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元暗殺者と魔術師殿下による、癒しのティータイム  作者: 桐城シロウ
二章 禁術の行使で変わった運命
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38.元婚約者と楽しいティータイム!

 








 吹き抜けてゆく風に、舞い上がる羽根。小さな、小さな白い羽根だった。手を伸ばして掴んでみると、根元に白いほわほわがついてる。可愛い。見上げれば、太く逞しい幹に支えられた、重たそうな枝葉が広がっている。葉は色が濃く、白い花と不釣合いに見えた。透き通るほど薄くて白い花弁が重なり、薔薇と似た風格を漂わせている。


 小さいけれど、薔薇とよく似た白い花は沢山集まって、中心に生えている白い羽根を守ろうとしているように見えた。どんなに守ろうとしても、激しい夏の風が散らしてゆくのに。私が立ち止まっていることに気が付いて、前を歩いていた女性が振り向き、白いレースの日傘を傾ける。口元は微笑んでいた。


「不思議? シェリーさん」

「はい。……これはどうして羽根を生やしているんですか?」

「羽根を咲かせているのよ。こう表現した方が素敵でしょ?」

「素敵かどうかは……」

「これはね、知恵をつけたんですって。妖精に守って貰うために、育てて貰うために、小さな羽根を生やすことにしたの。ほら、彼らって、弱くて美しいものが大好きじゃない?」

「申し訳ありませんが、分かりません。だって、妖精に会ったことがないから」


 大きな国の都会に行けば会えるかもしれないけどね。一年中花が咲き乱れ、手つかずの渓谷や森、草原に抱かれたメノア国で生きている妖精たち。お金に目が眩んだ妖精さんは母国を飛び出て、発展している国の都会へ行き、妖精にしか作れないレースや布、工芸品を売って、がっぽがっぽ儲けてる。


 綺麗な子たちかもしれないけど、私は好きじゃないなー。夢を見る気にはなれないの。持っていた小さな羽根を手放すと、風にさらわれ、どこかへ飛んでいった。足元の芝生には無数の白い羽根が落ちている。ぼんやり突っ立っていれば、ローザ様がほんのり苦笑を浮かべ、木を見上げた。


「この木、お父様が買ってきたのよ。繊細な木だからと言ってわざわざ、妖精と魔術師を雇って……はるばる、メノアから取り寄せた」

「へー、好きなんですか?」

「いいえ、父は木なんて愛でないから」

「違いますよ。ローザ様が好きだったから、取り寄せたんでしょう? お父様は」


 ローザ様の整った優しげな顔立ちから、ふっと表情が抜け落ちる。今日は爽やかな夏日なのに、背筋が寒くなった。不思議ね、まるで刃物を突きつけられているみたい。ローザ様が視線をゆったりと外し、広大な芝生を眺めた。遠くの方にはざわめく木々と庭園がある。


 後ろでまとめた髪からこぼれ落ちる金髪は細く、柔らかそうで、刺繍糸にできそうだった。深い青色の瞳はどこにもない影を映し出し、何かを憂いてるように見える。そばかすがない、真っ白な肌と華奢な体。


 薄いブルーのワンピースから時々、垣間見えるふくらはぎと手首は細くて、人を不安にさせてしまうほど。分かった、この人は細いから怖いんだ。むっちむちに太っていたら、怖くないかも。痩せているから、夏の太陽の下に現われた幽霊に見える。かなり黙り込んだのち、話し出した。


「縁起物なんですって、この木は」

「名前は? 知っていますか」

「もちろんよ、ああ、何だったかしら……。確か白羽根の木。見たままよね。この木、好きだけど、小さい頃を思い出すからあまり好きじゃないわ」

「家にあったんですね?」

「そうなの。妖精が守ってくれるんですって。いないのにね、この国には」

「……羽根を守るために?」

「違うわ。この木を大事にしてくれる家を守るのよ。さあ、行きましょうか。暑くなってきたから」


 レナード殿下の元婚約者であるローザ様は病んでるとの噂よ、シェリーちゃん。どうしても会いたいのなら会わせてあげるけど、少し怖くて儚げな人だわ。文通友達のヴィオレッタから送られてきた手紙に、優美な文字で記されていた一文をふいに思い出す。


