05
ぼくは彼女の手紙を読み終えた。そこにはぼくに対する思いが延々とつづられていた。保育園から小学校、中学校から高1まで。ぼくが忘れ去っていたエピソードが記されていた。
平凡なぼくに、こんなに沢山のできごとがあったなんて驚きだった。そして気恥ずかしいくらいのあまい言葉が添えられていた。ぼくがぼくを嫌いなのと同じくらい、彼女がぼくのことを好きなのがわかった。
「なんで。ぼくなの。ぼくなんかのどこがいいの」
「ビスケットをくれたから」
「・・・。ごめん。おぼえていない」
「いいの。知っています」
「生まれた時からってなに」
「・・・。運命なのかなって。ごめんなさい。恥ずかしい思いをさせました」
「もういいや。どうせ、この先も凡人の人生なんてこんなもんだし」
「そんなことない。そんなことないです」
「キミさ。デブの人生ってみじめじゃない」
「デブって二回言いました。まあ、聞きなれているんですけど」
「ふーん。以外とサバサバしているんだね」
「まあ、いちいち気にしていたらデブやってられませんから」
「そうだな。凡人が凡人やるのと同じか」
「でも、ごめなんさい。私、今、後悔してます」
彼女は子供みたいに大粒の涙をこぼしながら泣き始めた。
色のない静かで透明な世界でひっそりと暮らしていたぼくには、雲間から現れた太陽がひどくまぶしいものに感じられた。
ぼくは勢いよく起き上がった。凡人らしくないスピードで。立ち上がって彼女の涙を指ではらう。クリクリした大きな瞳。すべすべした色白のはだ。艶やかな黒髪。ぼくは彼女の顔をみすえた。
「決めた。凡人やめる」
「・・・」
「ぼくが協力するから、キミ、ダイエットしなさい。ぼくを辱めたバツだよ。これは命令だから」
「食べる幸せを失ったら私は生きられません。代わりの幸せをくれますか」
「もちろん。一緒にジョギングをする。ダイエットのことを研究して、毎日、ダイエット弁当も、特製ジュースも作るよ」
「手作り弁当にお手製ジュースですか」
彼女は笑顔で答えた。
その日から二人のダイエット大作戦が始まった。真夏を迎える頃には、彼女の持っている洋服は全てゴミになった。
太陽がたぎる暑い夏を乗り越えて、色づく秋がきた。『人は変われるんだ』勇気をもって踏み出すことができれば。ぼくはそのことを彼女から学んだ。
今日から二学期が始まる。ぼくは教室で登校してくる彼女を待った。
「だれ?」
「転校生?」
「すっげーかわいい」
「お人形みたい」
「アイドル?」
「腰ほっせー」
「モデルさん」
ぼくは右手をあげて彼女を出迎えた。大きな声て呼びかける。
「おはよう」
「おはようございます」
彼女がぼくを見つめる。クラスメイトの目が一斉にぼくに向く。ぼくは注目されることを誇らしく思った。クラス中が彼女が彼女だと気づく。
「うっそ!マジかよ」
「まるで別人じゃん」
「えーっ。どうやって痩せたの?」
「信じらんない!」
「くー。うらやましー」
私は彼のもとに向かって歩きます。体が軽い。心も軽い。
もう、机の間を通り抜けても体がぶつかったりしません。家には新しく買った姿見があります。腰がきゅっとくびれた細身の制服も買いました。スカートから伸びるスラリとした足。袖からつながるほっそりとした腕。完璧です。
『人は変われるんです』支えてくれる人が見つかれば。私はそのことを彼から教わりました。
今、私が進む先にいる彼、私を変えてくれた彼、ちょっぴり、いいえ、とても頼もしくなった彼。私の好きなクリクリとしたかわいい目はそのままです。彼が私を見ている。それだけで私は幸せです。
おしまい。