炎上
屯所の外は黄昏の中にあった。
赤い夕焼けと、黒く染まる山影との対比が、物悲しさを演出する。
黄昏の意味は“誰ぞ彼”だと訊いたことがあるが、光と影の影響で、目を凝らさないと少し先もよくは見えない。
一本杉のトンビも帰宅の時間らしい、ピョロローとその鳴き声が遠くから響いている。
もうじき陽も暮れて、漆黒の闇が辺りを包み込むだろう。
「おう翔太、遅くなったぜ」
屯所の外には陽一の姿があった。
作業着姿から察するに、仕事を終えて、そのまま立ち寄ったようだ。
「アサばあちゃん聞こえる?」
翔太は軽く会釈して、そのまま会話に没頭する。
陽一も真樹夫同様、アサのことを『翔太の彼女』と言い放つ。めんどうなのでムシするのが一番。
案の定、陽一は『デートの約束か……』そんなふうにぼそりと呟く。
なにを考えているのか、そのまま傍らで煙草を吹かす。
『……ゴメンね翔太ちゃん』
携帯から響くアサの声は、か細いものだ。
なにかに怯え、戸惑うような情況が窺える。
響き渡るトンビの鳴き声。
なにかおかしい、一本杉のトンビは、こんな遅くまで空を飛ぶことはない。
違和感を感じる、妙な胸騒ぎを覚えた。
「どうしたんだよ、ばあちゃん?」
『火には気をつけらっしって、いわっちゃのに……』
アサの声には、かすかな雑音が混じっている。
バリバリというような、ゴウゴウと蠢くような、耳障りな響き。
『消えねーよ、どうすっぺ!』
戸惑いと苦痛、恐怖と絶望、悔しさと悲しさ、その全ての感情が、電話を介して一気に翔太に伝わった。
「もしかして、火事なのかよ!」
その翔太の叫びに呼応して、陽一も真顔になる。
二人並んで、猿渡のある西の空を凝視する。
遠く西の空は、山々が邪魔して完全には見えない。
赤と黒のコントラスが、いっそう不気味さを演出する。
「ばあちゃん、はっきり言ってよ!」
返ってくるアサの返事はない、翔太の叫びが虚しく響き渡る。
「あれって煙だよな……」
不意に陽一が言った。
よく見れば山の陰から、黒いなにかがそそりたっている。
雲などではない、最悪を予兆するどす黒く不気味な煙。
「火事だ! 宗さん、猿渡から煙!」
大声で叫ぶ陽一。
即座に駆け出し、緊急車両を出そうとシャッターを開放する。
「なんだって!」
呼応して宗則と凉が、屯所の窓から顔をのぞかせた。
屯所の二階は、階下よりはっきり猿渡の様子が見えるだろう。
「なんだよあれ? ボヤなんてもんじゃねーべや、炎上してっぞ!」
その凉の叫びが、翔太をどん底に突き落とす。
「猿渡で火事だ、みんな行くぞ!」
響き渡る宗則の怒号。
それまでの長閑さも一変、その場の団員が、雪崩れ込むように階下に降りてくる。
そんな状況を余所に、翔太はスカイラインに飛び乗る。
何度携帯電話に叫んでも、返ってくる返事はない。考えたくはないが、最悪な状況が脳裏に過る。
他の団員など待っている余裕はなかった、一分一秒でも惜しい状況だ。
「ばあちゃん!」
白煙を挙げてスカイラインが走り出す。
誰かが「翔太!」と叫ぶが、それさえも耳には届かない。
焦る気持ちばかりが支配する。
神頼みをするほど、信心深くもないが、この時ばかりは『神さま、どうかアサばあちゃんが無事なように』そう願いをかけていた。




