第一章20『双鎧の思惑』
キノコ狩りから帰って来ると、朝の時よりもギルドの雰囲気が少し変わっていた。 酒場にいる人間全員が低めの声でザワザワと話していて、ヒロトはよく耳を凝らして聞いてみると、その話のネタがほとんど同じであることがわかった。
そして、その話のネタとは──
「凶暴なガルディノスが出たんだとよ!」
「ガルディノス? そんなもん、【シノス】のハンター共に任せときゃすぐ終わんだろ」
「無理だ、『グリン』の狩人隊がやられちまったんだ」
モンスターの素材から作った防具だろうか、二人のハンターは個性的な鎧を装備している。
ガルディノスの強さは【マルス】級のハンターでもギリギリ倒せる程度というのはハンター達の間でも共通認識らしいのだが、今回のことに限り、そうではなかったようだ。
今の男がそう言ったように、マルスより一つ上の階級であるシノス級ハンターが集まった狩人隊がその凶暴化したガルディノスに負け、街まで戻ってきたらしいのだ。
その話を詳しく聞きたく、ヒロトは隅の壁に体を預け、バレないように耳を立てる。
「本当かよ……あのグリン達が負けるなんてな」
ヒロトは知らないが、『グリン』と呼ばれるハンターが率いている狩人隊は、マルス級の中でもトップクラスに強いらしく、ガルディノスごときに負けるとは誰も予想だにしなかったのだ。
他のハンター達も口々に 「あいつが負けるなんて」 といったことを話している。 グリンとその仲間達はかなり評価されているのだろう。
「あいつらが負けたってことはよぉ、もうガドロ級の奴に任せるしかねぇじゃねぇか。」
「この街にガドロの奴らなんてあいつらしか……」
「そうだよ、そいつらに任せりゃいいんだ。 ルルカとクリル、それにアドラ達のパーティー、こいつらで大丈夫だ!」
知っている人間の名前が出て、ヒロトの左耳がピクッと動く。 確かに、思い出してみれば彼らがつい最近にガドロ級のハンターになっていた。
「ダメだって、あいつら全員、帝都近くの『グラングス』の調査に行ってんだよ」
(えっ……!)
全く知らなかったことに、ヒロトは驚いた。 彼らがメルタリアを離れていたなんて聞いてなかったのだ。
(時間帯もあるけど、最近会わなかったのはそういう事だったんだ……)
しばらくの間彼らに会えないのは寂しいが、それよりも問題なのはガドロ級のハンターがいない以上、メルタリアに凶暴化したガルディノスを倒せる人材がいないということだ。
「じゃあどうすんだよ……シノス級全員でかかるか……?」
「んなことギルドが許さねぇよ。 特別な許しがない限りな」
現状、狩人の役割を担っていいのはその狩人隊で五人までと決まっている。 ハンターはそれを聞いて頭を抱えた。 そんなモンスターが狩場に潜み、対処できる人間がいないのなら、自分達がまともに生業を営むことができなくなってしまう。
そう話しているハンター立ちよりも確実に弱いヒロトは、尚更生活に支障が出てくる。
「んじゃあ、ギルドの範囲外でハンター達が集まって……」
「依頼外討伐ってことにするわけか……」
二人のハンターは声を抑え、あまり周りに聞こえないようにしながら話す。
「バレたらどうすんだ?」
「必要素材の採取とか言って、ギルドの裏口から少しずつハンター達が裏門を抜ければいい」
もう一人のハンターはその作戦を聞いて、若干不安を感じているが、詳しいことはまた後日とすることにしたようだ。
「集めようぜ、この酒場にいる全てのハンターを」
それを聞いて、ヒロトは胸の鼓動が高鳴ってきた。 大きな組織の裏でハンター達が画策し、自分達の脅威を退けようとしているとういうのだから。
他の街や国から他の強いハンターを派遣するのは屈辱らしく、この街に強いハンターがいないのなら、他に頼らずに自分達の力で敵を打ち倒したいのだそうだ。 所謂、ハンターのプライドだ。
彼らの話はその後も続いた。 酒場のハンターを集めるに至っては、ギルドに勘ぐられないように注意する必要がある。 計画が顕になった場合、必ずと言っていいほど止められてしまうからだ。
「この事はまた明日にすっか。 今日はもう終わりだ」
「あぁ」
ハンター達はそう言って席を立ち、酒場カウンターで支払いを済ませる。 そして一階に続く階段付近、ヒロトの近くを通ったその時、一人がヒロトを見てこう言った。
「明日の朝、ギルドの裏に集合だ」
「えっ……?」
そう言ってハンター達は一階へと姿を消し、急に結ばされた約束事にヒロトは戸惑い、一人ポツンと立っていた。
他のハンター達が仲間と話すことに夢中になっていて、追加の注文などがないギルメイド達はどこか手持ち無沙汰だ。 そんな普段と異なる雰囲気の酒場を遠巻きにヒロトはそれを見ていた。
「おや、どうしたんですか? 黒髪の新米さん」
酒場の隅で壁にもたれかかっていると、そこへ近くを通ったクーシーのギルメイドがヒロトに声をかけてきた。
「あ、こんにちは。 お昼ご飯と晩御飯を持ち帰ろうと思って来たんですけど……なんだか、ザワザワとしてて」
「あー、そうだったんですか」
壁に預けていた肩を立たせ、ギルメイドに視線を合わせて酒場の隅に一人突っ立っていたわけわ話した。 そして、今話題になっているガルディノスについて、まだ状況の全てを把握出来ていないヒロトはおずおずとそのことを聞く。
「強いハンター達がやられたって、本当なんですか……?」
「ですね、そうみたいです。 知ってる人の狩人隊ですから……ガルディノス程度に負けてしまわれて残念です」
前に見た時とは違う、明るさの無い声色でギルメイドはそう語った。
「そうなんですか……あっ、今持ち帰る分を注文して良いですか?」
「はい、大丈夫ですよ!」
二人の間に出来た若干暗い空気を入れ替える意味も込めて、ヒロトは廃教会に待たせている仲間達に買っていくご飯を注文し、帰りを待つ仲間達の元へと帰っていった。
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「おかえりッスー! あれでしょ、お昼ご飯買ってきてるんすよねー!」
廃教会の扉を開けた途端、奥で寝込んでいたベルカの傍にいたアリシアがヒロトの元へと駆け込んできた。
「たっ、ただいま……ベルカは大丈夫だった?」
「多分大丈夫ッスよ! いや、わかんないッスけど!」
ヒロトの胸元に顔を近づけ、上目遣いでニコニコしながらベルカのことについて適当に答えた。
「えっ、どっち? 大丈夫なの?」
「あ、あのっ……ベルカさんは、大丈夫……です」
視界の傍らからルーンがゆっくりと姿を現し、言葉を詰まらせながら静かな声でそう言った。 その横でアリシアはウンウンと首を縦に振る。
二人と共に教会の扉から離れ、眠り込んでいるベルカの様子を見る。
(寝てるね、そっとしておいておこうか)
熱が引いたのか、ベルカは他より比較的綺麗なの長椅子に気持ちよさそうに寝ている。
三人はそれを他所に昼食を敢行したのだった。