 でも、だって、知りたかったし。私はもうレナード殿下の恋人だから平気! 塔へ来たばかりの頃、エナンドとカイが「ローザ様なら良かったのに」って言ってたのをまだ根に持ってる。


(あの時はレナード殿下のことが好きじゃなかったから気にならなかったけど、今は気になっちゃう!! ふんだ、いいもーん。帰って嫌がらせしようっと)


 レナード殿下、私が元婚約者に会いに行くと言ったら青ざめてた。必死で止められたけど、無視した。ここにヴィオレッタがいてくれたら良かったんだけど、二人きりじゃないと会わないって言われた。残念。芝生の上を黙々と歩いて、離宮のような邸宅へ向かう。


 年季が入ったアーチ窓、そびえ立つ無数の白い柱、雨風の跡が残された石壁、薄く削った青い宝石を張り付けてある窓ガラス。精緻な植物のレリーフが木の重厚な扉を飾り立て、威圧感を漂わせていた。目にすれば、誰もが圧倒されるはず。


 でも、今は美しい扉なんか目に入らない様子の、茶髪茶目の女性がそわそわしながら立っていた。綺麗なシルエットを描いている、青色の半袖ワンピースを着て。地味だけど、ものすごくお上品だった。ローザ様が微笑みながら手を振ると、それを見て、ほっとしたような表情になり、白い階段を駆け降りる。


「奥様! 体調はいかがですか?」

「平気よ、リラ。今日は調子が良いの。冷たいハーブティーを淹れてくれる?」

「かしこまりました。ええっと、そちらの方はまだ……」

「一緒にお茶を飲もうかと思って」

「……くれぐれも無理なさらないでくださいね、奥様」

「気にかけてくれてありがとう。でも、本当に大丈夫なのよ、私」


 ローザ様がたおやかに微笑む。それを見て安心したのか、ようやく笑顔で一礼し、扉を開けてくれた。リラが扉を開けるさい、ローザ様がとても自然な動きで私に身を寄せ、聞き取れないほど小さい声でささやいた。


「私の旦那様に怒られるから気にかけているのよ。私のことを心配しているわけじゃないわ」

「……」

「シェリーさんはアイスティーとハーブティー、どちらがいい? 私ね、最近食べられるお花を浮かべたハーブティーが好きなの」

「ローザ様が好きなハーブティーを飲んでみたいです。それと、好きなお菓子も全部」

「あら、嬉しい。ありがとう」


 日傘を折り畳み、屈託のない微笑みを浮かべた。何だろう、すっごく気になる人だわ。レナード殿下の元婚約者で、あのひねくれたカイが認めるほど、優しくて美人で、魅力的な人だと聞いていたから、緊張していた。勝手にもやもやしていた。


 だけど、会う前に育んだ敵愾心や緊張、情報を搾り取ってやろうという気持ちがすっかり溶けてなくなっている。不思議ね……。昼間だというのに、邸宅内は静まり返っていた。少し空気がひんやりしてる。


 足を進めてから見上げると、玄関ホールの天井に、青い光と木漏れびのような光を放つ豪華絢爛なシャンデリアが吊り下がっていた。でも、興味が湧かない。虚しく見えるから。普段なら興奮するんだけど。ぴかぴかに磨き抜かれたマーブル模様の石床、青い絨毯敷きの階段、古めかしい貴族の格好をしたご先祖様の肖像画と、高そうな美術品の数々。


(青と白で統一されてる……。好きだったのかな、この家を建てた人が)


 壁紙には青と金の糸が織り込まれ、高貴な植物模様が浮かんでいる。随所に白い花が活けられていた。ローザ様は特に何も言わない。リラが黙って歩き、ひときわ目を惹く階段を上る。上れってことね、はいはい。


