第二章26『揺らぐ、想いと地中』
「──本当かい?」
「はい、本当です」
そうやって自信に満ち溢れた物言いをするヒロトだが、彼に対するグリンの視線は些か懐疑的なものが含まれていた。
「それで? 君とマレッカがこのダンジョンを出現させたとして、メラメラな化け物とどう繋がる?」
「このダンジョンを奥深くまで探索して、その果てで僕らは炎に身を包む巨大なモンスターと遭遇した──」
「……」
「きっと、さっき見つけた焼死体もそいつの仕業かもしれないんです。 まぁ、憶測の域は出ないんですけど」
自信ありげに語ってはいるが、焼死体については確定したものではない。 だからこそ疑念が残るのだ。
「はっ……もしもそんなモンスターと出くわしたなら、私たちは一体どうなってしまうんだろうね」
「信じてないんですか……?」
「どうだろうね。 まぁ、実際に見てみたい気はするよ」
「信じてねぇなこいつ」
グリンの態度を見たヒロトは微妙に話を受け止めてもらえていないように感じ、そのモンスターについて明かしたことを若干後悔した。
───────────────────────────
──道なりに探索を進めるだけの冒険が小一時間続き、三人の体力は緩やかに消費の一途を辿っていた。
グリン以外のハンターは誰一人として見つからず、三人の中で嫌な予感が立ち込める。
「こんなにも見つからねぇんだったらよ、他のハンターもさっきの奴みたいになってんじゃねぇの」
「よくそんなことが言えるな……私もそう思わなくはないが」
ゾッとしない想像からその情景に対して憂いつつ、出したくもない足を前に進ませる。
(もし他のハンターが全員死んでるんだとしたら……)
仮にマレッカの予想が的中していたのだとしたら、三人は先にどんな感情を生むのだろうか。
──救助が遅れたことの後悔?
──無能な自分に対する怒り?
──仲間を失ったことの喪失感?
──そこから湧き出す悲しみ?
──はたまた、今までの探索が全て無駄足だったことの疲労感か。
それぞれがどのような感情を抱き、仲間内で渦巻かせるのかは不明だ。
だが、一つ言えるのは「ここにいる全員がそれらを考え始めるほどに、ハンター探索に対して興味を失いつつある」ということである。
(って、ダメだダメだ! こんなこと考えるほど僕の人間性は腐ってないぞ!)
ガルディノスに喰われたステフを見捨てた時点で既に腐っていると言えなくもないのだが、本人にその自覚はないようである。
「他のハンターの姿をこの目で確かめるまでは、私達の歩みは止めてはならないね」
「だな。 生存者は助ける、死んだ奴はそのまま、そんだけだ」
「その言い方にはいろいろと物申したいものがあるが……概ね同意だ。 遺品ぐらいは回収してやりたいけどね」
遺体回収とまではいかないまでも、死んだハンターの武器や道具をその者の家族に返してやりたいと考えるのが人の心というものだ。
「さっきの焼死体には手をつけなかったくせによく言うぜ」
「みっ、身元がわからないのだから仕方がないだろう! "アレ"から何かを取ったとして、渡すべき場所が不明瞭すぎる!」
「ああそうかよ、ならそこにあるさっきと同じような死体も────は?」
"そこにある死体"、言葉の流れに自然とくっついてきたその単語の出所をコンマ数秒の間に整理し、辿り着いたのは一同の目の前に横たわる無残な焼死体だった。
「さっきのと似てる……これも焼死体かな?」
「ハァ……見慣れちまってる自分が嫌になるぜ」
"それ"がつい先ほどに目撃した死体の状態と酷似していることから、三人は両方のハンターが同じ死に方をしていると頭の中で結論づけた。
「一人目の時よりひでぇ状態だな──顔も鎧もグズグズじゃねぇか」
「皮の鎧では仕方がないだろう。 あまり凝視するものではない、先を急ごう」
残酷とも思える気持ちの切り替えの下、グリンは死体から目を逸らして歩き出した。
マレッカも続いてその場から離れようとするが、ヒロトだけが焼死体を見続けている。
「何してんだよ、早くいかねぇとこいつの二の舞になっちまうかもしれねぇぞ」
