第一章14『つかの間のメイド服』
ハンターは基本的に討伐したモンスターから剥ぎ取った素材や洞窟などで手に入れた鉱石などで武器や防具を鍛冶師に作ってもらい、それを装備することで己の強さを高めるのだ。
ヒロト達は数日前に依頼外で倒したディノスから皮や爪、牙を剥ぎ取ったので、それをギルド東館の五階でそれらの素材を使った武器を鍛冶師に打ってもらおうとしていた。
「五階……エレベーター使わなきゃね」
「エレベーターあるの!?」
「なかったら流石にキツいじゃん!」
建築技術や紅森のリフトもそうだったが、この世界の技術はところどころ現実の近世より遥かに上回っている。
まるでエレベーターがあって当たり前かのように返されたヒロトはこの世界の技術力に驚かされるばかりだった。
「これがエレベーター……」
一階の奥にある鉄の大扉の横には『開』と
『閉』の二つのボタンがあり、ちょっとばかり古めかしい現代のエレベーターのようだった。
ボタンをベルカが押し、扉の奥から籠った轟音が聞こえてくる。
「あっ、開いた」
「そりゃあ開くよ、早く行こ」
二人はエレベーターに乗り込み、五階のボタンを押すと鉄の柵が閉まり、その次に鉄の大扉が閉まっていく。 ガラガラガラという音と共にエレベーターはそれなりの速度で五階まで上がっていった。
五階は鍛冶場ということだけあって固いものを打つ音がよく聞こえる。
「この階はちょっと熱いね……」
服の襟元をパタパタと動かすベルカ。 ヒロトも服の胸あたりを掴んで風を起こす。
「確か……あの受付から依頼するんだよね?」
奥に見える受付所には青い制服に黒色の髪をした受付嬢が立っていた。
「あの、すいません。 二人分の武器を強化したいんですけど……」
「強化ですね、でしたらまず素材の方をお出し頂けますでしょうか?」
そう言われてヒロトはバッグからディノスから剥ぎ取ったありとあらゆる素材を受付の台に置いた。
受付嬢は複数のトレーに部位ごとの素材を分けて乗せる。
「それでは次に強化したい武器の方をお願いします」
「は、はい」
ヒロトとベルカの二人は丁寧に武器を差し出し、それを受付嬢は受け取って素材と共に奥へと運んでいった。 そしてすぐに受付へと戻ってきて、強化作業に要する時間を伝えた。
「それでは10秒ほど待ってください」
(ん?)
少しの静寂の後、受付嬢はまた口を開く。
「嘘です、明日来てください」
「は?」
恐ろしくつまらないギャグを突拍子もなく言った受付嬢に対してヒロトは内心で疑問を持ち、ベルカは思わず高圧的な態度を取った。
空気感や対処に困ったヒロトはおずおずと受け取り時間について聞いた。
「えっと……明日の朝に伺えばいいんですか?」
「はい、伺えばいいです」
その対応にやりにくそうな顔を示すヒロトは苦笑いし、ベルカは敵を見るかのような目で受付嬢を睨んでいる。 きっとスベリ芸人なんかを見てもこういう反応をするのだろうな、とヒロトは心の中で呟いた。
「そ、それじゃあ……」
「またお越しくださいませ」
そう言ってヒロトは受付から離れ、ベルカもそれにせっせと付いて行き、エレベーターに乗って一階へと降りていった。
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今日限り武器がない二人は依頼を受けることも出来ないので、適当に街をうろついている。
と言っても貧乏な二人には遊ぶことなんてできず、本当にほっつき歩くだけではあるが。
「することないよねー」
「貧乏だからねー」
ハンター生活を始めて数日、暮らしていけないわけではないが無駄に使える金など二人には一切ない。 適当に繁華街を歩いたり、大きな公園で自然を眺める程度だ。
「あれ、レストランかな」
ヒロトの目に止まったのは綺麗でなかなかお洒落そうなレストランだった。 客が多いのをガラス越しに確認する。
「んー、多分そうだと思う。 でも今のベルカ達には関係ないかな……」
そうだよね、と同調して指さしたレストランから離れようとすると、そのレストランの扉が大きな音を立てて開くのを見た。
そこから出てきたのはメイド服のような制服を着た店員で、何やら二人を凝視している。
「えっ、何あれ?」
「ちょっと怖いね……」
その姿に引き気味のベルカはヒロトにそう耳打ちする。
すると二人を見続けていた店員がどんどんと歩み寄ってきて、二人の肩をがっちりと掴んだ。
「えっ! ちょ、ちょっと!」
「何!? 離して! 離せ!!」
その場から離れようとするが、店員の腕力があまりに強く、離れようにも離れることが出来ない状況に陥った。
そしてその店員は二人の顔をバッと見て、口を開いた。
「あの! 今日だけでいいんでうちで働きませんか!」
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「嫌です」
綺麗にされた事務室のような場所で開口一番に拒絶の意を示したのはベルカだ。 ジト目で心底嫌そうな顔をしているのをヒロトは今日だけで二回も見ている。
「ここで働くってどういうことですか……?」
