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W・M・S (Warlock Magus System)  作者: 渡野さら
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第9話 アーシャ2

 

 可哀そうだが現場も見なくてはならない。

 テントから出た俺は、取り敢えずギルドの仮の事務所に行った。作業床の設置はまだまだだが、解体の大雑把な手順や方法、解凍法、色々と話合う必要が有る。



 ダンカンに会って方針を決める。

 まずは鱗の剥ぎ取りが先決。取った場所は皮ごと凍らせて腐食を防ぐ。

 それから皮と肉の剥ぎ取り。肉も切断面は凍らせる。魔術師ギルドとも連携。

 だが、基本的に剥ぎ取り切り取りは属性剣でないと切れない為、俺が有るだけ貸与とギルドでの手配。

 切り取った各部位は同じ大きさに切り分けて、軍に検閲を受けて書類を貼り付けて搬出準備完了となる。

 魔術師ギルドはその間に内蔵含む各部位の研究を行って貰う。新たなポーションや道具に流用可能かを。


 俺は切落とした頭部を丸々保存したので、ダンカンには本当に鱗5枚を譲渡した。

 そのままでも加工しても凄まじい高額取引になるだろう。がんばれ。


 現場本陣に様子を見に行く。偉いさんは来たかな?

 宮廷魔術師達と筆頭のイッツェハーフェンが居た。


「やあ、筆頭殿。御大の到着はノンビリだな。走って来るかと思ったが」

「うむ。お見事じゃったのメル坊。儂も疼いてはよ来たかったが本陣をビスマールに引き継がにゃならんかったでの」

「そうだな。ご苦労さんだな、偉い人は」

「ふん!なり手がおらんわい!誰ぞに押し付けて、さっさと引退したいもんじゃ。お主やってみんか?」

「遠慮しとく。まだ、やる事も有るんでな。二席殿に任せれば?その後とかなら考えてもいい」

「私がどうしたってェ?アンタ!ほんとに人間かい?こりゃ途轍もないよ!」

「メル坊がの、イエネッタが筆頭を継げば引退出来ると言うでな」

「わたしー!?や、やだよ!爺さんが往生するまで頑張んなよぉ!あっ!メル!アンタが遣りな!うん。それが一番だよ!あたしゃやだよ!」

「イエネッタのお姉様が10年頑張った後なら、考えなくもないがな。普通、第二席が次席じゃないのか?」

「面倒は嫌なんだよ!現場が性に合ってんだ」

「筆頭になれば、部下に押し付けりゃいいんじゃないか?」

「へ?はっ、そうか!その手があったかい!そりゃいいねェ。メル!冴えてんな!」


 俺と爺さんでイエネッタを唆しつつ、各進捗と素材の割り振りなどを話合ってから、凱旋日程についても話ておいた。今のところは順調らしい。

 5時になったので今日は店仕舞いだ。テントに戻ってアーシャの様子を見よう。



 テントに戻るとアーシャがソファーの下で横になっていた。

 慌てて近寄ると、やはり倒れたようで、足腰が不安定らしい。トイレに行くつもりだったみたいだ。

 抱き上げてベッドに寝かせて【治癒】を掛けた。続いてステータスを見る。

 状態の衰弱以外には異常は無かったので安心だ。あ、と思い出してトイレまで運んであげる。

 恥ずかしそうにしていたが、それどころでは無いぞ?また倒れたらどうする。

 ドアに捕まりながら出てきたので、抱き上げる。


「大丈夫か?食欲が有るなら準備する、少し話でもするか?」


「あ、はい。あっ、その、は、恥ずかしい、です―――」


「ああ。だが危ないしな、もう痛くはないか?どうしたい?」


「えぇ、ちょっ、ソファーで、お話がしたいです。まだ空腹では無いので」


「分かった。恥ずかしいのかも知れないが、無理をしても良くはならない。何でも言え」


 アーシャをソファーに下ろして毛布を掛ける。

 俺は2人分の紅茶を入れて目の前に座る。アーシャが髪の毛を手櫛で整えているので、収納してある銀細工の櫛を渡した。

「気が利かなくてすまん」


「い、いえ、ありがとうございます。あの、メル様の前なので、少しでも整えておきたいのです」


 ワンピースの乱れた胸元を直していた、隠していた。


「そうか、すまない。女心に疎くてな、中々難しい。ん?化粧か?前に適当に買っておいた物が有るが使えるか見てくれ」


 時空術から買ってあった物を適当に出してみる。使えるのか分からんが。


「あ、大丈夫です。普通にお化粧品一式です。少し高価だと思いますが、使ってよろしいのでしたら、毎日、身綺麗に整えます」


「アーシャがしたい様にしてくれ。美しくあって困る事はないんだし。他に何かあるかい?」


「あ、その、衣類の予備が、えっと、したぎとかも――」


「気が利かなくてすまん。女性物の予備は有るだけ出すので好きに使ってくれ。足りない物は少し考えるから教えて欲しい。出先で長期間、女性と共にする事が無いのでな。普段の依頼も基本は1人なんだ」