 木の手すりも磨き上げられ、珊瑚のようなつやを放っていた。まろやかで触ると心地いい。二階へ行くと、また美術品と肖像画が飾られている。その隙間に椅子とテーブルが置いてあった。誰が座るんだろう、あんなところに。落ち着かない気分になっちゃう。


「私の部屋に、いつものお菓子とハーブティーを持って来てくれる?」

「……聞き間違えでなければ、今、奥様の部屋にと」

「ええ、そうよ。だめなの? シェリーさんとは私室でお茶を楽しみたいわ」

「かしこまりました。すぐにお持ちします」


 一目見て高いものだと分かる花柄の巨大な壷。あれ、死体が入りそう。子どもなら、手足を折り曲げなくてもいける。大人は硬直が始まる前に膝を抱えさせて、ローブで縛ったら隠せる。上から花を突っ込んだら分からないでしょうね。腐敗が始まったら、すぐに見つかっちゃいそうだけど。


 視線を感じて振り返ると、ローザ様が意味ありげな微笑みを浮かべ、私を見つめていた。木の下で話していた時は目が笑ってなかったけど、今はちゃんと笑ってる。これなら期待できそう。


 癒しの血について、何か知っていることがないか聞いておきたい。嗅ぎ回って情報を得たところで、何の意味もないんだけどね……。長年のくせかな、裏があると思ってしまう。


(でも、レナード殿下のことも聞いておきたい。初めて好きになった人だから)


 青く、控えめな輝きを放つアーチ窓がずらりと並んでいる。真ん中がくぼんだ天井に吊り下がってるシャンデリアも青くて、きらきらと光っていた。見上げながら歩いていると、エレベーターらしきものに案内される。


 うわぁ、すごい! 綺麗。森を背景にして、ユニコーンと仲良く寄り添っている夫婦が描かれていた。でも、扉が開くと、ユニコーンと夫婦が離ればなれになる。どうしてこんな絵にしたのよ! 不満に思いながらも、巨大な鏡と手すりがあるエレベーターへ乗り込む。床は白い石で、壁は青と金色のストライプ柄。豪華だった。


「ねえ、どうしてこの絵にしたんですか?」

「……ああ、扉の絵について? 何代か前の当主がお気に入りの画家を呼び寄せて、描いて貰ったのよ」

「離ればなれになっちゃうでしょう? どうせなら、青い小鳥が飛んでいる絵にすれば良かったのに」

「まあ、悲しいのね? レナード殿下はあなたの純真さをお気に召したのかしら」

「いいえ。カイがレナード殿下は多分、マゾだって言ってました。じゃないと説明がつかないって。私のこと、がさつな脳筋だと思い込んでいるんです。ひどいでしょ?」


 ローザ様がびっくりしたように青い瞳を見開き、くすくすと笑い出した。リラはその様子を見て驚きながらも、私を睨みつける。悔しいのかしら。ローザ様が私の前だとよく笑うから。妙な優越感が胸を満たした。本当に不思議。私、この人に好かれようだとか、気に入られようとか、一切思っていなかったのよ。


「ひどいわね。でも、カイらしい言葉。少しはお世辞を覚えたらいいのに……」

「生まれ変わっても無理です、絶対」


 案内されたローザ様の私室は意外と地味だった。無地のピンクベージュ色の絨毯に、壁紙は淡いブルーの花柄。カーテンは無地のグレイッシュピンクで控えめ。白い猫脚のソファーとテーブル、白いチェストが置いてある。窓際に飾られた花瓶も白。そこに活けてある濃いピンク色の薔薇が一番派手じゃないかな。


 ううん、きっとシャンデリアが一番派手で綺麗。今にも朝露が滴り落ちてきそうなほど、瑞々しい葉っぱと白薔薇のシャンデリア。これがなかったら、アンティーク調の白い家具が並んでいるだけの、ぼんやりした部屋になっていたと思う。