ヒロトはそれに続いて二人に対する店員の願いについて聞いた。
「二人ともすっっごく可愛かったから!」
「は?」
当然の如く、ベルカはその言動に理解を示さない。 ヒロトも顔が引きつっており、店員に対する理解が追いつかない。
「ですから! 二人とも可愛いから絶対メイド服が似合うって思ったんですよ! だからうちで働いてください!」
「お断りします。 ヒロト、帰ろう」
そう吐き捨ててベルカはヒロトの手を強く掴み、そのまま退室しようと立った。 ヒロトもそれに抵抗する理由もなく、ひっぱられるがままに部屋を出ようとした。
「給与、たくさん出しますよ!」
「──!」
その言葉を聞いた瞬間、桃色の髪に隠れたベルカの長い耳がピクッと反応し、退室しようとする歩みを止めた。
「それ、いくら出すの?」
「2000cくらい……」
「やる! 絶対やる!!」
払われる金額を聞いた瞬間、ベルカは店員の顔に食い入ってそう叫んだ。 それを聞いた店員は明るい表情で返事をし、ベルカに感謝をした。
完全に蚊帳の外のヒロトは部屋に独りで佇んでいた。
「まぁ、そういうわけなんで! 早めに制服へ着替えて下さいな!」
「は、はい!」
そのままヒロトとベルカは更衣室へと送られ、既に置かれてある制服に着替えてくれと言われた。 男性用の更衣室がない為、ベルカが着替え終わってからヒロトが着替えている。
「えっと、これだよね」
綺麗に畳まれてカゴに入れられた白い制服を取り出し、それを一旦棚に置く。
が、何やらヒロトは違和感を感じた。
「これだけ? ズボンがないんだけど……」
何度カゴを見てもそこにズボンのようなものはなく、あるのは手に持っている白い制服だ。
嫌な予感を感じ取り、震える手つきで恐る恐るその制服を広げてみると──
「こっ、これって……まさか!」
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更衣室の外、事務室近くの廊下に一人で立っているのは露出の多いメイド服を着たベルカだ。 不機嫌そうな顔で背中に持たれてヒロトの着替えを待っている。
「こんな服着るならやめとけば良かった……」
そうしてブツブツと文句を垂れていると、更衣室のドアがゆっくりと開き、幅のあるテンポでコツコツとヒールの音が聞こえた。
「ちょっと遅かったんじゃない、ヒロ…………誰?」
更衣室から出てきたのは露出の多いメイド服を来た美少女だった。
「おっ、お待たせ……ベルカ」
ベルカはその姿に唖然とし、全く思考が追いついていない。 だが、顔をよく見ればヒロトの面影は確かにあった。
「……」
「あの、その……なにも言わないで…………」
恥ずかしげにそういうヒロトに対し、ベルカはどうしたら良いのか分からない顔でただ見つめているだけだった。
そんな気まずい空気の中、救いの天使の如くさっきの店員がやってきた。
「着替え終わりましたー? うわっ! なんか凄い可愛い子がいる!」
現状に戸惑っているヒロトは、そう言われても恥ずかしさで赤面する以外に何も出来ない。
小さな声で自分の名を伝え、腕を内に寄せる。 その恥ずかしさによる無意識なポーズは逆に女の子らしく、可愛い姿だった。
「あぁ! 貴方でしたか! やはり私の目に狂いはなかったですねぇ。 それではお客様のところまで行って、接客の方をよろしくお願いします! 」
「接客って何やるの」
いきなり店に連れ込まれ、唐突に働けと言われても二人にはなんのことだかさっぱりわからない。 接客と言っても働いたことがない二人にとっては何もかもが未知だったのだ。
「そうですねぇ、お客様の注文をメモしてそれを私に持ってきてくだされば結構です!」
「そうですか……これじゃあなんだか恥ずかしいなぁ…………」
最後の部分だけ周りに聞こえないようにしてヒロトはそう言った。 そして二人は客のいる場へと向かい、接客を始めるのであった。
「ご注文は?」
「アイスティーとパンケーキで!」
「はーい」
注文をそつなくこなすベルカ。
客の前に立って注文を聞き、それをメモしてあの店員に渡すだけの簡単な作業を二時間程度続けるだけなので当然楽なのだが、ヒロトはと言うと──
「あら、可愛い子はっけーん! それっ」
「うひゃあっ!」
別の席に座っていた客の注文を聞き、取ったメモを店員に渡そうとしている途中に、金色の長い髪をした女性にスカートを捲られ、ヒロトは甲高く、少女のような声を上げた。
「あっ、あの! そういうのは……」
「ごめんなさいね。 可愛かったからつい、ね?」
赤面し、目尻には涙が溜まっている。 すぐにその場から離れたいという一心でヒロトは走ってあの店員のいる場所へと向かった。
「ハァ……あの、注文です!」
「わかりましたー。 ふふっ、可愛いわね」
「ううっ……」
どこにも逃げ場はないのか、と肉食動物を前にした小動物のように小刻みに震える。
(小学校の頃もイジメっ子によく胸を揉まれたなぁ……)
妙な過去を思い出し、働く意欲はどんどん失われていく。
あと二時間、ヒロトの地獄が終わるのはかなり先のことだった──




