表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元暗殺者と魔術師殿下による、癒しのティータイム  作者: 桐城シロウ
二章 禁術の行使で変わった運命
75/83

39.物騒なガールズトーク

 







 夢見心地になれる時間だった。でも、陰鬱な雰囲気は今も変わらないまま。夏の陽射しが邸宅内に漂う陰鬱さを、よりいっそう濃くしているような気がした。ハーブティーは爽やかで、ほろ苦くて、出されたケーキと相性ばっちり。丁寧に作られた味がする。最後の一口まで楽しめるよう、工夫された逸品。


 向かいのソファーに腰かけたローザ様は私がどんな話をしても、にこにこ笑って聞いてくれる。部屋は空調が効いていて、とても涼しい。窓際の花瓶に活けられたピンク色の薔薇から、甘い香りがほんのりと漂ってくる。


(……完璧ね、ここは。完璧)


 何もかもが美しくて、快適で、整えられている。だけど、私、もう帰りたいな。喉の奥にへばりつく孤独感と虚しさ。じわじわと悲しみの波が押し寄せてくる。ああ、もう、こんなところにいたら健康体とされている人でも病んじゃうわ。もうやめにしませんか、ローザ様って言っちゃいたい。


 ハーブティーが入っていたグラスは空となり、今は白磁に青い花が描かれたティーカップに、なみなみと熱い紅茶が入ってる。言うんだ、私。もう帰るって。


「あの、ローザ様? そろそろ帰ります。夕方になっちゃいそうだし」

「……もう少し、ここにいてくれない? 私、息が詰まりそうなのよ。分かるでしょう」

「もちろん分かりますよ、ローザ様。だけど、血について何も話してくれないのなら……」

「まあ、ふふっ、話すつもりでいるから安心して。お父様は、離婚なんて世間体が悪いと言って聞かないの」


 私がいくら帰ると言っても、頷かない。仕方ないなぁ。いざとなったら、窓から帰る? バーデンを呼ぼう。俺はタクシーの運転手じゃないと言って怒りそうだけど。それに、ローザ様が可哀相だから帰れないって言ったら笑われちゃいそう。ふんだ、笑えばいいわ、好きなだけ。ローザ様の悲しむ顔が見たくないなんて……こんなの、私らしくない。でも、寂しそうだからついつい長居しちゃう。


「私が流産して、子どもが生めない体になってしまったから、離婚しても再婚できないだろうって言うのよ。信じられる? お父様は家と世間体のことしか頭にないから」

「流産……」

「あの人も早く、私を解放してくれたらいいのに。両親が君のことを気に入ってるからとか、家のことを誰に任せたらいいのか分からない、とか。そんなことばかり言って、離婚届にサインしてくれないの」

「じゃあ、私と遊びに行きます?」


 ローザ様がきょとんとして、青い瞳を瞠る。嫌なことが沢山あるのなら、外に行くのが一番いいと思う。体を動かして、楽しいことをしていたら、ヘドロに浸かったような気分が少しだけ和らぐ。少しだけね。


 ヒステリックに泣き喚く綺麗な女の人を殺したあとも、遊園地に行ったら気分がましになった。ローザ様は無表情で、ティーカップを見下ろしている。だめだったのかな。問題を解決してほしいの?


「だめなら、私がお父様か、旦那様を殺してあげますよ。もちろん、証拠は残しません」

「……まあ。目が眩んじゃうほど、素敵な提案ね。どうしましょう」

「旦那様とお父様がいなかったら、幸せになれますか?」


 幸せになれるのなら、殺してあげよう。レナード殿下に怒られちゃいそうだけど、バレないようにすればいいや。だって、人助けだもん。許される。ローザ様がとうとう、困り果てた表情を浮かべる。この質問もだめだった? 


