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「さっきは驚いたよ。
僕、部屋間違えたと思って」
「部屋に帰って知らない奴が居たらそりゃ驚くよな」
俺は今、椅子に腰掛け同居人と向かい合っている。
さっきは一悶着あったが落ち着かせ事情を説明し今は部屋で穏やかに会話できるようにまでなった。
クルーホロー。
身長は百六十センチといったところか、俺よりも二十センチは低い背に線の細い体。
深緑を思わせる癖のある髪を無造作に伸ばしブラウンの大きな瞳は優しげな光をたたえている。
性格を表すように穏やかなカーブを描いた眉に輪郭は丸みをおび小柄な体も相まって、クルーホローはどこから見ても女にしか見えない。
だが男だ。
ここは男子寮、カルヤみたいな例外を除き寮生に女が居るはずがない。
……居るはずないよな?
「この僕っ子ぼくとキャラが被ってるんだよ」
「あはは……ごめんねカルヤちゃん。
僕も、自分を僕っていうのが癖になっちゃってて」
一人称なんて被って当たり前だ。
何故かクルーホローへ半目を向けるカルヤ。
確かにどことなく雰囲気というか系統が似ているし自分の立場を取られるとでも思っているのか。
……そんなこと心配しなくてもいいのによ。
調子に乗るから言葉にしないが。
「クルーホロー、それでなんだがカルヤは俺の妹で普段は職員塔の方に住んでる。
だけど、二人だけの兄妹だし勝手にこの部屋に来ることもあると思う……そん時は寮長に黙っててくれないか?」
「もちろんだよ。
家族は大切にしないといけないし、カルヤちゃんも寂しいよね。
もし寮長にばれちゃったら僕も一緒に怒られるよ」
「ありがとう……同部屋がお前でよかった」
「照れるなぁ。……あ、僕の名前って呼びにくいよね?
他の人はクルとかホロって呼んでるからレイも好きに呼んでくれていいよ」
「分かった。じゃあホロで。
これからよろしく」
「よろしくね」
柔らかい笑顔を浮かべるホロへ手を出し握手を交わす。
男だとは思えない柔らかい手だが、握ると分かる剣だこが潰れて固くなった努力の跡。
同部屋がホロでよかった。
改めて思う。
「なんか疎外感を感じるんだよ」
握手を交わす俺とホロを見て不機嫌そうに言うカルヤ。
早くとは言わないから二人も仲良くなってくれ。
そんな思いを込めて見るとカルヤは頬を膨らませ顔を反らした。
***
翌日。
引越し終え同居人との顔合わせも済ませ俺は朝早くから学校へと来ていた。
といっても、ホロは俺よりも早い時間に部屋を出て朝の自主鍛練に行ったのだが。
流石は騎士学校というべきか、寮生のほとんどがそれぞれ朝から鍛練を行っているようだ。
俺も今日からその一員になるのだが朝から鍛練を行うのかは、おいおい考えるとしよう。
それで、俺が朝早くから寮を出た理由は編入する前に担当の教官から呼び出しがあったからだ。
俺の素性についてはローレンから当たり障りない説明がされていると思うが……まあ十中八九呼び出しの理由はこいつしかないだろう。
左腕に感じる金属の感触、手首に掛かるブレスレット、転換器カルヤガルマ。
一編入生である俺が二百年沈黙していた転換器と契約を結んだ。呼び出しの理由は間違いなくそのことについて。
事実、カルヤを俺が再び手にすると決めたことでこの説明については避けられる訳もなく、既に教会の者との顔合わせも決まっている。
教会とは女神教の教会である。
この天盆の上において唯一の宗教であり国を凌ぐ力を持ち神将の格を与える組織。
俺の居た二百年前から教会は既に存在し、転換器やそれを扱う神将の母体となる組織。
教会のことは昔から好きじゃない。
それは今も変わらずできれば顔合わせなどしたくないが、カルヤと共に居ようとすれば避けられないことでもある。
日取りは決まっていないが今から憂鬱だ。
今はそれよりも教官からの呼び出しだが。
話が逸れた。教会との顔合わせの様に転換器と契約者は竜を殺せる唯一の存在、それ故どうあっても注目される。
俺の担当教官も話には聞いているが自分の目で人となりを確認しておきたいのだろう。
それか個人の興味からか。
まあどちらでも俺には関係のないことだ。
せめて、担当教官が面倒な人間じゃないことを祈りつつ俺は指定された部屋へと入った。
「入ります」
騎士学校での申告要領や生活の取り決め、これらは一般と異なる。
元の組織が軍隊になるので言葉一つにも色々と取り決めがあるのだ。
ローレンやホロに教えられた作法を思い出しつつ部屋を開け入った俺を待っていたのは、四十代程に見える無愛想な男だった。
黒髪の短髪に細い黒目。
背が高く、体も服の上から鍛えられていることが分かるほど分厚い。
目つきのせいか俺を睨みつける様な男の目線を受け、気の弱い者ならこれだけで腰が引けるだろうな、なんてことを考えながら男の言葉を待った。
「編入生のレイだな。そこに座れ」
「失礼します」
男の命令口調は面白くないが、今の俺は一学生で相手は教官。腹を立てるだけ馬鹿らしい。
気にせず椅子に腰掛け、面談が始まった。
***
面談は十分ほどで終わった。
俺の担当教官の名はリングアベル、転換器との契約者などが集められる特別課の担当。
面談で聞かれた内容は構えるほどのものではなかった。
ほとんどが当たり障りのないことだ。
正直に話しても問題ない部分は答え、それ以外は適当に誤魔化しておいた。
リングアベルがそれに気づいたかは分からないが、あの仏頂面から読み取れという方が無理だ。
なにがもとあれ、面談は問題なく終わり少し晴れた気分でこれから通うことになる教場へ到着した。
「気を付け!」
「号令はなしだ。全員付け」
「付け!」
「聞いている者も居ると思うが今日から編入してくる者がいる。
今から紹介を行い教務に入る。……入ってこい」
生徒の号令を聞きながら俺もあれをやらないといけなくなるのかと少し滅入っていると、リングアベルの呼ぶ声が。
それを聞いて俺は教場の扉を開け、中へ入った。
「編入生のレイです。よろしくお願いします」
「…………終わりか?」
「はい。以上です」
「……まあいい。お前の席はあそこだ」
「分かりました」
自己紹介を一言で終えた俺をリングアベルが何か言いたげな顔で見る。
言いたいことは分かるが勘弁してくれ。
今更学校で友達沢山作りましょう、なんてできるか。
ローレンに爆笑される。
当たり障りなく、普通に過ごせればいい。
興味深々といった様子で席まで歩く俺へ生徒達の視線が集まる。
興味はあるようだが教官の前で質問攻めにすることはないようだ。躾られてるね。
集まる視線の中を歩き二列目の真ん中辺りの席へ着こうとして、そこで俺は気がついた。
「あ……」
一つ前の列、その右端に見覚えのある少女が居た。
後頭部で結い上げられた金髪、物差しでも入ってるんじゃないかってほど真っ直ぐ伸びた背筋。
オーレリアは俺の顔を一瞥すると、ふんっと顔を前へ戻した。
ここは、転換器との契約者等が集められる特別課。
そういえばあいつはヘスティアを持っていた。
幸先のいいスタートと言えるのだろうか。
それにしても、何故こんなに嫌われているのだろう。
考えながら俺は席へ着いた。