誕生日を祝っただけなのに、なぜか古代邪竜が土下座して配下になりました
人は俺のことを「歩く生年月日名簿」と呼んだ。
自慢できるような特技ではない。物心ついた頃から、一度でも知った他人の誕生日が頭から絶対に消えないという、ただそれだけの奇妙な記憶力だった。
原因はおそらく、我が家の異常な家庭環境にある。
両親が無類のイベント好きで、俺の誕生日となれば特大の横断幕が掲げられ、大量のクラッカーが鳴り響き、親戚中を巻き込んで1週間前からカウントダウンされるような家だった。「誕生日は世界で一番尊く、祝われるべき日だ!」と育てられた結果、俺の脳には「誕生日を認知したら全力で祝わなければならない」という、呪いにも似た強烈な使命感が刷り込まれてしまったのだ。
幼稚園の砂場で遊んだ友達の誕生日も、小学校の担任の誕生日も、すれ違いざまに聞こえた女子高生の雑談の誕生日も、全部覚えている。脳の引き出しの中に、名前と顔と年月日がびっしりと整理されて張り付いているのだ。
だが、この特技は前世の俺の人生を徹底的に狂わせた。
高校時代、気になっていたクラスメイトの女子に「あ、今日誕生日だよね。おめでとう」と声をかけた。彼女は笑顔になるどころか、青ざめた顔で一歩後ずさった。誰にも教えていない、裏アカウントのプロフィールにしか書いていなかった日付だったらしい。翌日から俺には「ストーカー」のあだ名がついた。
社会人になってからも悲劇は続いた。商社の営業先で、気難しい専務に「専務、本日は58歳のお誕生日ですね。おめでとうございます」と満面の笑みで祝った瞬間、空気が凍りついた。社内報の隅っこに10年前に1度だけ載った生年月日の記述を、俺の脳が勝手に記憶していたせいだった。専務は「気味が悪い」と激怒し、商談は破談になった。
そして、28歳の冬。
銀行に立ち寄った俺は、運悪く猟銃を持った覆面強盗犯に、居合わせた客たちとともに人質として捕まった。
恐怖で震え上がる他の人質たちに混ざりながら、スキーマスクの隙間から覗く犯人の目元や輪郭を間近で観察した瞬間、俺の脳内の名簿が勝手にカチリと音を立てて開いてしまったのだ。マスクの穴から覗く左目の下の泣きぼくろ、不自然に尖った顎のライン、焦燥で引きつる唇の癖。わずかな視覚情報から、記憶のデータベースが一瞬で人物を特定した。
「あ……お前、竹田第三小学校の三年二組、11月23日生まれの佐藤くんか……?」
張り詰めた静寂の銀行内に、俺の間の抜けた声が響いた。
「えっ」
「今日じゃん! 28歳の誕生日おめでとう!」
純粋な祝福だった。同級生と20年ぶりに再会できた嬉しさから、つい拍手まで添えてしまった。
次の瞬間、覆面越しでも分かるほどパニックと羞恥で完全に逆上した佐藤くんの銃口が火を噴いた。
「本名呼ぶんじゃねええええ! ていうか今祝うなあああああ!!」という絶叫と轟音が、前世で俺が聞いた最後の音だった。
祝っただけなのに。人はなぜ、誕生日を祝われると怒るのか。そんな理不尽な疑問を抱きながら、俺の意識はブラックアウトした。
気がつくと、俺は見知らぬ森の中に転がっていた。
湿った腐葉土の匂い、頭上を覆う紫色の巨大な樹木、そして自分の身体の違和感。
立ち上がって水たまりを覗き込むと、そこには見覚えのない15歳ほどの金髪の少年が映っていた。華奢な体つきに、みすぼらしい麻のシャツ。
それと同時に、頭の中に奔流のように記憶が流れ込んできた。
俺の名はリック。グランベル王国の下級貴族、ランカスター男爵家の三男だ。
この世界には【星辰魔法】と呼ばれる天体と魂を紐付ける魔術体系が存在する。13歳の成人の儀で適性を測るのだが、リックの身体からは一切の魔力が検出されなかった。いわゆる「魔力ゼロの穀潰し」だ。
男爵家を継ぐ長男のジュリアスは、ことあるごとにリックを虐待し、つい先ほど「家の恥晒しが。魔獣の餌にでもなってこい」と、この【宵闇の封印樹林】の奥深くに置き去りにしたところだった。
「なるほど、テンプレ追放劇か」
俺は泥を払いながらため息をついた。
魔力ゼロで武器も持たされず、危険度Sランクの原生林に放置。普通なら30分と生き残れない絶望的な状況だ。だが、前世で理不尽な死を経験した俺の心は、妙に落ち着いていた。
死にかけた銀行に比べれば、凶暴な魔獣の方がまだ話が通じるかもしれない。
そう思った矢先だった。
ズズズズズ……!
