第12話【緊急事態】
殲滅ギルドのリーダーのモルスこと清火はある日、 緊急で攻略者協会の会長修次郎に呼び出されていた。
「……それで、 緊急で話したい事とは? 」
修次郎は何時になく緊張感のある雰囲気で話し始めた。
「今回君を呼んだのは他でもない……恐らく君でないと攻略ができない迷宮が出現した……日本海上に……」
「待ってください、 海上に次元迷宮が? どうやって見つけたんですか? それに私にしか攻略ができないって……」
突然の話に清火は困惑する。
しかし修次郎は依然として話を続けた。
「まぁ聞いてくれ、 その次元迷宮を見つけたのは海兵隊員でね……亀裂はかなり大きい……推測によるとSランクはくだらないと報告があった」
「なら他のSランク攻略者に任せればいいのでは? それだけだとわざわざ私を呼び出した理由にはなりませんよ」
すると修次郎は険しい顔つきで言った。
「……実は……次元迷宮の出入口付近に……海龍と思しき巨大な魔物が発見されたんだ……恐らくその次元迷宮から出てきたのだろう……」
「……え……? 」
清火は驚愕した。
普通、 次元迷宮に存在する魔物は絶対と言ってもいい程迷宮の外には出てこれないのだ。
過去に科学者が魔物を次元迷宮外へ出すという実験を行ったのだが、 外に出された魔物は間もなくして絶命し消滅してしまったという記録もある。
この事から次元迷宮は人間の居住区域の浸食以外では脅威が見られないと認識されていた。
しかし現在、 その常識が覆った。
「魔物は迷宮の外には出れないんじゃないんですか? 」
「そうだ……そうだった……しかし現に儂もこの目で確かに見たんだ……次元迷宮の周りを守るかのように巨大な海龍が海の中で泳いでいるのを……」
確かに普通じゃない……こんなこと今まで無かった……迷宮の外でも生きていられる魔物が存在する次元迷宮……下手をすればSランクを優に超える難易度かもしれない……
「……なるほどね……確かにそれはただSランクの攻略者達を繰り出すにはあまりにリスクが大き過ぎる……日本所属のSランク攻略者はただでさえ数が少ないしね……」
「そういう事だ……そこで君に頼みたい……先日、 ランキングトップでなくともSランクであるフローガ君を圧倒した君だ……Sランク以上の実力なら調査だけでも可能ではないかと……」
……まぁ危険かどうかは置いとくとして……今までに無かった事態を引き起こしている次元迷宮……個人的に興味がある……もしかしたら手ごたえのある敵に出会える可能性があるかもしれない……そうなれば私はもっと強くなれる……
清火はこの依頼にメリットを感じた。
そして……
「……分かりました、 調査だけとは言わず完全攻略も可能でしたらやってみます……」
「本当か! ? その次元迷宮には何があるのかも分からないんだぞ? 迷宮内の時間軸は大きくズレていて入れば数分もしない内にこちらでは何か月も経ってしまうかもしれないんだぞ? 」
「そんなの承知の上です……私は更なる強さを求めている……強くなるためなら時間なんていくらでもくれてやります……」
清火の意志に迷いは無かった。
その清火を見た修次郎は小さくため息をつくと頷いた。
「……分かった、 こちらとしても引き受けてもらえるのはありがたい……是非君に調査を依頼しよう……」
そして清火と修次郎は握手を交わした。
次元迷宮の調査は翌日にでも行われる事となり、 清火はギルドの皆に挨拶をしに行くことにした。
緊急とは言え、 皆に相談も無しに決めたのは少しまずかったかな……怒られなきゃいいんだけど……
そんな事を考えながら清火はギルドに入ると雷が一人で出迎えた。
雷はどうやら事情は知っているようで少し重い雰囲気で清火に話し掛けた。
「……さっき拳一さんから電話があったよ……危険度不明の次元迷宮に単独で挑むって……」
「……会長はギルドのメンバーを同行させるのは私に任せるって言ってたけど……」
「分かってる、 危険だからって連れて行かないつもりでしょう? 構わないわよ……」
……雷さん……心配してくれてる……自分よりも強いかもしれない相手を……
すると雷は清火を優しく抱き締める。
「……これが最後の挨拶になるかもしれないから一応ね……あなたとは出会って数ヶ月しか経ってないけど、 私はあなたの事結構気に入ってた……」
「ありがとう雷さん、 でも私はここで死ぬつもりはないから……これからも……今回はあくまで長期間ギルドを留守にするからそれを言いに来ただけ……」
清火がそう言うと雷は笑みを浮かべる。
「そうね、 絶対帰ってきてよ! リーダーがいなきゃギルドが終わりだもの」
「……分かってる」
そして清火は雷の元を後にし、 ローナがいる研究室に向かった。
研究室ではローナがいつものようにパソコンとにらめっこしていた。
「……ローナ……私しばらくギルドを留守にするから、 しばらくの管理をお願い……」
「OKリーダー、 手土産期待してるよ」
ローナは清火に背を向けたままいつものトーンでそう言った。
……ローナ……ありがとう……
清火は心配しているだろうローナが気を使ってくれているのを察し、 心の中でそう言った。
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翌日の早朝、 清火は拳一に連られ港まで移動した。
「ヘリでは遠距離から撃墜される危険があるので船で最大限近付ける所まで近付きます」
「はい」
そして一隻の軍艦に乗って数十分、 現地付近まで移動した清火はドラゴンの魂を呼び出し飛び立った。
「あとはお願いします! モルス様! 」
「分かってる……」
そう言い残して清火は次元迷宮の出入口を目指した。
……霧が濃い……これも次元迷宮の影響……?
