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あいつ消防団に入ったらしいぜ  作者: 成瀬ケン
第六章 炎上 男たちの確執
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炎上

 屯所(とんしょ)の外は黄昏(たそがれ)の中にあった。


 赤い夕焼けと、黒く染まる山影との対比が、物悲しさを演出する。


 黄昏の意味は“誰ぞ彼”だと訊いたことがあるが、光と影の影響で、目を凝らさないと少し先もよくは見えない。



 一本杉のトンビも帰宅の時間らしい、ピョロローとその鳴き声が遠くから響いている。


 もうじき陽も暮れて、漆黒の闇が辺りを包み込むだろう。



「おう翔太、遅くなったぜ」

 屯所の外には陽一の姿があった。


 作業着姿から察するに、仕事を終えて、そのまま立ち寄ったようだ。



「アサばあちゃん聞こえる?」

 翔太は軽く会釈して、そのまま会話に没頭する。


 陽一も真樹夫同様、アサのことを『翔太の彼女』と言い放つ。めんどうなのでムシするのが一番。


 案の定、陽一は『デートの約束か……』そんなふうにぼそりと呟く。

 なにを考えているのか、そのまま傍らで煙草を吹かす。



『……ゴメンね翔太ちゃん』

 携帯から響くアサの声は、か細いものだ。

 なにかに怯え、戸惑うような情況が窺える。



 響き渡るトンビの鳴き声。


 なにかおかしい、一本杉のトンビは、こんな遅くまで空を飛ぶことはない。


 違和感を感じる、妙な胸騒ぎを覚えた。



「どうしたんだよ、ばあちゃん?」


『火には気をつけらっしって、いわっちゃのに……』


 アサの声には、かすかな雑音が混じっている。


 バリバリというような、ゴウゴウと(うごめ)くような、耳障りな響き。



『消えねーよ、どうすっぺ!』



 戸惑いと苦痛、恐怖と絶望、悔しさと悲しさ、その全ての感情が、電話を(かい)して一気に翔太に伝わった。



「もしかして、火事なのかよ!」


 その翔太の叫びに呼応して、陽一も真顔になる。


 二人並んで、猿渡(さるわたり)のある西の空を凝視する。



 遠く西の空は、山々が邪魔して完全には見えない。


 赤と黒のコントラスが、いっそう不気味さを演出する。



「ばあちゃん、はっきり言ってよ!」


 返ってくるアサの返事はない、翔太の叫びが虚しく響き渡る。



「あれって煙だよな……」

 不意に陽一が言った。


 よく見れば山の陰から、黒いなにかがそそりたっている。


 雲などではない、最悪を予兆するどす黒く不気味な煙。



「火事だ! 宗さん、猿渡から煙!」

 大声で叫ぶ陽一。


 即座に駆け出し、緊急車両を出そうとシャッターを開放する。



「なんだって!」

 呼応して宗則と凉が、屯所の窓から顔をのぞかせた。


 屯所の二階は、階下よりはっきり猿渡の様子が見えるだろう。


「なんだよあれ? ボヤなんてもんじゃねーべや、炎上してっぞ!」

 その凉の叫びが、翔太をどん底に突き落とす。




「猿渡で火事だ、みんな行くぞ!」

 響き渡る宗則の怒号。


 それまでの長閑(のどか)さも一変、その場の団員が、雪崩れ込むように階下に降りてくる。




 そんな状況を余所に、翔太はスカイラインに飛び乗る。


 何度携帯電話に叫んでも、返ってくる返事はない。考えたくはないが、最悪な状況が脳裏に過る。


 他の団員など待っている余裕はなかった、一分一秒でも惜しい状況だ。



「ばあちゃん!」

 白煙を挙げてスカイラインが走り出す。



 誰かが「翔太!」と叫ぶが、それさえも耳には届かない。


 焦る気持ちばかりが支配する。

 神頼みをするほど、信心深くもないが、この時ばかりは『神さま、どうかアサばあちゃんが無事なように』そう願いをかけていた。

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