「……」

「さあ、かけてちょうだい。シェリーさん。自分の家だと思って、ゆっくり寛いでね」

「はい……」

「すぐにお茶とお菓子をお持ちしますね」


 こうなったらお菓子に期待しよう。美味しいのが出てくるはず! リラがあらかじめテーブルの上に置いてあった水差しを持ち上げ、コップに水を注ぎ、出て行った。外、暑かったから助かる~。


 私が水に飛びついてごくごく飲み干している間中ずっと、ローザ様は閉まった扉を見つめていた。お姫様の肖像画みたい。そっか、生気がないんだ。扉を見つめたまま、口を開く。


「レナード殿下はお元気?」

「ええ、まあ、ぼちぼちですよ。今日、ローザ様に会いに行くと言ったら、一気に具合が悪くなっていましたけど」

「ふふ、都合の悪いことを言われるとでも思ったのかしら。婚約者らしいことなんて、何一つしていないのにね」

「……レナード殿下、女癖が悪いんでしょう? 否定したがるんですよ、本人も周りも」

「っふ、ふふ、だって事実じゃないからよ。それに否定するしかないでしょう? 好きな人にそんなことを言われたら」

「嘘吐きってことですか?」

「いいえ、嘘吐きなのは私よ」


 混乱した。嘘吐きってローザ様が? 嘘を吐くような人には見えない。私が探るようにじっと見つめていれば、コップを持ち上げ、柔らかく微笑む。ここにいるのは金髪碧眼の美しいお姫様。想像しただけで嫌になるけど、レナード殿下の隣に並んで欲しいな。すっごく綺麗だと思う。


「シェリーさんは何を言っても驚かないのね。とても話しやすいわ」

「いえ、驚いています。表情に出ないだけです」

「そうなの? ……今日はどうしてここへ? 反対されていたんでしょう」

「レナード殿下の血について、知っていることがあれば教えて貰えませんか」

「リラが来てからにしましょうか。リラが来て、去ってからね。公然の秘密だもの」


 貴族のほとんどはレナード殿下が癒しの血を持ってるって、知ってる。レナード殿下が貴族のためではなく、経済的に困窮していて治療を受けられない人や、難病で苦しんでいる人のために血を使いたいって言っていたことを思い出した。


 ……今、レナード殿下は血の提供を拒んでるけど、これからどうなるんだろう。陛下との根比べだって言ってた。レナード殿下は血を無償で病院に提供したい、陛下は貴族と他国の富裕層に売りつけたい。要求を飲まないのであれば、今後は一切血の提供をしない。宣言しても、陛下は不気味な沈黙を保ったまま。


 週に一回、前まで血を採っていた時間帯に医者が何人かやって来て、頼み込み、断られると諦めてどっかに行く。私にできることがあればいいのに。血をくれと言った医者の腕や手足を折って、放置する案を出したら、レナード殿下に怒られた。


 だけど、私にもできることがあるかもしれない。まず、癒しの血について深く知ろう。モリスさんやカイ、エナンドが隠してる情報があるかもしれないし……。水を飲み干したローザ様が、黙りこくっている私を見つめ、穏やかに微笑む。


「聞きたいことはそれだけ? シェリーさん」

「……どうして、レナード殿下との婚約がなくなったんですか」

「私の父が決めたことよ。ホテルを作ってみたかったんですって」

「ホテル?」

「そう。私の旦那様のお父様……義父ね。義父が持っている別荘を買い取って、ホテルにしたいと言い出したの。だけど、ホテル王と名高いひいひいお祖父様が建てて、大事に修繕してきたものだから、売れないと言ってきっぱり断った」

「はあ。どうしてその話が婚約解消に繫がるんですか……?」

「父はね、諦めが悪いのよ。私を差し出すから、別荘を売ってくれないかって頼んだの。笑えるでしょ?」


 ローザ様がくしゃりと顔を歪め、今にも泣き出しそうな笑みを浮かべる。そっか、嫌だったんだ。差し出すってどういう意味なんだろう。娘を差し出して、ホテルを作るって非効率的じゃない? あ、叔父さんならしそう。あれが欲しいから行ってこいって、平気で言うよねー……。