迷宮の出入口付近では濃い霧が発生しており、 視界が良くなかった。
その時だった、 突然霧の中から何か大きな水の音が清火の方に近付いてきた。
「……来る……! 」
次の瞬間、 清火の横から巨大な海龍が口を開けて襲い掛かってきた。
清火はすかさず黒月を海龍の口の中に撃ち込み、 爆破した。
怯んだ海龍はあっという間に霧の中へと身を隠した。
……一発じゃ致命傷にはならないか……でもあの海龍の口の奥に攻撃することができれば……
「でもそう簡単にはいきそうにないか……」
清火がそう呟いた矢先、 突然霧の中から無数の光線が飛んできた。
清火はそれを難なくかわす。
やっぱりね……近距離だと分が悪いと判断したか……
そう、 先程の海龍が視界の悪い霧の中を利用して遠距離から攻撃を仕掛けてきたのだ。
「でも相手が悪かったね……」
そう言うと清火はドラゴンの背中の上で立ち上がり、 両手を広げた。
すると清火の周囲に黒い球状の塊がいくつも出現した。
……リーグが使っていたあの黒い塊……お手並み拝見といこうか……
次の瞬間、 無数の黒い塊は四方八方へと超高速で霧の中へ飛んで行った。
するとある方向から海龍と思われる絶叫が聞こえてきた。
「そこか! 」
清火はすかさず絶叫が聞こえてきた方向に黒月を撃ち込んだ。
しかし次はその方向から物音一つもしなかった。
「……っ! 下か! ! 」
清火がそう言った瞬間、 下方向から海龍が口を開けて襲い掛かってきた。
反応に遅れた清火はそのまま海龍に呑み込まれてしまった。
…………
「うぇ……気持ち悪い……」
海龍の体内で清火はそう呟くと大鎌を取り出す。
そして……
「私を食べても損しかないよ……」
そう言いながら清火は海龍の体内から大鎌で切り裂き、 海龍の腹から脱出した。
致命傷を負わされた海龍はそのまま力尽き、 死体が海の上で浮いた。
「……これで二回目か……」
一度魔物に喰われた経験のある清火は嫌な記憶が蘇った。
……いい加減トラウマになりそうなんだけど……
そんな事を思いつつ清火は海龍の死体を空間操作能力で別空間にて保存し、 次元迷宮の出入口の方へ向かった。
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「これが例の……」
次元迷宮の出入口前まで着いた清火はその大きさに圧倒される。
……優に十メートルは超えてるか……この大きさならあのデカい海龍が出てこれたのも納得ね……
そんな事を考えながら清火は次元迷宮の中へ入っていった。
…………
超巨大迷宮、 ???……
迷宮の中に入った清火はその光景に驚いた。
「これって……本当に迷宮の中なの? 」
目の前に広がっていたのは現世と変わりない大空、 大地、 海だった。
迷宮の出入口は海のすぐ目の前に出現している形だった。
なるほど……あの海龍は海から乗り出してこの中に……でもどうして……向こうに餌でもある訳でもあるまいし……
清火は海龍が出てきた謎に少し気になったが攻略を最優先した。
「……にしても本当に信じられない……ここが次元迷宮だなんて……」
出入口が出現していたのは一つの大陸の端のようだった。
清火は海岸から森の中へ進み、 探索を始めた。
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広い……一つの大陸になっているみたい……
「……ゼヴァ」
『はい、 モルス様……いかがなさいましたか……』
探索は一人では無理だと判断した清火はゼヴァを呼び出し、 二手に分かれて探索することにした。
未知の場所で普通の魂を探索に出すのは心もとない……ある程度戦闘能力に長けているゼヴァの方が頼りになる……
そう考えていた清火はゼヴァと離れ、 森の更に奥へと進んでいった。
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探索を初めて一時間が経過した頃……
「……おかしい……静か過ぎる」
清火は島の異変に気付いた。
魔物が一体もいないのである。
次元迷宮には必ずいるとされている魔物が一体も見当たらないなんて……強いて言えば最後に見たのはあの海龍だけ……もしかして海にしか魔物がいないのかな……?
