第二章9『中層へ』
「扉だよな、これ……開かないぞ」
二人は崖からある程度進んだ先である扉を発見した。
なんでもないただの岩壁に、まるで埋め込まれたかのように扉は存在していた。
扉の取っ手を握り、傾けてみるが、ただそれだけで扉が開くことはなかった。 中から鍵がかけられていると言うよりも、とにかく固く閉ざされている感覚に近い。
本当に裏は壁しかないのではないかという疑問すら持ち始める。
「つうか、上の目玉はなんなんだよ……」
扉のちょうど上には人の目のような形をした物体が張り付いており、マレッカは気味の悪そうな顔で見つめている。
「明らかに人工物だよね……誰かが設置したってこと?」
「だったら相当趣味が悪いぜ。 少なくとも、俺にとってはな」
「気持ち悪いの嫌なの?」
「まあな」
行動を共にすることによって、二人は互いのことをよく知ることができている。
ヒロトにとっても、マレッカにとっても、友人的な存在はかなり新鮮に感じるのか、話を交わす度に二人の目つきが優しくなっていた。
「マレッカさ、最初の頃からちょっと喋り方変わったよね」
「喋り方?」
意識すらしてなかったことを急に言われて、マレッカは少し戸惑う。
「前は自分のことを俺様って呼んでたりしてたのに」
「……そういうのは他人にだけだ」
「そっか」
マレッカの答えが聞けて、ヒロトはなんとなく嬉しそうな表情を見せた。
「それよりも、今はここからどうやって進むかが問題だろ?」
赤らめた顔をヒロトから隠すかのように扉の方へと向け、マレッカはそう言う。
「いかにも、ってかんじだよね」
そう言いながら、ヒロトは怪しい目玉へと視線を向け、鞘から剣を抜く。
「とうっ!」
地面を蹴りあげ、勢いよく跳ねたヒロトは、その目玉を剣で貫いた。
ひび割れた瞳からドロドロした紫色の液体が流れ落ち、やがて目玉は粉々に崩れ落ちた。
よほど気持ち悪かったのか、マレッカは口を抑えて目を逸らす。
「なんって悪趣味なんだよこれ……!」
液体が地面に付着すると、その全てがダンジョンに来る前に見た紫の霧へと姿を変え、洞窟のどこかへと消え去った。
「マレッカ、こっち見てよ。 扉が開いたよ!」
「あ、ああ……そうか、よかった」
その扉はさっきまでの固さや重さは嘘のように軽快に開き、二人の入室を歓迎した。
扉を抜けた先には木製の階段が下層へと続いており、二人はここから更に下へと向かうことにした。
このままダンジョンを下りて行っても良いものかどうかは考えさせられるが、二人は『ロマンを探索し尽くさなければ気が済まない男の性』に抗えなかった。
何もなければ、もしくはこのまま進んでも一向に上へと戻れそうになければ、すぐにでも元来た道へと帰っていくと二人は心の中でセーフティをオンにした。
「階段の音、いい音だね」
「ああ……癖になりそうだな」
トン、トン、と余韻の無いこもった音は耳触りが良いらしく、二人はその音をより深く堪能するために、足の力の入れ方や靴の動かし方を一段ずつ変えたりして遊んでいる。
「わっ……!」
「おわっ、なんだよ!」
すると、後ろで跳ねたヒロトが着地のタイミングで足を踏み外し、前にいたマレッカを巻き込んで階段から転げ落ちてしまった。
「痛っ、いたたた!」
そこまで緩やかな角度の階段でもなかったので、二人が転がっていく勢いはとどまることを知らなかった。
背中や肩を階段に打たれ続け、最後には勢いよく広い空間へと放り投げられてしまった。
「クッソ……何やってんだよ!」
「ご、ごめんね?」
背中や肩、関節という関節がズキズキと痛むのをなんとか我慢し、二人はその場で立った。
体についたホコリや砂を払い除け、辺りを見回した。
「人工物っぽいのがあった割には上と代わり映えしねぇな……さっきの崖の下か?」
「もしかしたら、ベルカ達の近くにある高台の上まで行けるかもね」
そうと決まれば話は早いと、二人は一先ず崖下に流れていた川を探すことにした。
頭の中で洞窟の内部を立体化し、自分達の位置情報や上に残った三人の場所を曖昧な地図として思い浮かべた。
「多分だけど、右にずっと進むと川があると思う」
「なら、さっさと行こうぜ」
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「どこなんだよ、ここ」
マレッカはヒロトの言う通りに右の方向へと洞窟を進んでいたが、例の川が見えてくる気配は一向になかった。
