声を大きくする。
「おやっさん! アベルハルトだ! お客さんを連れてきた!」
「あぁ!?」
(ひいい……!)
店の奥から聞こえるどすの利いた声。セシリーナは縮み上がる。
鬼が出るか蛇が出るか。アベルの後ろに隠れながら様子を伺っていると、筋肉隆々の腕を剝き出しにした黒のタンクトップ姿の親父がのっそりと現れた。ランプの光に反射している禿げ頭が眩しい。片目に至っては眼帯をしていた。
セシリーナは知らず知らずアベルの纏っているマントを鷲掴みにする。彼は気遣うようにこちらを振り返った。
「セシィ、そんなに怯えなくても大丈夫だ。まあ、気持ちはわかるけどな」
「なんだなんだ。アベル、女連れか? 珍しいじゃねぇか」
「あぁ。彼女はなんだ、その、特別なんだよ」
「はーん、さてはおまえのコレかぁ!」
親父が小指を立てて豪快に笑っている。コレ……コレとは?
セシリーナは首を傾げる。アベルが首を左右に振った。
「違う違う、誤解だ! 彼女は仕事仲間なんだよ」
「ほーん」
「信じてくれって」
「わかったわかった。それで大切なお嬢さんの何が欲しいんだ?」
「だからッ……!」
親父に良いようにかわかわれてアベルが真っ赤になっている。気心の知れた仲なのだろう。ここもアベルが気の休まる居場所のひとつなのだ。
アベルが咳払いをする。
「今日は彼女の装備品を見繕ってもらいに来たんだよ」
「装備品? 武器や防具ってことか?」
「ああ」
「冗談だろ? お嬢さん、失礼だがとても戦えるようには――」
親父が申しわけなさそうにこちらを見る。
どこからどう見ても戦いとは無縁そうな自分。たしかにそう思われても仕方ないのかもしれない。それはまだまだ自分に気迫が足りないからなのだ。
セシリーナは深呼吸をすると、自分の胸に手を当てる。
「いえ、店主様。私はこう見えても精霊使いなのです。聖騎士アベルの仲間として竜王と戦うつもりです。ですから私の装備を見繕っていただけませんか?」
「セシィ……」
「精霊使い、お嬢ちゃんが?」
親父があんぐりと口を開けている。
セシリーナはもう一押しとばかりに頷いた。
「はい。なんでしたらここで精霊を召喚してみせることもできます!」
「いやいや。それには及ばねぇよ。お嬢ちゃんが嘘を言っているようには見えねぇ。それにアベルの連れなんだ。それだけでお嬢ちゃんのことは信頼できるさ」
「ありがとうございます」
セシリーナは笑顔で頭を下げる。アベルと親父の間には深い信頼関係があるのだろう。
親父がアベルに向き直る。
「つーわけだから、お嬢ちゃんの装備を見繕うのに異存はねぇよ」
「恩に着る。おやっさんの店にある物は信用できるからな」
「あぁ。まあ、品揃えには自信があるからな。メンテナンスも俺が手ずからやっているしな」
「すごい。店主様は鍛冶もお出来になるんですね!」
「店主様ってのはやめてくれ、お嬢ちゃん。柄じゃねぇからな。親父さんとでも呼んでくれ」
「はい、親父さん!」
セシリーナが呼び直すと、親父は照れたふうに後ろ頭を掻いた。
「精霊使いといやぁ、ひとつお嬢ちゃんに渡しておきたい物があるんだ。いいか?」
「渡しておきたい物、ですか?」
「おう。ここでお嬢ちゃんと出会えたのも精霊様の導きってやつなのかねぇ。ちょっと待ってな」
そう言い残すと、親父は店の奥に引っ込んで行ってしまった。その『渡したい物』を取りに行ったのかもしれない。セシリーナとアベルは顔を見合わせる。アベルも首を傾げているから彼も知らないことのようだ。
やがて親父が宝飾の付いた小箱を大事に抱えて戻ってきた。