大気が軋み、地面が激しく波打った。
木々がなぎ倒され、紫色の空が突如として漆黒の暗雲に覆われる。森中の鳥や小動物が一斉に絶叫しながら逃げ惑い、吐き気を催すほどの濃密な殺気が空間を満たした。
森の奥から、山のように巨大な影がゆっくりと這い出てくる。
黒曜石のような硬質な鱗、真紅に燃え盛る巨大な双眸、背中から生えた四枚の漆黒の翼。
古代の文献に記された神話級の災厄、【終焉の黒竜バハムート】。世の歴史書には「創世の神聖歴元年に生まれた」と記され、かつて世界の終焉をもたらすと恐れられ、初代国王と大賢者が命を賭してこの樹林の最深部に封印したとされる伝説の竜だった。
黒竜は長い首をもたげ、足元にいる俺を見下ろした。その双眸に宿るのは、数千年分の封印への怨嗟と、生ある者すべてを滅ぼさんとする純粋な破壊衝動。
グルルルル……と喉を鳴らしただけで、周囲の大気がビリビリと振動し、俺の鼓膜が破れそうになる。
終わった。
転生して5分で即死。今度こそ人生終了だ。
俺は諦め半分で、巨大な黒竜の顔をじっと見つめた。
その時だった。
カチリ。
脳の奥底で、前世から引き継いだあの奇妙な引き出しが勝手に開いた。
視界に映る黒竜の鱗の紋様、額に刻まれた角の年輪、そして瞳の奥で明滅する魔力の周期。それらの情報が網膜を通過した瞬間、俺の脳内に電撃のような文字の羅列が浮かび上がったのだ。
【個体識別:終焉の黒竜】
【星辰生誕日:神聖歴90年12月25日・午前0時0分】
【現在時刻:神聖歴6090年12月25日・午前0時5分】
俺は目を丸くした。
「え……?」
黒竜の喉の奥が赤く発光し、全てを灰塵に帰す灼熱の火炎ブレスが練り上げられていく。死のカウントダウン。逃げ場などどこにもない。
だが、俺の口から出たのは、悲鳴でも命乞いでもなかった。
「お前、今日誕生日じゃん!!」
静まり返った森に、俺のよく通る声が響き渡った。
黒竜の喉の光がピタリと止まった。巨大な真紅の瞳が、信じられないものを見るように見開かれる。
俺は嬉しさのあまり、両手を打ち鳴らしてパチパチと拍手した。
「すごいな! 教科書には元年生まれって書いてあったけど、本当は90年生まれなんだろ! ちょうど今日で6000歳の節目じゃないか! 記念すべき還暦の100倍だよ! 誕生日おめでとう!」
満面の笑顔で、腹の底から祝福の言葉を叫んだ。
その瞬間――世界が変色した。
ドオオオオオン!!
黒竜の胸元から、眩い黄金の魔法陣が何重にも展開された。それは天を衝く光の柱となり、周囲の空間を埋め尽くしていた漆黒の殺気を一瞬で吹き飛ばしてしまう。
「グ……ガ……ッ!?」
黒竜が苦悶の声を上げながら、巨体を震わせた。
この世界の【星辰魔法】において、生誕の瞬間とは魂が星辰と結びついた根源の刻印である。
何千年と生きる強大な魔獣や古代竜は、あまりにも長い孤独の歳月の中で、自分が生まれた日などとっくに忘れ去ってしまっている。誰にも祝われず、ただ恐れられ、封印されてきた化け物にとって、生誕の日など思い出す意味すら失われていた。
だが、魂の最も奥深くに刻まれたその真実を、目の前の小僧は何の詠唱もなく、一目で看破した。
それだけではない。神話の教科書に書かれた虚偽の年代すら笑い飛ばし、真実の生誕を――6000年の節目を、悪気のない純度100%の笑顔で祝ってきたのだ。
黒竜の脳裏に、凄まじい衝撃が走っていた。
(我の……我自身すら忘却の彼方に置き去りにしていた真の刻限を、なぜこの人間が知っている……!? 貴様、何者だ……! 太古の全知神の化身か……!?)