「幸せ……。そうね、だけど、いなくなればいいとは、死ねばいいとまで、思ったことはないから」

「離婚届にサインするまで拷問しましょうか?」

「ふふっ、いいの、大丈夫。ありがとう……。私、私は、多分ね、あの二人がいなくなっても、ここから出て行くことになっても、幸せになれないと思うの」

「……じゃあ、どうすればいいんですか」


 分からなくなっちゃった。何かしてあげたかったんだけど。イライラして、小さなキューブ型のクッキーを掴み、何個か口の中へ放り投げる。うっ、野菜の味がする……。甘くないんだ、これ。しょっぱいんだ! 期待外れの味。息を止めて噛み砕いてる私を見て、おかしそうに笑う。


「口に合わなかった? ごめんなさいね。もういいわ。定期的にここへ来てくれたら嬉しい」

「分かりました。殺して欲しくなったら、いつでも言ってくださいね。レナード殿下には内緒ですよ!」

「私達二人だけの秘密ね。……浮気相手を殺したら、彼、怯えて屋敷に寄り付かなくなるかも」

「えっ? 喜ばしいじゃないですか。嫌いなんでしょう?」

「ええ、嫌いよ」


 ローザ様がにっこりと微笑んで答える。嫌いな人と毎日会うって、どんな気持ちなんだろう。今、カイが私のことを嫌がって、丸一日顔を合わせない時があるけど、それがなくて、ずぅーっと会って喋らないとだめだったら……。顔が青ざめる。身震いがした。ローザ様が幽霊みたいな原因は、旦那さんだと思う。旦那さんがローザ様の顔色を悪くしているんだ。


「大変ですね、ローザ様は!」

「え?」

「早く離婚した方がいいですよ。嫌いな人と毎日顔を合わせるのってつらいでしょう?」

「毎日じゃないのよ、大丈夫。めったに帰ってこないから」

「なら安心ですね。……旦那さんのことで悩んでるわけじゃないんですか?」


 おかしい。毎日顔を合わせてるわけじゃないんでしょ? 私の質問に対して、ローザ様がレナード殿下そっくりの寂しそうな笑顔を浮かべ、口をつけようとしていたティーカップを戻す。多分、私、間違えちゃったんだ。


「そうね、殺したいほど憎んでるわけじゃないから。シェリーちゃんはどうなの? レナード殿下のことが好き?」

「はい。最近好きになりました」

「そう、最近なんだ?」


 無邪気な笑顔を浮かべる。こっちが素、なのかな……。頭が混乱しちゃいそう。フィナンシェをフォークで真っ二つにしてから、食べる。どこのお店よりも香ばしくて美味しかった。色も濃い。持って帰れたりしないのかな、これ、と思って眺めていれば、ふいに話し出した。


「どう思う? シェリーちゃん。人の病気を治す力を持つ血って」

「殺されないためにある力だと思います。生かして、長期的に血を搾り取った方がお得。高く売れるから」

「……物騒な考え方ね」

「反社会的な勢力だってみなされたら、病院にお断りされる可能性があるんです。誘拐して、監禁して、血を利用するのが一番いい」

「ふふっ、マフィアみたいな考え方よ、それって」

「……」


 あれ? ローザ様は私がハウエル家の人間だって、知らないんだっけ? 貴族でもごく一部しかその存在を知らないから、なるべく言わないようにって、以前、レナード殿下に言われたような気がする。


 そっか。ローザ様にとって、私って、普通の女の子なんだ。学校に行って、夜な夜な出かけて人を殺すことがない、ごくごく一般的な女の子……。嬉しくなった。この人の前でなら、私は普通の女の子になれるんだ。ハウエル家の一員だってばれないように、真面目な表情を作っておく。


「ですね! マフィアや殺しを生業とする人に会ったことはありませんが」

「普通に生きてたら、関わることがない人達よね。……シェリーちゃんは不衛生だって思わないの?」

「ふえいせい? 何がでしょう」

「レナード殿下の血。お茶に混ぜて飲ませるんでしょ? 今でもしているのよね」


 確認というよりも、独り言だった。ローザ様が青い瞳を伏せる。彼女が青い瞳を持っているから結婚相手に選ばれたんじゃないかって思うぐらい、綺麗な青色。ティーカップに描かれた花と同じ色合い。見惚れている場合じゃなくて、質問に答えないといけないって分かってたんだけど、すぐに言葉が出てこなかった。