「やっぱり……迷っちゃったのかな?」
階段を転げ落ちてから体感時間で一時間は経っている。 それに付け加えてヒロトは元の道を見失ってしまっているのだ。
道に迷った、だなんて真実に目を向けたくはなかっただろうが、実際問題として彼らは自分達が今どこにいるのかを理解していない。
「お前、俺より酷いぞ」
「ごっ、ごめん……」
マレッカは自分の偽情報を掴む能力と同じか、それ以上に方向音痴の度が過ぎるとヒロトを少し責めた。
「もういい、俺達が来た道に戻ろうぜ。 ほら、さっさと行くぞ」
「それは無理だよ」
「なんでだよ?」
そう言ってマレッカは身体の向きを逆方向に変えて、自分達が通ってきた道へと戻ろうとする。
それを見たヒロトは静かにマレッカの行動を否定し、その理由を口にする。
「だって、僕達が来たた道には……分かれ道が五十個はあるんだもん」
「はあ!? うわっ、マジじゃねぇか!」
あまりにも衝撃的な事実にマレッカは顎を大きく開き、眼球が飛び出しそうな勢いで目を見開いた。
ヒロトらそんなマレッカと五十の分かれ道を生気の抜けた瞳で見つめる、ただそれだけだ。
「クソ……なんで俺はこれに気づかなかった? これじゃどの道から出てきたか分かんねぇじゃねぇか!」
広い空間の絶壁に開いた五十の穴は無造作に存在しているが、その穴のどこから自分達が出てきたかなんて、その時からすればどうでもよすぎて覚えてすらいないのだ。
「どうする……? 帰る? 進む?」
「帰るに決まってるだろ! 分からなくても総当りで行けば……!」
「でもこの穴ヤバイよ。 それぞれの穴の上になんて書かれてるか読んでみてよ」
嫌な予感を感じつつも、そう言われたマレッカは恐る恐るそれらを見上げた。
すると──
「地獄の道……悪魔の道……終わりの道……なんだよ、趣味の悪い名前しか書かれてねぇじゃねぇか!」
「他にも苦痛の道とか灰燼の道とか色々あるよ。 この中の一つから出てきたって考えると、どこかに当たりの道があるってことだよね」
「あっ、ああ……そうかもな」
「総当りする?」
「いや……その気失せたわ」
ヒロトと同じような青ざめた顔を見せて、マレッカは総当りを断念した。
地獄や悪魔、それに伴う苦痛と命の終わり。 そんな事を意味しているかのような穴に誰が迷いもなく入っていけるのだろうか。 そんな度胸、少なくとも彼らは持ち合わせていない。
「じゃあ、このまま進もっか」
「ああ……そうした方がまだ良さそうかもな」
ハア、とため息をついて二人はまた身体の向きを逆方向に変えた。
疲れが溜まった重い足を怠そうに動かして、広く、薄暗い洞窟をゆっくりと進み出した。
「カンテラ、持ってきたらよかったね」
「マジでな……ハッキリ見えんのはお前の顔だけだし」
ベルカ達のいた場所では青色に光る宝石がいくつも壁に埋まっていたが、ここにはそんなものもなく、基本的に二人は互いがはぐれたりしないために手を繋いで歩いている。
道を曲がり、ある程度の距離を進むと何やら目の前に鉄っぽい壁が存在しているのを二人は感じた。
「響くな……やっぱ鉄製か?」
その壁を拳で軽く叩いてみると、本当に鉄のような軽いとも重いとも取れない音が辺りに響いた。
ペタペタと素手で触ってみても、やはり鉄のような固くて冷たい手触りをしている。
「この壁……ちょっと丸いのかな?」
壁に沿って移動していると、どうやらそれは円の形をしていることがわかった。
冷たい鉄を手で触り、指先で流れるように触れながら回っていると、とある場所でそれが途切れてしまった。
「穴かな……っていうか、これ柵?」
縦に細い穴がいくつも存在していて、おまけに取っ手のような物があることに気づいたヒロトは、それを鉄製の格子と断定した。
取っ手を握って回してみると、目玉がある扉の時とは打って変わって簡単に開いた。
すぐにマレッカと共に鉄の壁の中へと入り込むと、その狭い内部の中心にレバーような物が突き出ているのを確認した。
「エレベーターっぽいよな、引いてみるか?」
「……うん」
何故こんなにも人工的な物がダンジョンに存在しているのかは全く不明で、その事を考えると二人は不気味に感じてしまう。
そんな怖さを心の奥底に持ちつつも、ヒロトは勇気を出してその黒いレバーを引いた。
「やっぱりエレベーターだったな」
エレベーターは大きく揺れながら今の場所よりも更に地下へと向かい、二人は到着するまでの長い時間をその中で過ごした。




