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あいつ消防団に入ったらしいぜ  作者: 成瀬ケン
第七章 危険な女
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紳士淑女諸君、いざ参らん




 うっそうと生い茂る木々の緑の中を、バスは走っていく。



 どこまでも深く高い空、太陽は燦燦と照り付けているが、窓から流れ込む風は冷たい。


 どこか秋の匂いを漂わせる風だ。


 人々の思いも余所よそに、季節は確実に進んでいた。




 そのバスの行き先を、里見翔太さとみ しょうたは知らない。


 教えられたのかもしれないが、よくは覚えていない。どうせそんなことはどうだっていい話だ。


 バスに揺られて、知らない街に行くのも面白い。

 このままなにもかも捨てて、行ったことのない場所に辿り着くのも良いだろう。



 とにかくなにも考えられない。記憶ばかりが微睡まどろんでいく。


 所詮この世界は幻想だ。現実から乖離かいりして、別の次元に誘われるのも一興いっきょう。そう思って、ゆっくりと瞼を閉じた。




「きゃきゃきゃ、んだっぺした。俺は紳士って奴だからよ。毛皮のスーツだぞ、インターネットで東京がら買った」

 だがそのやかましい沖島春樹おきしま はるきの声が、翔太を現実世界に呼び戻す。



「……うるせー奴だな。こっちは夜勤明けだぞ」

 堪らず瞼を開ける翔太。眉根を寄せて、睨みを効かす。


 普段着慣れないスーツのせいで、少しばかり肩がこる。


 ぼそっと呟いてネクタイを右手で緩めた。



 バスの中は大勢の男女で溢れている。


 その全ての人々がスーツなどのフォーマルな姿、いわゆるドレスコードという奴だ。


 翔太が着込むのはダーク系のスーツ、それに黒いワイシャツと灰色のネクタイというコーディネート。


 本人はカッコいいと思っているが、他から見れば少しばかり悪趣味だ。


 ちなみに翔太。最近髪型を変えていた。


 今まではウルフで決めていたが、その髪型を作るのも時間がかかる。


 さらに最近気づいたのだが、彼自身、髪に手を入れて掻きむしる癖がある。

 せっかく決め込んでも、すぐにぐちゃぐちゃ。



 だから最近は、後ろに流してオールバックにしている。かすかに下ろした前髪は、アクセントだ。


 毛深いあご周りの髭も、昔ほどは手入れしてない。少しばかり無精ひげになっても、気にしなければいいだけ。


 ワイルド路線は、彼の理想とは真逆だが、それはそれでありかも知れない。

 



 彼らがバスに揺られて、ドレスコードに身を包んでいる理由はただひとつ。桜谷町主催の婚活の為だ。





「スーツなんてモンはよ、結婚式の時しか着ねーべ、しかもダチの結婚式の時だげ。ご祝儀ばっか払って、そろそろ貰う方になんねっかよ。んだがら気合い入っちゃんだべ」

 春樹はバスの最前列に乗り込んでいた。


 ガヤガヤとうるさい響きが、最後列に乗り込む翔太の耳にまで響いてくる。


 一方の翔太は夜勤明けだ。数時間前までは、お仕事に精を出していた。それゆえ身体はへとへと状態だ。


 せめて目的地に着くまでは寝ていたいが、うるさ過ぎてそれも叶わない。



 美食家ハンターを称する春樹はいつでも剛速球勝負だ。


 手加減などする訳ないし、他人の存在など気にもしない。


 隣に座るのが、かわいい女だからそのボルテージは益々挙がる一方。



 因みに彼が着込むのは、安物の毛皮のスーツ。


 集合場所までは翔太のスカイラインで来たのだが、その助手席は落ちた毛で最悪な状態になっている。



「そうですよね、私もそう思います」

 その春樹の隣に座るのは、モデルのようなスラッと背の高い黒髪の清楚な女。

 喜怒哀楽の欠けた、フランス人形みたいな顔立ちだ。


 歳は翔太達と同じぐらい、淡いピンクのワンピースを着込んでいる。

 前回の婚活同様、東京からゲスト招待された女だ。



 その二人の様子は、翔太から見れば餓えた“オオカミ”と、それに狙われた“赤ずきんちゃん”、といった具合にしか見えない。


 いつオオカミが隠し持った爪と牙を現すのかと、見ている方もハラハラ状態。


 それでも赤ずきんちゃんは餓えたオオカミ相手でも、嫌な顔ひとつしない。にこにことお人形のような笑顔を見せている。




「うっちゃしーんだこのデレスケ、この野獣」

 その斜め後方の席には殿村陽一とのむら よういちの姿があった。


 陽一と春樹はライバル関係にある、女を巡っての熾烈なライバル関係だ。


 その関係は十年近くに及ぶらしい。……昔は二人共、県南では有名なナンパ師だった。



 そしてその関係は、今でも続いている。

 陽一は威嚇するように春樹を睨んで、ねたみの台詞をぶつくさと言っている。

 それから察するに彼の獲物も、春樹と同じく赤ずきんちゃんだ。


 仮に陽一の隣に座るのが女だったのなら、その嫉妬心もそこまで大きくならなかっただろう。


 だが残念なことにその隣に座るのは男だった。三十代後半程のボーズ頭の男。


 バスに乗り込む時、何故か翔太の顔をじろじろ見ていたから、翔太としても印象が深い。



「あはは、沖島さん相変わらず容赦ようしゃねーない」


「陽一くんも、文句ばっか言ってちゃダメだべよ。もうすぐ着くがら我慢しらっし」


 そしてその様子を受けて、翔太の隣に座る二十歳のヤンキーと四十代の男が捲くし立てる。

 


 それぞれの胸元には、名前の書かれたネームプレートが付けられている。


 前回までと違ってフルネームではない、ひらがなで名前が記載されるだけ。

 男はブルー、女はピンク。これで黄色い帽子をかぶっていれば、まんま幼稚園児だ。



 それはさておき、婚活も三回目ともなると、つくづく思うことがある。


 それは参加人数に、男女によって差があることだ。


 男の方は定員に対してすぐに満杯になるが、女の方はいつでも定員割れする。


 つまりは男の参加人数に対して圧倒的に女の参加人数が少ないということ。


 あまりにもその差が生じれば、そのイベントの存在自体にも支障をきたす。


 それ故主催である町も、あれこれ施行しこうを施す。


 会津若松で行われた冬の婚活の時など、役場の職員が代行サクラとして数人紛れ込んでいた。

 しかもそれが、若くてかわいいから最悪だ。




 そんな訳もあって、今回も女の数は少ない。


 だから翔太の座る最後列は、男で溢れている。


 因みに二十歳のヤンキーは、ヤスオ。四十代の男はタツオ。


 前述の二人を含めた五人は、既に顔馴染みだ。


 町中でばったり会って、『最近どうよ?』『ぜんぜんダメだない』との会話するまでの仲。



 それはそれでいいだろうが、異性と仲良くなることが目的の婚活なのに、こうして男友達ばかり多くなると本末転倒ほんまつてんとうだと感じるのは翔太だけではないだろう。



 そして翔太、グッと手前の席を見つめる。


 その視線の先にいるのは大野葵おおの あおいだ。


 普段のラフな姿もいいが、こうして紺色のスーツを着込んだ姿もりんとして趣がある。


 ショートの黒髪からは、形のいい耳が覗いている。


 彼女もまた、例の知り合いの手配で参加したらしい。


 隣に座るのは地味めな若い男。口下手らしく会話は弾んでいないようだ。


 射し込む光に包まれて、整った葵の顔つきが輝いてみえた。


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