「……はい。でも、皆さん、すごく有難がって飲んでいますよ」

「でしょうね。こう感じるのは、私が病気で苦しんだことがないから? 不衛生じゃない? 不気味だし、到底受け入れられないわ」

「ぶき、み?」

「いいの、私がおかしいって分かってるから。だけど、不気味なのよ……。お茶に混ぜて飲むのも嫌」


 そんな風に思ったことは一度もないから分からない。軽く衝撃的だった。レナード殿下の隣が誰よりも似合いそうな、貴族のお姫様は血を嫌ってる。虚しくて、悲しいことのような気がした。


「じゃあ、だから、婚約解消したんですか? レナード殿下はあなたの話をしたがらないんです」

「その通りよ、シェリーちゃん。だけど、私の母も嫌がっていて……孫を自由に抱けないのも、血を抜かれるのも嫌だって」

「どうして婚約したんですか?」

「王妃様に勧められて断れなかったの。私の母はにこにこ笑うことしかできない人だから」

「へー。会う人、みんなを睨みつける人よりもいいですよ。カイが会うたびに、私のことを睨みつけてくるんです!」


 ああ、思い出したら腹が立ってきちゃった。苛立ちを抑えるため、マドレーヌを二個、口の中へ無理やり詰め込む。レナード殿下を守る者同士、上手くやっていこうって気がないんだと思う。私よりも年上なのに、ぜんぜん落ち着いてない。


 ローザ様がくすくすと笑いながら、野菜の味をする、甘くないクッキーを食べた。まずいのに好きなんだ、あれ。もう一個ぐらい、食べてみてもいいかな……。


「カイと相性が悪そうね。真面目で気難しいところがあるから」

「真面目じゃなくて、意地悪なんですよ! 私がお城へ来たばかりの頃、どうせすぐに飽きられる、ローザ様の方が良かったって」

「……カイがそんなことを?」

「はい。私はローザ様と比べて野生児で、向こう見ずで、下品だって!」

「落ち着いてちょうだい。そもそもの話、比べるのが間違ってるのよ」

「ですよね! ふんっ」

「喉に詰まらせそうで怖いわ……」

「んぐっ、まぁーもいれふ! ふぉんなまへひまへんはら」


 必死で喋ったのに、何を言っているのか分からない、と言って笑う。リラックスした表情で紅茶を飲むローザ様は美しくて、とても綺麗。病気を治す血を不衛生、不気味だって言う人には見えないのに。紅茶で口の中にあるマドレーヌを流し込んでから、聞いてみた。


「レナード殿下と結婚するのが嫌だったんですか?」

「……そうよ。普通の人には見えなかったから、不気味だったから」

「言ったんですか? 思っていることを」

「ええ」


 あっさり認めた。仕方がなかったのよ、とでも言いたげな苦笑を浮かべ、ティーカップに口をつける。レナード殿下はどんな思いでそれを聞いたんだろう。感情的になってもいい場面だけど、多分、ローザ様そっくりの柔らかい苦笑を浮かべていたと思う。


 全部我慢しちゃうから、私の王子様は。内側が白いティーカップの中に半分ほど、ぬるくなった紅茶が入っている。何も言わずに見下ろしていたら、ようやく話し始めた。


「ごめんなさい。シェリーちゃんに謝っておかないとね。レナード殿下はとても親切な御方だから、婚約解消の話が出た時、私にどうしたいのか聞いてくれたのよ。もしも嫌なら、父に会って話をつけるからって」

「不気味よ! いやああぁ!! って返したんですか?」

「っふ、違う、そんな風に叫んだりしないわ! まったくもう!」

「なんだ、てっきり、やだやだって駄々を捏ねたのかと……」

「そんな真似しません。子どもじゃないのよ、私」


 先程よりも澄ました表情で紅茶を飲む。だって、わりと強引なところがある方だし、自分のペースに持っていくのが上手いから。じゃあ、どうしてレナード殿下は言い渋ったんだろう。叫ばれて拒絶されたわけじゃないのに、実は不気味だって言われて~って話してくれなかった。少しだけ不満。まずいキューブ型のクッキーをつまんで、噛み砕く。これ、野菜の味がしなかったら完璧なのにね。


