35 代わりに嫁いできた私の結婚式
伯爵家の屋敷に来た日には、私は書類の上でのみミモザ・シャルティだったのだが、今からお父様にエスコートされて入る式場で、神に誓いを立てて、神殿に誓約書へサインしたものを納めて、私は世間的にもようやくミモザ・シャルティになる。
お父様から贈られたウェディングドレスは定番のものだったが、そこに私は何とか式に間に合わせるよう、必死に刺繍を施した。
上部分は実にシンプルなままだが、スカートの部分には全体にミモザの小花柄と葉のモチーフを入れられた。昨日だけは、早く寝てください、と前々から言われていたので、その前は何日も仮眠をとっては刺繍の繰り返しで、少しだけくたくたでもある。
その合間に手紙を書いた。便箋一枚の短い手紙。式当日が楽しみだと、ドレスをありがとうと、それだけ。本当に大事なことを言うのは、今日、今だと決めてそれだけ返した。
お父様は背が特別高い訳でも無い。温厚そうな見た目で、本当に温厚で、少し神経質で押しに弱くて、社交性には欠ける。でも、強い人だ、と私は今思っている。家の中に居た時には本当には見えてなかったお父様を、今は尊敬している。
ハイヒールを履いた私より少しだけ背の高いお父様を見て、ドレスの膨らんだスカートを少し揺らして見せる。
全体にミモザ……オジギソウの花を縫い取りし、装飾するように葉を図案化して刺繍した。全部光沢のある白い糸で、光の加減で光って見えるが、ドレスとしては控えめだと言う人の方が多いだろう。
周りの気持ちには敏感でありたい。だけど、振り回されたりはしない。控えめでありたい、だけど自分の主張はちゃんと言葉にしたい。
ノートン子爵家は、ちょっとバランスがおかしかったのだと思う。お父様に対する理解も感謝も、私も……お母様もカサブランカも足りなかった。そして、お父様も自己主張が足りなかった。
でも、お父様は家族を想ってくれていたのだと分かる。本当は、シャルティ伯爵の身元調査が無ければカサブランカもこうして送り出してもらえたのかもしれない、と思う。お父様は使用人にも誰にもえこひいきはさせなかった……自分の妻とカサブランカ以外には。
それを悔いているのは手紙で知っている。でも、どうして完璧を誰かに求められるだろう。私がきちんと自己主張していたら、それでもよかったはずなのに。私は本と刺繍に逃げたのだから、全員何か悪かったし、よかった所もあったと思う。
いろんな思いが、扉越しのざわめきを聞きながら頭の中を過る。でも、今一番お父様に伝えたいことは……。
「お父様。私を、ここまで育ててくれて、ありがとうございます」
「ミモザ……」
「この刺繍は、お父様が私にあててくれた予算で私が研鑽し、お父様がつけてくれた名前をモチーフに一針一針縫いました。素敵でしょう?」
はにかんだ私がお父様を見ると、お父様が泣きそうになっていた。
本当は手紙のように謝ったりしたかったのかもしれない。でも、今日は謝らずに、堂々と送り出して欲しい。
「本当に感謝しています。私はシャルティ伯爵家に入りますが、お父様には必ず手紙を書きます。時には会いにも行きます。お父様が新しい幸せを見つけられるように、ずっと願っています。私は幸せですから」
「……あぁ。ミモザ。結婚、本当におめでとう」
辛うじて涙を堪えたお父様がそう告げて前を向く。
扉が開き、荘厳なパイプオルガンの演奏に合わせてゆっくりバージンロードを歩いた。
目の前の祭壇の前に、白い礼服を着たパーシヴァル様が待っている。ウェディングドレス姿は初めて見るからか、こんな時なのに手を目元に持って行きそうになって慌てて姿勢を正していた。
覚悟を決めてはきたけれど、誓いのキスで固まってしまわないかしら? と少し心配しながらも、大分脳停止することは少なくなったように思う。
金髪に青い瞳の誰が見ても格好いいという私の旦那様は、内面は少し……いえ、かなり、可愛らしい。
そして、頼り甲斐のある方でもある。安心して寄り添っていける。
社交面では私が、王都の安全はパーシヴァル様が、お互いの戦場で戦って補っていこうと思える人だ。
いつまでも下を向いてばかりはいられない。何かに追いやられて逃げてばかりはいられない。その間に積み重ねたものが私の武器になり、少しでもパーシヴァル様を守れるのなら……何も無駄ではなかったと思う。
お父様の腕からパーシヴァル様の腕に私が引き渡されて、お父様が横の席に向かい、私とパーシヴァル様は目を見合わせた。
「私は……すぐ、緊張しますし、頭も回転が速い方ではありません」
「そんなことは……」
「でも、パーシヴァル様の隣を誰にも譲りたくないと思っています。だから、……」
それ以上の言葉は誓いの言葉の後にしろ、といわんばかりに神父様が咳ばらいをした。
小さく笑い合って神父様に向き直る。
――お互いに愛を誓い、どんな時も支え合うことを誓い、私はパーシヴァル様の妻として神の元に認められた。
その後の誓いのキスで、やはりパーシヴァル様が固まってしまったのは、5秒程で立ち直ったので来賓の人達には内緒にしておこう。
美人の姉が嫌がった旦那様は、見た目以上に中身が可愛くて格好いい、最高の旦那様だ。
これから、ようやく新婚生活が始まる。
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ここで結婚式までのお話は終わりますが、この後の結婚生活のお話が続きますので、最終回ではないです。今後もよろしくお願いします!