「いや……ううん、これ……?」
焼死体から微かに確認できる革製の鎧が、ヒロトはどうしても気になった。
というのも、ヒロトはそれに対して言い表せぬ既視感をどこからか感じているのだ。
(どこかで見たはずなんだ……記憶に残っているはず。 それも、あまり良くない意味で)
とは言え、生々しい死体を凝視するのは気分的にも良くないためヒロトはそこで考えるのをやめた。 いや、止めたというべきか。
どちらにせよヒロトは折り曲げていた膝を伸ばし、「遅いぞ」とマレッカから文句を言われる前にその場から離れることにした。
「──ッ!?」
探索を進展させようと歩き出した瞬間、遠くない場所から爆音が鳴り響いた。
地面を揺らす音が地表から地下全体へと重力に沿って落ちるかのように響いて、その余韻とばかりに壁から細かな石がポロポロと崩れる。
「揺れ、たのか……?」
「揺れたっつうか、何かが大袈裟に壊されたような感じがするぜ。 今の音からしてな」
妙なところで鋭かったり、察しが良かったりするのがマレッカだ。
ただの地震ではありえない音を感知し、そこから推論を立てようとする力がある。
今起きた轟音や揺れも心中ではただ事ではないと考え、平静を装いながらも焦っていることだろう。
「マレッカ、どこで音が発生したかわかる?」
「はぁ?」
「確かに……マレッカくんの大きな耳なら細かなことも判別できそうではあるね」
マレッカは銀色の髪からひょっこり生える大きなウサ耳を有している。
彼は俗に言う"亜人"、その中のフラバーニャという種族なのだ。
「俺には別に特別耳が効くとかそういうのはねぇぞ。 この耳は単に種族としての外見的特徴に過ぎん」
「そうなんだ……ごめんね、勝手にそう判断して」
「俺はいいが、あんまり他の奴には言うなよ。 差別だとか騒がれたら面倒だろうからな」
異世界でも人種や種族間でのイザコザは尽きるものではない。
ヒロトやグリンのような『人間』と、ベルカやマレッカのような"エルフ"や"フラバーニャ"といった『亜人』は、表面的な争いこそ起こさないものの、互いの潜在意識としてどうも馬が合わないようなのだ。
地球と同じだ。 白人も黒人も黄色人種も、互いに心の中では外見的な違いに恐怖や気味の悪さ、或いはそれと全く逆の感情を大半は抱いているに違いないのだ。
しかし、それを認めたくないために「差別は悪だ」と人類は言っているわけだが、彼らは加減を知らない。
自身達が掲げる『人種における平等』を心の底では理解していないのだから、本来は差別と言えない発言や表現を差別と認定する。
知的生命体とはそんな愚かなものなのだろう。
「ありがとう、マレッカ。 気をつけるよ」
「気にすんなよ。 それより音の発生場所だが、ただの推測でいいなら聞いてほしいものがある」
「聞こう。 あの爆音がもし凶暴なモンスターによるものなら、既に他のハンターが襲われているかもしれない」
音の発生源を探り、追跡し、手に負えないほどのモンスターがいれば異常事態としてギルドに報告しに行く。
負い目なく切り上げるには絶好のタイミングだろうと、腹の底で三人はそう考えている。
どす黒いものだが、現実的でもあるだろう。
「言いたいことの九割方が今グリンに言われちまったが、確かにあの爆音は自然なものじゃない。 地震にしては揺れ方と音の規模が一致していないように思えるし、そもそも局所的に何が破壊されるような音なんて聞こえてくるはずがない」
「何者かが作為的に地中を破壊した……そういうことなの?」
「ああ、恐らくな。 十中八九人間の仕業じゃねぇだろうから、馬鹿力なモンスターが暴れてんだろうな」
十分に納得できる仮説を聞き、それが異常事態から来た焦りをゆっくりと冷やした。
「んで、壁の崩れ具合とかから察するに……そいつは西に数百歩進んだ先にいたはずだ」
そうやってマレッカが指をさしたのは、壁と壁がせめぎ合う窮屈そうな細道だった。
「……あっちが西なの?」
「? そうだが」
「…………羅針盤は東を指しているな」