「えーっと、何だったかしら。あなたのせいで話が脱線しちゃったじゃないの」

「私のせいなんですか? ……お父様の話です」

「そう! 私、ラッキーだと思っちゃったのよ。相手が二度の離婚を経験してる遊び人だって知らなかったから。写真を見る限り、穏やかでかっこよかったし」

「だめですよ、顔で選んじゃ」

「あなたに言われると釈然としないわ! レナード殿下がしつこくね、ぽっと出の男と結婚したがる理由を聞いてきたから、ついつい、不気味だって言っちゃったの」


 悪びれもせず、ひょいっと肩をすくめて言う。もしも、レナード殿下がまだ怒っていたら、許してあげてって言おう。決して優しい人じゃないんだけど、目が離せない。私、この人のことが好きかも。ケーキのおかわりもくれたし。


「レナード殿下、なんて言ったんですか?」

「何も。その日の内に実家へ帰って、お見合いした。結果、私は屋敷の中に閉じ込められている。笑えるでしょ?」

「いいえ、ちっとも。抜け出したいのなら言ってくださいね、連れ出してあげますから」

「まあ、なんて頼もしいの? 私の王子様みたいなことを言ってくれるのね」


 今日、初めて心から笑っているように見えた。毒薬でも、置いて行ってあげようかな……。いけない、いけない、今の私は普通の女の子なんだから。普通の女の子は毒薬なんて持ち歩かないの! ハンカチや財布を持ち歩くのよ。平然とナイフや毒薬なんて持ち歩いてませんって、感じの表情を保たないと。


「じゃあ、そろそろ帰りますね」

「……すごく残念。約束通り、癒しの血について、私が知っていることを話すわ」

「私を帰さないつもりでしょ!?」

「ふふ、どうぞもう一度座って、シェリーちゃん。お茶のおかわりはいかが?」

「やめておきます……」


 もう一度、ソファーへ腰かける。せっかく立ち上がったのに! 癒しの血について、何も知らない人だと思っていた。ローザ様が嬉しそうな笑みを浮かべ、私の瞳を見つめる。綺麗な青い瞳に、私は一体どんな風に映ってるんだろう。


「お父様がね、くまなく調べたんですって。婚約を解消したいって申し出た時、随分と渋っていたみたいだけど……。陛下にあれこれ聞いたら、あっさり解消に応じた」

「……一体、何を聞いたんですか?」

「詳しくはまた今度ね。底知れぬ力を秘めているような感じがして、不気味だわ。あの力。多量の血をかけたら、怪我が治るそうよ」

「怪我も……」

「そう。定かじゃないけどね。きな臭い話がいくつかあるから、また来てちょうだい。一つずつ話してあげる」

「ローザ様と話したいから、また来ますよ。取引を持ちかけなくても来ます」

「ありがとう……。息苦しさが少し、晴れたような気がするわ」


 そっか、寂しいんだ。息苦しさが晴れたような気がすると言いながらも、寂しそうな表情を見せ、うつむいた。骨ばった指でティーカップを支えている。大きさ的にありえない話なんだけど、ティーカップにしがみついているかのようだった。


 心配しないで、大丈夫だから。寂しそうな顔をしないで。立ち上がり、ローザ様の横に立つ。ふっと顔を上げた。驚きで青い瞳が瞠られている。血色が悪い、真っ白な頬に触れたくなって、両手を添えてみた。いきなり顔を持ち上げられ、困惑していた。


「えっと、シェリーちゃん?」

「また来ます。いいこ、いいこ。大丈夫ですよ」


 金髪頭を優しく撫でてあげたら、青い瞳に涙が滲む。静かに立ち上がって、抱きついてきた。泣いてる、声を上げずに。おそるおそる抱きしめると、手のひらに、肩甲骨が当たった。骨ばってる。なんて細くて、薄くて、弱々しいんだろう……。背中と言うよりも、浮き出た肩甲骨を震わせながら泣き、必死でしがみついてくる。


(これって、ひょっとして母性……?)


 初めて、レナード殿下以外の人を守りたいと思った。ユーインは、お母さんに言われたから守っていただけだし。翼が折れたひな鳥ちゃんって表現がぴったりね。ローザ様がぎゅうっと私にしがみつきながら、涙声でささやいた。


「約束よ。また来てね」

「はい! 約束します」

















評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