不審に思いつつ清火は離れた場所で探索をしていたゼヴァを呼び出した。
「そっちはどうだった? 」
『……単刀直入に申し上げます……この孤島ではコアの反応は愚か、 魔物達の痕跡すら全く確認できませんでした』
「……コアも無いのか……でも確かに……コアから発せられる独特なあの空気感を感じない……まるでここは普通の世界みたいな……」
それに長時間ここにいるせいか……感覚がおかしくなりそう……
現世と見分けの付かない迷宮に長時間いた清火は自身の感覚の異変に気分が悪くなってきた。
「……仕方ない……一旦ここから出よう……中間報告を済ませて休憩したらまた来よう」
『承知……』
そして清火とゼヴァは元来た場所へ向かった。
…………
清火が次元迷宮の出入口がある場所へ戻るとそこには……
「嘘……出入口が……」
あるはずの出入口が綺麗さっぱりと消え失せていたのだ。
清火は目の前の状況に整理が付かずパニックになった。
「……こんな所来るべきじゃなかった……まさか出入口が消えるなんて……! 」
そう言うと清火は頭を抱えながらその場で座り込んでしまった。
……畜生……現世との連絡ができないんじゃ救助も呼べない……またいつ出入口が現れるかも分からないし……そもそもまたここに現れるの? 場所が変わっていてこの島とは別の場所にでているとしたら……クソっ! これからどうすれば……
そんな事を考えながら清火がいら立っているとゼヴァが話した。
『モルス様……先程の報告に少し不備がございました……』
「……何……? 」
『実は私が探索していた方角に……遺跡らしき物がありまして……』
「えっ……どうしてそんな大事な事を隠してたの! ? 」
するとゼヴァは深刻そうに訳を話した。
『……何といえば良いのか……その……遺跡に近付くと……懐かしくも……胸が締め付けられるような悲しい感覚になってしまい……何とも近寄り難く……』
あぁ……そういう事ね……
事情を察した清火はゼヴァに遺跡の入り口付近まで案内してもらった。
…………
ゼヴァの言う遺跡の入り口前に着いた清火はゼヴァを見ると……
『……』
確かに……ゼヴァ……何か哀しそう……
顔は見えずとも清火にはゼヴァが何を感じているのか大体だが分かった。
「……分かった……ここまででいいよ、 ゼヴァ……」
『力になれず申し訳ございません……どうかお気を付けて……』
そう言うとゼヴァは戻っていった。
「……さて……ゼヴァがここまで入りたがらない遺跡……一体何がいるのか……」
もしかしたら帰る手段もこの中に……
そんな期待を抱きつつ清火は大鎌を出し、 暗い遺跡の中へ入っていった……
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謎の遺跡、 第一階層……
……明かりが一つも無い……随分古い感じの遺跡だけど……
明かり一つも無い遺跡の中を清火は自身の能力を頼りに遺跡の奥へと進んでいた。
すると……
『ゴルルルルル……』
「……やぁっと魔物に会えた……ちょっと嬉しいよ」
清火の前に巨大なミノタウロスが現れた。
清火はやっと会えた魔物に嬉しさを感じているとミノタウロスは構わず持っていた大斧を振りかざした。
清火はミノタウロスの攻撃をあっさりかわすと黒月でミノタウロスの頭を爆破し、 ミノタウロスの首を吹き飛ばした。
……ここでこいつがいるという事は難易度的にはSランク以上か……この先にこいつよりヤバい魔物がいるのは確実ね……
そして清火は途方もなく続いていそうな暗闇の奥深くへと足を踏み入れて行った。
続く……