だが、黒竜の魂を揺さぶったのは恐怖だけではなかった。
6000年間。暗黒の底で誰にも顧みられず、ただ破壊の化け物として恐れられ、封印され、孤独に耐え続けてきた6000年。
その長い年月の果てに、初めて――自分という存在が生まれた日を、心からの笑顔で祝ってくれた人間。
「誕生日……おめでとう、だと……?」
黒竜の巨体が、ガクガクと震え始めた。
真紅の瞳から、ボロボロと大粒の涙が滝のように零れ落ちる。一滴がドラム缶ほどもある巨大な竜の涙が、地面を濡らし、木々を押し流していく。
「お、おい、どうしたんだ? 泣くほど嬉しかったのか?」
俺が戸惑いながら尋ねると、黒竜は突如として前足を折り曲げ、巨大な頭を地面に激突させた。
ズウウウウン!!
土下座だった。山のような巨竜が、俺の足元で砂煙を上げながら平伏している。
「我が主よおおおおお!!」
森を揺るがす咆哮のような声で、黒竜が叫んだ。
「我が名はバハムート! 6000年の孤独を癒やし、我が魂の理を看破せし至高の御方よ! 我が命、我が魔力、我が魂のすべてを、今この瞬間より貴方様に捧げ奉る!!」
「え、あ、うん……? とりあえず頭上げていいよ?」
俺が呆気にとられて声をかけると、黒竜は涙でぐしゃぐしゃの顔を上げ、しっぽを犬のように左右に激しく振り回した。風圧で後ろの大木が3本へし折れた。
「主よ! これより我をなんと呼んでくださいますか! 滅びの黒竜、世界の終焉、神を喰らう顎……お好みの名をお与えください!」
「うーん、長いからクロでいいや」
「クロ……! なんと慈悲深く、愛に満ちた響き……! 我が生涯の宝名といたしまする!!」
クロは感極まった様子で天を仰ぎ、再び号泣した。
俺は腕を組んで考え込んだ。
前世では「一度知った誕生日を忘れない」「わずかな特徴から人物と生年月日を特定する」というただの記憶力だった。だが、魂が星辰と直結するこの異世界に転生したことで、その特技は「相手の顔や魔力を見るだけで生年月日が直接脳内に浮かび上がる」という、完全なバグ技へと進化してしまったらしい。
前世では「キモい」「ストーカー」と罵られ、最後は撃ち殺された呪わしい特技が、この世界では神話級の怪物を一撃で屈服させる最強の武器に化けている。
クロの背中を見上げると、その広大な甲板のような背中に乗れそうだった。
「なあ、クロ。俺を追放した実家の屋敷まで送ってくれないか?」
「御意にございます、我が主! 我の背にお乗りください! 貴方様を侮辱した不届き者の屋敷など、我が一息で消滅させてご覧に入れます!」
「あ、破壊はしなくていいよ。ちょっと長男に誕生日プレゼント(ざまぁ)を渡したいだけだから」
俺はクロの頑丈な首筋をよじ登り、広大な背中に腰を下ろした。
クロが四枚の翼を大きく羽ばたかせると、森の木々が吹き飛び、視界が一気に跳ね上がった。青い空と、遥か眼下に広がる広大な王国の大地。
俺の視界には、遠くに見える王都や街道を行き交う人々、そして空を飛ぶ鳥たちに至るまで、無数の「生年月日」が光り輝く星のように浮かび上がっていた。
「なるほどな……」
俺は空の上で、思わず口角を上げた。
祝ってやろうじゃないか。この世界のすべての理不尽と、俺を見下した傲慢な連中を。
俺の善意と祝福のバースデー無双は、まだ始まったばかりだ。
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