「じゃあ、もしかして上下関係があるんですか?」

「え?」

「嫌って言わなかったんでしょ? だからレナード殿下との婚約を解消して、今、こうしている。お父様とローザ様には、明確な上下関係があるんですね」

「……その通りよ。改めて言われると、少しつらいけど」

「申し訳ありません。私と叔父のような関係かと思ったんです」

「叔父様、ひどいの? 横暴なのかしら」

「はい、横暴で嫌なやつです。私のためだと言って、殴ったり蹴ったりするようなクズです」

「……」

「おかげで人ごろ、んんっ! 護身術を身につけることが出来ました。ローザ様のお父様も嫌なやつですか?」

「っふ、ははは!」


 ローザ様が声を上げて笑う。ソファーの背もたれに寄りかかって、しきりに笑っていた。怖いって言ってた理由、分かる……。すごく面白いことは言ってないのに、笑ってのけぞってる。


 夏なのに、真っ白で細い首が恐怖心を掻き立てた。刃物を持ったマッチョの方が怖くないと思う、絶対。ようやくローザ様の笑いが収まった頃、ノック音が響いて、ワゴンを押したリラが入ってくる。天の助けだと思った。お菓子!


「お待たせいたしました」

「リラ、ありがとう。シェリーさんはどれがお好きかしら? 最近ね、重たいお菓子はあまり好きじゃなくて、フルーツが載ったものばかり食べてるの」

「……クリームはないんですね?」


 ワゴンの上に並べられているのは、瑞々しいフルーツがたっぷり閉じ込められたゼリーケーキ、緑色と赤色のキューブ型クッキー、赤みを帯びた白い果肉がふんだんに載ってるタルト、いかにも健康に良さそうなキャロットケーキ(クリームはかかってない)、卵色のふわふわドーム型ケーキ、胡桃やドライフルーツが入ってるパウンドケーキ、フィナンシェとマドレーヌ。うー、想像していたのと違った……。がっかりしていたら、ローザ様が無邪気に笑う。


「クリームが良かった? ごめんなさいね。じゃあ、これはどう? スポンジ生地の中にクリームがたっぷり詰まっているの」

「これにします!!」

「気に入るものがあって良かった。甘さ控えめで美味しいから、ぜひ食べてみて。ああ、リラ、それ、私にちょうだい?」

「奥様? ですが……」

「よそってあげたいのよ。もういいわ、ありがとう」


 追い出そうとしているように見えた。リラは困惑してぐだぐだ言ってたけど、鉄壁の微笑みを浮かべるローザ様に負けて、平べったい何か────多分、ケーキを運ぶための道具だと思う────を手渡し、イライラした様子で出て行った。閉まる扉を眺めていたら、ローザ様が溜め息を吐いて、ワゴンの前に立つ。


「本当、嫌になっちゃう。監視されているんだわ! 四六時中ね」

「窮屈で綺麗なところですね、ここは」

「綺麗だけど、窮屈なお屋敷って言った方がいいんじゃない?」

「……それぞれ、綺麗なところがあります。夏の炎天下でも、街中が綺麗に見える瞬間があるように。きっと、ここは窮屈だからこそ、美しく見えるのでしょうね」


 泣いてるレナード殿下も綺麗だった。罪悪感に満ちた表情も。それと一緒で、家族を散々苦しめてきた男を殺して、見上げたスラム街の夜空も、星なんて一つも見当たらないのに、やたらと綺麗に見えた。一見、綺麗じゃないものも輝く時がある。上手く言語化できないから、説明できないけど……。


 ローザ様が優雅な所作で、ふわんふわんのドーム型ケーキを皿へ移し、手渡してくれた。お皿のふちに青い花が描かれている。繊細でついつい見入っちゃった。細く伸びた茎に滲むグリーン、葉脈が丁寧に描かれている葉っぱ、薄くて柔らかそうな青い花弁。綺麗だけど、青を見すぎたせいで目がチカチカする。


