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BHR タガル  作者: ドスコイK
15/22

第14話 凍結

装衣計画、凍結。


その決定は、あまりにも静かだった。


大きな怒号もなく、誰かが机を叩くこともなく、役員たちは整った声で順番に意見を述べ、最後に議長が結論を口にした。


「本件は、社会的影響の再検証が完了するまで、一時凍結とする。」


それだけだった。


百年続いた常識を変えるかもしれない試作品は、完成したけれどすぐ、前へ進む道を閉ざされた。


星は会議室の椅子に座ったまま、しばらく動けなかった。


言いたいことは山ほどあった。


けれど、そのどれもが言葉にならなかった。


守るべき社員。

守るべき会社。

守るべき社会的信用。


それらを前に、自分の夢だけを叫ぶことはできなかった。


研究室に戻ると、部下たちが気まずそうに星を見た。


誰も、すぐには声をかけなかった。


机の上には、完成したばかりの装衣のデータが浮かんでいる。


人が、自分の意思で外すことのできる服。


その文字が、今はひどく遠く見えた。


「部長。」


一人の部下が、恐る恐る声をかける。


「今日は、もう休んでください。」


「でも、まだ確認が」


「確認は、私たちでできます。」


別の部下も続ける。


「少し、離れた方がいいです。」


「部長、ずっと走りっぱなしでしたから。」


星は笑おうとした。


けれど、うまく笑えなかった。


「……ごめんね。」


それだけ言って、端末を閉じた。


その日から数日、星は家にこもった。


カーテンを閉め、部屋着のまま、ぼんやり天井を見上げる。


通信AI端末のアイさんが、何度か予定を読み上げた。


「星さん。本日の予定はすべてキャンセルされています。」


「星さん。食事の時間です。」


「星さん。睡眠時間が乱れています。」


「うん。」


返事だけはした。


でも、体は動かなかった。


装衣は完成した。


けれど、世界には出せない。


その事実が、胸の奥に重く沈んでいた。


そんな三日目の午後、玄関のチャイムが鳴った。


星は無視した。


もう一度鳴る。


また無視した。


三度目。


今度は、ドアの向こうから大きな声が聞こえた。


「ほっちゃーん! 生きてるー?ノンアクアラートが出たってあんたのお母さんが教えてくれたよ~。」


星は目を見開いた。


その呼び方をする人間は、もう一人しかいない。


玄関を開けると、派手な服を着た女性が立っていた。


明るい髪色。


大きなピアス。


昔から変わらない、少し騒がしくて、やたら人の懐に入ってくる笑顔。


宗元(むなもと) 明美(あけみ)だった。


「……明美?」


「お~死んで無い。うわっ顔ひどっ。」


「第一声それ?」


「だってほんとにひどいんだもん。大企業のすごい人が、干からびたクラゲみたいになってんじゃん。」


星は思わず小さく笑った。


本当に久しぶりに、声が出た。


明美は遠慮なく部屋に入り、カーテンを開けた。


「はい、太陽。」


「まぶしい……。」


「人間は光合成しないとダメなの。」


「しないよ。」


「気分の問題!」


そう言って、明美は星の腕を掴んだ。


「帰るよ。」


「どこに?」


「地元。」


「え、今から?」


「今から。」


星は断ろうとした。


でも、明美の手は昔から強かった。


小学校の時も、中学校の時も、落ち込んでいる星を無理やり外へ連れ出すのは、いつも明美だった。


電車に揺られ、久しぶりに地元へ戻る。


駅前の景色は、少しだけ変わっていた。


けれど、商店街の匂いも、古いパン屋の看板も、夕方の子供たちの声も、何もかも懐かしかった。


「星ちゃん?」


最初に声をかけたのは、八百屋のおばさんだった。


「やっぱり星ちゃんだ!」


その声をきっかけに、商店街の人たちが次々に集まってくる。


「テレビで見たよ!」


「ウニクロスの偉い人になったんだって?」


「すごいじゃない!」


「綺麗になったねえ!」


星は照れながら、何度も頭を下げた。


いつの間にか、近所の同級生まで集まってきて、ちょっとした同窓会のようになっていた。


「星、めちゃくちゃ雰囲気変わったな。」


「昔から真面目だったけど、今はなんか大人の女って感じ。」


「今、彼氏いるの?」


その一言に、周りの男たちが一斉に反応した。


「え、いないなら俺立候補するけど。」


「お前は無理だろ。」


「いや、俺も昔から星のこといいと思ってたし。」


「今さらすぎるでしょ。」


星は両手を振った。


「そういうのじゃないから!」


「じゃあ、誰かいい人でもいるの?」


明美がにやにやしながら言った。


星の顔が、一瞬で赤くなる。


「い、いない!」


「へえ。」


「いないってば!」


「ほっちゃん、嘘つくの下手になったね。」


周りがさらに騒ぎ始める前に、明美がぱん、と手を叩いた。


「はいはい解散! この子、今日はリハビリ中だから!」


「リハビリ?」


「そう。心の。」


明美は星の肩を抱き、男たちを軽く追い払った。


「ほら、行くよ。」


商店街を抜け、二人は昔よく座っていた川沿いのベンチに腰を下ろした。


夕方の風が、少し冷たかった。


しばらく黙っていたあと、明美が言った。


「で、誰?」


「……誰って。」


「さっきの顔。あれはいる顔。」


星は膝の上で手を握った。


「いる、のかな。」


「なにそれ。」


「分からない。でも、会いたい人はいる。」


口にした瞬間、自分でも驚いた。


会いたい。


その言葉は、思っていたよりもずっと簡単に胸からこぼれた。


タガルに会いたい。


会ってちゃんと話したい。

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