表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/58

災害の前に人は無力なのか


「嘘だろ、この情況……」

 猿渡に辿り着いた翔太、全ての全容を理解して、ただ立ち尽くす。



 アサの家は、ゴウゴウと立ち上る巨大な炎に包まれていた。

 古い古民家、かやぶき屋根なら尚更だ。



 アサの安否は不明。先程から携帯電話も繋がらなくなっていた。


 辺りに立ち込めるのは熱いギブリ、息をするのさえ苦痛を(ともな)う。



 ウウウウウウ!


 広報無線のサイレンが、空に響き渡る。



 多分に宗則達が、消防署に通報したのだろう。


じきに消防団、消防署の一斉放水は行われるだろう。


 ……だがあまりにも、時間がなさすぎた。



「クソッたれ!」

 翔太は叫びと共に走り出す。


 アサの家の作りは、殆ど熟知している。

 沢に駆け寄り、流れる山水をバケツに注ぐ。チョロチョロした細い流れだ。


 枯渇しかかっているのか、焦りのせいか、思うように水かさは増えない。


 半分ほど溜まったところで、上空に持ち上げて頭からぶっかけた。



「待ってろ、ばあちゃん!」

 その身体からぽたりぽたりと水滴が滴る。

 その状態で、母屋に向かって走り出す。


「馬鹿野郎! なに考えてんだ!」

 だが突然襟首を掴まれ、後方に引き戻された。


「しかしこのままじゃ、ばあちゃんが!」

 ぐっと後方に視線を向ける。


 襟首をたぐり寄せたのは宗則だった。


 スカイラインの横には、宗則の軽トラが停められている。翔太の無謀さを察してか、ひとりで駆けつけたようだ。



 新たなサイレンの音が響きだした。大沢五分の緊急車両のものだろう。


 つまり今しがた出動したということ。

 やはり出動するまでは、少しばかり時間がかかったようだ。鳶口(とびくち)やスコップ、様々な機具を用意しなければいけないから。



「今なら、助けられるかもしれないんですよ。さっきまで電話で喋ってたんだから!」


「この炎だぞ? てめーの無事も確認しろ!」

 懇願する翔太だが、宗則はそれを許そうとはしない。


 その間も炎は荒れ狂う。メラメラと母屋を焼き尽くし、軒や柱、壁や天井、その全てを真っ赤に染め抜く。



「まだ大丈夫ですって。玄関は燃えてないんだから!」

 翔太の視線に映るのは、まだ炎に浸食されていない、ぽっかりと切り取られた空間。


 それは玄関先だ。

 普段開けっぱなしで、まだ炎に塞がれていないその空間からなら、中に飛び込むことも可能。



「あそこからなら、入れるじゃないですか。アサばあちゃんがあの先にいるんだ!」

 その向こうには、確実にアサの姿があるから。



「馬鹿野郎、そんな問題じゃねーんだ! 状況を考えろ!」


「考えてるから言ってんだ!」


 翔太だって安易に考えている訳ではない。


 確かにその光景は不気味だ。ほの暗く浮かぶ内部の光景。その中で真っ赤な悪魔が、手招きしているようにも思える。

 まるで地獄の門が、開いたとさえ思える。


 その先に待つのが、希望か絶望か、それさえも今は判断できない。

 それでも行くしかない、そうしなければ確実に、大切なものを失うから。



 激しい炎は噴出してくる。


 それに炙られて、全てを熱いギブリが支配する。


 周りに置かれた、プラスチック製のプランターが溶け落ちる。


 アサのお気に入りだった手押し車も、その(てい)を成してはいない。

 真っ赤な炎に包まれて、完全に鉄の骨組みと化していた。



 チリチリと音を発てているのは、渋柿の葉っぱだろうか。少しずつ立ち枯れしていく。


 翔太ががぶった水分も、既に乾いていた。



 その体感はまさに摂氏一万度。

 全てが溶けてしまいそうな感覚を覚える。



 こんなことなら法被を着込んでくるんだった、そう痛感する翔太。



 一際甲高い、ガゴーン、という轟音(ごうおん)がとどろいた。


 それは玄関の梁が、崩れ落ちた音だった。

 赤い炎になめ尽くされて、ゆっくりと崩れ落ちる。


 それで完全に、侵入する経路は経たれた。



 その刹那(せつな)、翔太の中でなにかが断ち切れた。


「どうして邪魔したんです! 台所はすぐそこだったんだ、少し熱いかもしれないけど、我慢すれば助けられたんだ!」

 宗則に向き直り、思いの丈をぶちまける。


「そんなもん、僅かな可能性だろ! どのみち大怪我は確実だ!」

 対する宗則も引かない。

 ぐっと腕に力を籠めて、翔太の肩に食い込ませる。


「そんなこと分かってんだ、分かってるけど、このままなにもしないよりマシなんだ! アサばあちゃんを見殺しにしろっていうのか!」

 危険なことは翔太も理解する。

 だけど頭では分かっていても、心では納得しない。



 ハァハァと小刻みに息する宗則。その額にぴくぴくと青筋が立ち込める。


「ふざけたことほざいてんじゃねーぞ、このトンビ!」

 感情をぶちまけるように、全身を使って叫んだ。



 ごくりと息を飲む翔太。


 その脳裏に、とある光景がフラッシュバックする。


 それは小学生一年当時、七時三十分のバスの中の光景。




『大きいなりして、邪魔だな』

 そう息巻いた思い出。


『このクソトンビ』

 そう言われて、あしらわれた記憶。




「その呼び方、ムカつくんだよ! あんたが付けたその呼び方が!」

 翔太が吠えた。

 宗則の腕を掴んで、強引に外しにかかる。


「俺は、あの頃のようなガキじゃない!」


「ガキなんだよ、お前はいつまでたってもガキのままだ!」

 二人の意見は全く噛み合わない。



 大炎上する光景をバックに、ふたつの熱い意志が激しく激突する。



「宗さんもトビも、頭に血が昇りすぎだ。早く放水の準備しろよ!」

 涼の怒号が響いた。



「人手が足りねーんだぞ、二人して、ガキみてーなケンカしてんじゃねーよ! その間に、全部丸焦げになっちまうべよ!」



 既に辺りでは、大沢五部による放水の準備が開始されていた。



「くっ」

 呼吸を整える宗則。


「ここから川まで、四百メートルぐらいだろ?」

 翔太の拘束を解き、涼に訊ねる。



「だない。ここらには防火水槽はない、水利はこの先の川だけ。ホース全部出すまでだ」

 相変わらす涼の判断は的確だ。


 それに従い、他の面々がテキパキと放水の準備を開始していた。




 辺りからは幾多のサイレンの音が響いている。

 県道を幾多の緊急車両が、突き進んでいた。



 全ての光景が赤一色。


 夕焼けの赤、炎の赤、緊急車両の赤、パトランプの赤。


 まるで血の池地獄の、ただ中にいる心境。




「消さなきゃ……」

 ぼそっと呟く翔太。無我夢中で走り出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