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あいつ消防団に入ったらしいぜ  作者: 成瀬ケン
第七章 危険な女
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刑事の日常



 桜谷さくらたに町警察署は国道沿いに建てられている。


 築三十年は越す古い建物で、コンクリートむき出しの壁には煙草のにおいがこびりついている。


 今でこそ肩身の狭い喫煙者だが、少し前まではところ構わず吸いまくって、室内は真っ白い煙で覆われていた。その面影といったところだ。




 その一角で城島龍太郎じょうしま りゅうたろうが煙草を吹かしていた。


 喫煙スペースは、署の端にある小狭い部屋だけだ。昔は備品置き場だった。

 安物のスチール製の机が置いてあるだけで、椅子などは置いてない。

 いつまでも煙草を吸っているな、という暗黙の通達だ。


 それでもその通達に従わず、この場所で長時間煙草を吸っている強者つわものはいる。

 机の上に置かれた、雑誌や競馬新聞などが、それを如実にょじつに物語っている。



「城島さん、ここにいたんですか」

 そこに女性警官が入室してくる。


「これ、県警本部から届いてますよ」

 煙草の煙がうとましいのか、右手で煙を払いのけて、左手で一通の封筒を龍太郎に差し出す。


「ありがとうなミサキちゃん」

 それを煙草を口にくわえたまま受け取る龍太郎。

 中身を取り出して確認する。


 それは数枚の書類だ、顔写真が添付されている。



「今度メシでも食いに行こうか」

 顔を上げて和やかな笑顔で、女性警官に言い放つが、その姿は既にない。



「ダメっすよ先輩。先輩は署内でも危険人物で通ってるんすから」

 すかさず一緒に煙草を吸う、若い刑事が言った。

 龍太郎の相棒を勤める、相沢あいざわという二十五歳の男だ。



「結婚してるくせに、見境なく若い女に声をかける。有名ですよ」


「おいおい、それは言い過ぎだろ」

 苦笑する龍太郎。


 若い女に声をかけるのは彼なりの礼儀だ。

 キレイな女を前にして、お世辞のひとつも言えないようでは男としての価値がさがる。

 もちろんそれ以上を望んでいる訳ではない、一応いまは既婚者だから。



 相沢はすらっとした体つきの青年だ。髪を短く刈り込んで、爽やかな印象を与える。


「広域の情報ネタっすか」

 煙草の灰を灰皿に落として、龍太郎が手にする書類に視線を落とす。



「ああ、ちゃんと把握しとかないと、いざって時、こいつらに出し抜かれるからな」

 ペラペラと書類をめくる龍太郎。


「……なんだこいつ、髪を金髪に染めたか」

 そして一枚の写真で視線をとめた。その眉根にかすかにシワがよる。



「ちゃらけた奴ですね。そのわりにヤバそうな目付きだ。……銀狼会の実子じっしって……」

 一瞬言葉に詰まる相沢。


「警視庁がらみの要注意人物じゃないっすか!」

 そして声を荒げる。興奮の余り、口から煙草を落とす始末だ。


「馬鹿、慌てんな。実子ってだけで組織での実績はない」

 それでも龍太郎は冷静だ。言って煙草を灰皿に揉み消す。



「だけど警視庁じゃ、話題に上がってるらしいっすよ。銀狼会ぎんろうかいは、実子のこいつが跡目を継ぐ、そうなれば銀狼会は二つに分裂する。そうなりゃ関東は血の海に染まるって」

 相沢の手がかすかに震えているのが分かった。それが寒気なのか、武者震いなのかは分からない。


 それだけその固有名詞には、重みがあった。警察官という、職業上のものもあるだろう。


 しかし相沢の言った意味は、あくまで噂だ。裏社会に脈々と流れる根拠のない噂。


 しかし火のないところに煙はたたない。どこかしら根拠があるからそんな噂が成り立つ。


 それだけその写真の人物にも、脅威を抱いていた。



「ってもそれは、関東の話だろう。福島県警と警視庁じゃ距離的な差がある。関東での出来事が、そうそうとこっちまで飛び火することはない」


「流石は元 組対そたいですね。的確な判断だ」

 ほっと胸を撫で下ろす相沢。


 確かに銀狼会の本部は、東京にある。その傘下エダである二次団体も関東近辺に集中している。

 根拠のないことでうれうのは、馬鹿げたことだ。




「お前が騒ぎ過ぎるだけだろ」

 その肩をとんと叩く龍太郎。


 何事もなかったように、それを封筒に戻した。


 とはいえ龍太郎にも、かすかな憂いはあった。それは銀狼会が広域に指定されていること、実質東日本のほとんどを支配していること。


 つまりは二次団体はともかく、その傘下にも気を付けなければいけないということ。



 そして危険だと噂される写真の人物だが、その思いだけは一途だということ。



「……今日だったっけ、町主催の婚活があるの」

 不意に龍太郎の視線が、机の上にある紙切れに注がれた。


 それは町内の出来事などが掲載された地方紙だ。



「あいつらにも、いい出逢いがあればいいんだがな」

 新たなる煙草を口にくわえて、薄汚れた窓の外に視線を向けた。

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