51 お義父様のマント完成、そして
「できたわぁ! すごい、ミモザちゃんは教えるのがとっても上手なのね」
あれから3日後、大きな布の刺繍にも慣れたお義母様はお義父様のマントに取り掛かった。
といっても、全面に刺繍するのは難しい。
背中の真ん中のあたりに来るように型枠を嵌め、きれいな円形ではなく、中心から外に向かってつるを伸ばし、葉を茂らせながら渦をまくような模様を枠の中に縫いとるだけのものだ。
「こんなにつたない刺繍で喜んでくれるかしら……」
私が達成感に喜ぶお義母様を微笑んで見つめていると、少しだけ不安そうに俯いたお義母様が小さくささやいた。
「……先日お借りした本にあったのですけれど、つる草模様は、生命力や繁栄を意味するそうなんです」
「まぁ……もしかして、読み込んだの?」
「えぇ、面白くてつい。……それで、その理由が、どこまでも伸びて広がっていくから、というもので……お義母様が願いを託したマントが無事に帰ってきたときに、また一段広げていくというのはどうでしょうか。少しずつ、少しずつ、お義父様が……危険な場に行くことは、わかっています。それでも、無事に帰っていらっしゃる度に、少しずつつるを伸ばし、葉を広げていくというのは。きっと縁起がいいですよ」
私の言葉に目を丸くしたお義母様は、ふわりと微笑んだ。私を見ているけれど、その瞳の先にはお義父様の姿があるのだろう。
「そうね、あの人が無事に帰ってくるたびに、少しずつ模様を広げていきましょう。私も仕事の合間を縫って、少しずつ練習しておかないとね」
「今もとてもお上手ですよ! ……私も、パーシヴァル様に願うことを、マントに籠めています。だから、このマントはなんとしてもパーシヴァル様に受け取っていただかなければ」
優勝を信じて疑っていない自分と、実は少しだけ負けてほしい自分がいる。
パーシヴァル様には絶対に言えないけれど、結婚してまだ間もないのに、もっと危険な立場になるパーシヴァル様のことを考えると胸が苦しくなる。
お強いことは、わかっている。いえ、わかっているつもり。そんなに強くても、毎日体と心に鞭を打って朝早くから夜遅くまで稽古されている。
副賞を最初に聞いたときには驚いたけれど、正賞を聞いたときには胸が締め付けられるようだった。
二階級特進。隊長格になられる。見習い期間だとは聞いたけれど、パーシヴァル様は背中にたくさんの仲間の命も引き受けることになる。
(今、それを決めるための大会のために、ここまで体も心も追い詰めるパーシヴァル様に……、どうか、どうか、もう一度自分や周りを落ち着いて見つめてほしい)
おこがましいかも、しれない。最初からパーシヴァル様は純粋でいながら、とても周りをよく見ている方だ。殿下のことだって、恨んでいる風ではなかった。あれは仕方がないからと、すっかり納得なさっていた。
私のこととなれば怒ってくれた。守ってくれた。
だけど、貴方は剣で、私は針で。
一緒に戦うのが私とパーシヴァル様のはずだ。
私はぼんやりと見つめてしまった緑のマントの裏地の見えない四隅に『フラワーオブライフ』を硬質な金色の糸で縫い、綿の入った厚手のマントをひっくり返して光沢のある濃い緑の糸で、表面の下方2隅につる草模様を縫った。
足元を見つめてしっかり地に足をつけてほしい、それはパーシヴァル様へのお願い。私の願い。
表に入れるのは、お義父様と同じ。でも、下からなのは、これからもっとパーシヴァル様が上へ、前へと進んでいけるように、成長していけるように。ずっと、元気でいてほしいから。
私もまたいつか、このマントがぼろぼろになって帰ってきたとしても、パーシヴァル様が無事ならばそれでいいと繕い、つる草を足していきたい。
でもきっと、マントをいっぱいにする前に、パーシヴァル様はもっと上にいかれるのだろうけれど。
「……よし」
考え事をしながら手を動かしていたら、2隅の縫い取りが完成した。
いよいよ、大会が始まる。