「がさつに見えるけど、そうでもないのね」

「がさつ……?」

「ごめんなさい。悪口じゃないのよ、許してね。シェリーさんの言う通りだと思う。ここはきっと、窮屈だからこそ美しい」

「許してあげます、悪口じゃないのなら」

「ありがとう。……レナード殿下じゃ、歯が立たないわね。上手くいってる?」

「私の方が強いです。食べてもいいですか?」

「どうぞ。これも飲んでね、ハーブティー。口の中がさっぱりするから」


 憑き物が落ちたような顔をして、赤い花と白い花、氷が浮かんでる背の高いグラスを置いてくれた。液体は透明度の高いグリーン。ストローが突き刺さってる。ふわんふわんの卵色生地にフォークを入れるのがもったいなくて、先にハーブティーを飲むことにした。


 おそるおそるストローを掴み、吸い上げてみると、ほんのり甘かった。花の香りがする。ほろ苦くて酸っぱいけど、花の香りがするから“これは甘いんだ”って脳が誤作動を起こしてる。


 畑仕事のあとや食べすぎちゃったあとに飲むと、かなり美味しいかも。一口だけ飲もうと思っていたのに、じゅうじゅう飲んじゃった。あれ? 首を傾げている私を見て、ローザ様がころころと笑う。


「美味しいでしょ、それ。苦いのに、ついつい飲みすぎちゃうのよ」

「はい! ケーキと相性抜群ですね」

「ふふっ、食べてから言ってちょうだい。これも美味しいから」

「頂きます」

「どうぞめしあがれ」


 何だろう、変な感じだ。お母さんじゃないけど、お母さんみたいな……。にこにこ笑いながら見つめられ、背筋がむず痒くなった。ケーキに向き合い、ざっくり一刀両断しようと思ってたのに、弾力があるせいで上手くいかない。むぅ。生地がフォークを跳ね返す。


 今度は優しくフォークを入れたら、卵色の生地がほわっと崩れ落ち、中からオレンジと黄色のクリームが出てきた。とろんとしてる、美味しそう。我慢できなくなって、先にクリームを掬い上げて食べる。甘酸っぱかった。ミルクとフルーツの香りが漂う。中にさくさくのクッキー生地が入ってて美味しい。


 サラダのクルトン的な……? でも、じゃりじゃりするから違うかも。ナッツみたいな香りがして、よく噛んで食べていると、最後はミルクキャラメルみたいな味に変化する。不思議! さくさく食感だったのに、途中からじゃりじゃりするのも楽しかった。ぽってり濃厚なクリームと相性抜群。 


「美味しいです……!!」

「しみじみ食べて貰えると嬉しいわ。お気に入りなのよ、このケーキ」

「苦いハーブティーとよく合いますね」

「でしょう」


 慌てて吸い上げたら、ふわりと花の香りが口の中に広がる。あとに残るのは、上質なほろ苦さだけ。お、美味しい……!! かなり美味しい。濃厚で甘いクリームが、さっぱりした深みのある味に変わった。


 じゅうじゅう飲んで、ふわふわの卵生地とクリームを楽しんで、また飲んでいたら、あっという間に半分なくなっちゃった。ゆ、許せない。現実が受け入れられない……。悲しそうな顔をする私を見て、ローザ様がとても楽しげな微笑みを浮かべる。


「おかわりいる? シェリーちゃん」

「はい! でも、あっ、聞きたいことがあるのに……。時間が溶けて消えちゃいます」

「そうねえ、夫の愚痴も言いたいし。大変ね、時間が足りない」

「でも、おかわりしていいですか? レナード殿下のことは後回しにします!」

「っふ、ふふ、レナード殿下が聞いたらがっかりしちゃいそう。ゆっくりしていってね、シェリーちゃん。何なら、泊まってもいいんだから……」











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