走れ愛崎〜紅茶切れてゐるよ!どうするつもりなのっ!?〜(2026年3月29日投稿)
愛崎は激怒した。
必ず、トワイニングのプリンスオブウェールズを買わねばならぬと決意した。
愛崎には珈琲がわからぬ。
愛崎は、ただの可愛い人である。
2025年12月から、WEB小説を投稿してきた。
けれども紅茶に対しては、人一倍に敏感であった。
きょう未明愛崎は家を出発し、工業街口駅を越えスターバックスを超え、十里はなれた此の臨海ターミナルの駅にやって来た。
愛崎には兄も、姉も無い。亭主も無い。
二十一の、イマジナリな己と二人暮しだ。
この己は、街の或る律気な社会人を、近々、花婿として迎える事になっている。
──なんてことは無い。そこは安心してほしい。
結婚式は遥か夢の先なのである。
愛崎は、それゆえ、花嫁なんぞ置いておいて紅茶を買いに、はるばる駅にやって来たのだ。
先ず、その紅茶を買い集め、それから駅のルミナスをぶらぶら歩いた。
愛崎には空想の友があった。
──ユウキである。
今は愛崎の作品の中で、マッチングアプリをしている。
その友を、これから訪ねてみるつもりなのだ。
久しく逢わなかったのだから、訪ねて行くのが楽しみである。
歩いているうちに愛崎は、まちの様子を怪しく思った。
ひっそりしている。
もう既に日も落ちて、まちの暗いのは当りまえだが、けれども、なんだか、夜のせいばかりでは無く、街全体が、やけに寂しい。
のんきな愛崎も、だんだん不安になって来た。
路で逢った若い衆をつかまえて、何かあったのか、二年まえに此の市に来たときは、夜でも皆が歌をうたって、まちは賑やかであった筈だが、と質問した。
若い衆は、愛崎をスカウトしようと質問には答えなかった。
しばらく歩いて老爺に逢い、こんどはもっと、語勢を強くして質問した。
老爺は答えなかった。
愛崎は両手で老爺のからだをゆすぶって質問を重ねた。
老爺は、あたりをはばかる低声で、わずか答えた。
「止めてください、警察を呼びます。」
「なぜ警察を呼ぶのだ。」
「あなたが私を掴んで離してくれないからです。」
「たくさんの人を殺したのか。」
「それは知りません。私を殺すつもりならどうか考え直していただけませんか。」
「おどろいた。国王は乱心か。」
「あの……言葉は通じておりますでしょうか。」
聞いて、愛崎は激怒した。
「言葉も通じぬ呆れた王だ。生かして置けぬ。」
愛崎は、単純な女であった。
紅茶を、紙袋の中に確かめて、のそのそ王城にはいって行った。
たちまち愛崎は、巡邏の警吏に捕縛された。
調べられて、愛崎の懐中からは新たな小説のネタが出て来たので、騒ぎが大きくなってしまった。
愛崎は、王の前に引き出された。
「この『走れメロス』で何をするつもりであったか。言え!」
暴君ディオニスは静かに、けれども威厳を以て問いつめた。
その王の顔は蒼白で、眉間の皺は、刻み込まれたように深かった。
「Xから作品への導線を確保してPVを稼ぐのだ。」
と愛崎は悪びれずに答えた。
「おまえがか?」
王は、憫笑した。
「こんなことをしたところでPVなぞ上がらぬ。良い作品を世に出しても、見付からなければ読まれぬPVも上がらぬいいねも貰えぬ星も貰えぬレビューも書かれぬ。」
王は跪かされている愛崎に捲し立て、最後に薄々勘付いていたが見ない振りをしていた核心を露わにし──無慈悲にも突いた。
「可愛いアイコンで無ければ、ポストに目を止めぬ」
「言うな!」
と愛崎は、いきり立って反駁した。
「人の心を疑うのは、最も恥ずべき悪徳だ。王は、X民の忠誠をさえ疑って居られる。」
「疑うのが、正当の心構えなのだと、わしに教えてくれたのは、おまえたちだ。人の心は、あてにならない。人間は、もともと私慾のかたまりさ。信じては、ならぬ。」
暴君は落着いて呟き、ほっと溜息をついた。
「わしだって、ブックマークを望んでいるのだが。」
「なんの為のブクマだ。作品のランキングを守る為か。」
こんどは愛崎が嘲笑した。
「読む気の無い人にブクマをさせて、何がランキング20位圏内だ。」
「だまれ、下賤の者。」
王は、さっと顔を挙げて報いた。
「口では、どんな清らかな事でも言える。わしには、人の腹綿の奥底が見え透いてならぬ。おまえだって、いまに、磔になってから、泣いて詫びたって聞かぬぞ。」
「ああ、王は悧巧だ。自惚れているがよい。愛崎は、ちゃんと死ぬる覚悟で居るのに。命乞いなど決してしない。ただ、──」
と言いかけて、愛崎は足もとに視線を落し瞬時ためらい、
「ただ、愛崎に情をかけたいつもりなら、処刑までに三日間の日限を与えて下さい。たった一人の己に、亭主を持たせてやりたいのです。三日のうちに、愛崎は脳内で結婚式を挙げさせ、必ず、ここへ帰って来ます。」
「ばかな。」
と暴君は、嗄れた声で低く笑った。
「とんでもない嘘を言うわい。逃がした小鳥が帰って来るというのか。」
「そうです。帰って来るのです。」
愛崎は必死で言い張った。
「愛崎は約束を守ります。愛崎を、三日間だけ許して下さい。己が、愛崎の帰りを待っているのだ。そんなに愛崎を信じられないならば、よろしい、この駅にユウキというGatePair: Linkの主人公がいます。愛崎のイマジナリな友人だ。あれを、人質としてここに置いて行こう。愛崎が逃げてしまって、三日目の日暮まで、ここに帰って来なかったら、あの友人を絞め殺して下さい。たのむ、そうして下さい。」
それを聞いて王は、残虐な気持で、そっと北叟笑んだ。
生意気なことを言うわい。どうせ帰って来ないにきまっている。
この嘘つきに騙された振りして、放してやるのも面白い。
そうして身代りの男を、三日目に殺してやるのも気味がいい。
人は、これだから信じられぬと、わしは悲しい顔して、その身代りの男を磔刑に処してやるのだ。
世の中の、正直者とかいう奴輩にうんと見せつけてやりたいものさ。
「願いを、聞いた。その身代りを呼ぶがよい。三日目には日没までに帰って来い。おくれたら、その身代りを、作品内で殺すぞ。ちょっとおくれて来るがいい。おまえの罪は、永遠にゆるしてやろうぞ。」
「なに、何をおっしゃる。」
「はは。いのちが大事だったら、おくれて来い。おまえの心は、わかっているぞ。」
愛崎は口惜しく、地団駄踏んだ。ものも言いたくなくなった。




