第二章11『縋った先に』
悪趣味な空間はいくらダンジョンを下っても抜けることは叶わず、その禍々しさとマグマが放つ灼熱が二人の精神状態を殺しにかかってくる。
「やだな……なんかもう、ほんとやだ」
戻るに戻れない、というのは正しくこんな状況のことを言うのだろう。
大地を揺るがしてその姿を顕にした大樹。
その中から繋がる洞窟と、明らかに人の手が入った形跡。
こんなにも怪しさが満載のダンジョンから彼らが引き上げようとしないのは、『こんな洞窟、少しくらい進んだって無事だろう』という油断がもたらした迷子のせいだ。
絶望的な状況にも関わらず、二人は心の奥底で微かに『このまま進めば他に上へと繋がる道がある』なんて戯言を信じているのだ。
一見するだけで理解できる通り、こんなのは救いようのない馬鹿が、それこそ何かに救いを求める時に考えることだ。
これは大それた冒険ではない。
ダンジョンに迷う前の二人の心情的には、子供が悪ノリで校区外へと出るような、そんなちっぽけな勇気そのものだった。
「あの時……崖で詰まった時に、僕達は引き上げるべきだったよね」
「…………道はある、俺はそんな気がする」
「だったら、早く見つけないとね」
ため息かと思うようなかすれた笑い声で、ヒロトはマレッカの幻想を追いかけると宣言した。
もしかすると、二人はそれが戯言であることに気がついているのだろうか。 ただ単に臆病で、無数の道から正解を見つけ出すことが怖いことを理解しているのか、そんな態度だった。
その言葉から二人の間に無言がしばらくの間続き、マグマに照らされたはずの空間は、何よりも暗い雰囲気に包まれた。
赤黒いダンジョンを二人は黙り込んだまま歩き続け、その沈黙が破られるのはもう少し後のことだった。
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時たま、存在しないはずの記憶が頭をよぎることがある。
この世界で、よく知ってるはずの人が自分のことを知らなくて、でも自分はその人のことをよく知っている。
自分でも可笑しいとは思うし、それが悪い癖だったり思い過ごしだと思い込むようにしている。
夢の中で夢を見た時のような、そんな感覚に近くて、考えれば考えるほど答えとは遠のいてる気がする。
『誰から助けてくれるの?』
──誰から、誰から君を助けてたんだろう。
ダメだ、ダメだ、ダメだダメだ、全然思い出せない。
ねえ、そこを思い出してよ。 じゃないと気持ち悪いじゃないか。
このことは誰にも相談しなかったし、言いたくなかった。
変人に思われたくなくて、あるいは心配をかけたくなくて、誰にも言わなかった。
これからもきっと、ふとした瞬間に記憶の欠片を思い出すと思う。
明日か、明後日かはわからないけど、その時はもっと思い出せてるといいな。
『あなたの名前は?』
だって、君は僕の──
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「橋の次は階段だぜ、今度は転げ落ちるなよ」
マレッカの透き通った声が沈黙にヒビを入れ、見事にそれを割った。
崖といい階段といい、少しでも気を抜けばお構い無しに転げ落ちるヒロトにマレッカは釘を刺した。
「そう、だね。 うん、ちゃんとするよ」
羞恥心を煽られ、ヒロトはたどたどしく返事をする。
禍々しい大橋を抜けた直後にはこれまた下へと続いてく階段が造られていて、二人はそれを最早、惰性とも取れる感情で降りていった。
「んっ……今回のは短いな」
「段差って感じだったね」
拍子抜けというわけではないが、螺旋階段や木目の階段の時とは違ってあまりにも短かったので、二人は少し驚いてしまった。
「おい…………崖、なのか?」
縋っていた希望はダンジョンの下へと降りる度に薄れてきてはいたが、現実を突きつけられると、やはり人間というのは弱いのかもしれない。
「まあ、崖なんだろうけどさ」
「一方通行だったよな……? なんだよ……ここまで道作っといてなんで行き止まりなんだよ!」
マレッカはドスをきかせた、それでも尚美しい声で叫び散らし、地を強く蹴りあげた。
舞った砂埃はやがて崖下へと落ちてゆき、うるさい静寂が辺りを包み込んだ。
あの時のくだらない好奇心のせいで、二人の間に流れる空気がどんどん澱んでいく。 手入れのなっていないプールの汚れとまではいかないが、それにしたって空気が悪いのは感じるだろう。
「あっ、またレバー……」
ヒロトがそう呟いた途端、ノータイムとも言えるほどの速さでマレッカはそのレバーを手前に引いた。
待って、と止める隙すら与えられず、ヒロトの眉に力が入って、表情が曇っていく。
手前に傾いたレバーが元に戻ると、赤黒い光景を一望できる崖の先端に一つ、マンホールのような円盤が地面に浮き出た。
意味が分からず、その円盤に近づいてる手で触れてみても、何も変わったことは起きなかった。
「レバー仕掛けで浮き出た円盤……スイッチでもなく、道しるべでもない。 正直、わけわかんないよね」
「──乗ればいい」
「え?」
「乗ればいいって言ってんだよ」
マレッカの言葉も理解できないまま、ヒロトは背中を強引に押されて円盤の上に立たされてしまった。 小さな円盤が故に二人の身体はくっつき、何故だかお互いに気分が落ち着かないようだ。
「ねえ、こんなことして何かあるの……って、足が透けてるんだけど!?」
「ほれみろ理論ってやつだ」
「待って! 僕は退くよ、怖いから! ちょっとさあ、体を締め付けるのやめてよ!」
自身の身体の一部が薄れて消えかかっている光景を直視するには、少しばかりヒロトの衝撃耐性が足りなかったようだ。
とにかく怖くてその場から逃げようとするが、隣で自分を拘束する銀髪男の娘がそれを許さない。
「地上に行けるかもしんねーだろ! ほら、お前のモノはもう消えちまったぜ!」
「見ない見ない見ない見ない見ない!」
脚から股間、そして腹から胸へと体の色が抜け落ちて、遂には二人の姿が崖から完全に消え失せてしまった。
残ったのは崖下から舞い散るマグマの火花と、それを揺らす風の流れのみだった。