「いいえ。我儘を言って、私の方こそすみません――慣れてないもので」


 ワンピースの他にブラウスやスカート、靴、寝間着、下着、等を全て出してみた。

 服や靴、下着を着ているワンピースの上から合わせているが、胸が少しキツそうだ。


「あ、メル様、あの、余り見られると、は、恥ずかしいの、ですが…」


 すまん。と言って、後ろを向く。絹ズレの音と小声でブツブツ呟く声が聞こえたが、聞かないでおいた。


「メル様、もう大丈夫です。期間にもよりますけど使えそうな物は多いので大丈夫です。助かります」


「そうか、不自由させて済まないな。今後は揃えておく。期間は大体4日、5日、と言った感じだ。脱衣所にタオルも置いておくので、洗い物は籠に入れてくれ」


「何から何まですみません。後は鏡が有ると助かります」


 小型の鏡台を出したら十分だと言うので、アーシャのベッド脇に置いておいた。

 そうか。男だとその辺りに気付かないのは盲点だった。しかも貴族女性だから尚更だよな。我儘放題の女性で無くて助かったという事か。俺も反省が必要だ。

 アーシャが使える衣類等は脱衣所の棚に納めて戻る。


「ありがとうございました。メル様は外で何をなされていらっしゃるのでしょうか」


 そうだったな。アーシャは外の状況、俺と上層部で取り決めた事等は一切知らない。突然、加護を受けてこの場に連れて来られただけなのだ。少し状況を説明しておかないとな。



 ・先ずは―――お隣、オストラバ王国は滅亡した事

 ・国から正式に俺に討伐依頼が来て宰相と筆頭と女王の4人で色々と取り決めをした。

 ・邪竜は俺の物。それを素材として国が買い取る。解体の手順と指揮、研究、搬出は俺やギルドが行う。

 ・軍は陣地の構築と警備等治安維持。搬出商隊の護衛、素材の検閲。

 ・だから俺が色々と管理監督しなくてはならない部分が発生している。

 ・期間が長期になるので方向性やルールも決めておかなければならない。

 ・今回、軍や宮廷魔術師達の存在感が薄いので面子や利益をバランス良く擦り合わせなければいけない。

 ・隣国が滅び、国内にも脅威になった討伐戦なので凱旋パレードが行われる事。

 ・そのパレードには創神教も参加する。


 それぞれの項目を少し詳しく説明して、疑問にも答えた。未定の内容もまだ有るのだが、それは推移を見ながら決めていくので仕方が無い。

 アーシャも大分理解出来た様で、有る程度は落ち着いたみたいだ。

 後は自身の体調と日常生活だろうが、これは時間が掛かるし王都の屋敷では無いのだから我慢して貰う。


「お話は大体理解出来ましたが、討伐前から既に此処まで下話がお済みでしたか……流石と言いますか、何と言いますか。あの、私はどうなってしまうのでしょうか?」


「どうにもならないし、どうにもさせない。救国の【聖女】と言う二つ名は受け入れるしかないが、政治的に利用はされない。創神教の方も手は打てるから心配はいらない。ただ、婚姻だけなら屋敷に居れば済むが、一緒に居ると言うのは―――いや、そこは明日にしよう。他にも話が有る」


 良い時間になったので夕食にした。アーシャは軽目の希望なので野菜と果物のサラダ、スープ、牛肉のスライスと野菜を交互に重ねて紐で縛り、ワインと調味料とハーブで煮込んだ物だ。少量に切り分ける。

 美味しかったのか嬉しそうだ。量も適量かな?


 ふと、アーシャが食事の手を止め、言い難そうに口を開いた。


「メル様は―――その、私との食事はお嫌、なのでしょうか?」


 しまった。失敗した―――と、思った。

 つい、何時もの冒険中の感覚で振舞ってしまった。どの道、説明は必要なので話す事にした。



「すまない。そう言った訳じゃ無いんだが、つい普段の冒険中の様にしてしまった。

 いや、冒険中は1人だからな。その――勿論、屋敷に居る時や食事に誘われれば食べる。

 が、基本食べる必要が無いから食べないんだ。

 俺は食欲耐性・睡眠耐性・精神耐性・麻痺耐性・毒物耐性・物理攻撃耐性・魔法耐性―――

 と言った感じで食べる必要が無い。食欲も眠気も無い。疲れない。

 だから不眠不休で活動出来るし何日間戦闘が続いても平気で、精神は揺れる事も無い。

 常に一定だ。だから俺と依頼をこなせる者は居ない。そんな事に普通の人間は耐えられない。

 感情も有るには有るが、精神が揺れないせいで徐々に薄くなってしまった。

 子供の頃は普通だったが、強さに比して様々な耐性が付いてしまってな。

 物事も合理的に考え実行してしまう。一応気を付けては居るのだが、難しい。

 もはや、人では無いな。まあ、魔人なんだが…


 今回もそうだ。アーシャに気遣う事に頭が行って、本当の気遣いを見落としていた。

 アーシャを洗った時や先程もそうなんだが、合理的な判断を優先して感情を見落としていた。すまない」



 アーシャは唖然としていたが、ゆっくり食事を再開して食べ終わった。

 食後のお茶を出して、食器を下げて戻ったのだが、下を向いたまま一言も発する事は無かった。


 その後も俺は魔法書を読んでいたがアーシャは黙ったままだ。

 俺は何とも感じないし思わない。だがアーシャはどうだろうな。あんな話を聞けば驚くのが普通だろうし、人間とは違うに恐怖するかもしれない。戦闘力だしな。それがだ。



 午後10時。アーシャを抱いてベッドに横たえて布団を掛けた。

 するとアーシャから、眠るまで手を握って欲しいと言われたので言う通りにして、片手で本を読む。



 アーシャがずっと、こちらを見ている。

 ずっと―――――見ている。彼女の意図がわからないのでそのままにしておいたが……

 アーシャの両手で包んでいる俺の左手。それを少し引き寄せ、強く握ってきた。


 仕方なく本を閉じて身体を少し傾けると、ぐいっと引かれて左手首までが彼女の大きな胸に埋まった。

 アーシャは真っ赤な顔で俺を見ている。俺もアーシャを見ている。

 彼女の胸の早鐘と熱い体温が伝わってくる。


 吸い込まれそうな程にパッチリとしながらも目尻が下がった優しそうな瞳。碧い泉の様に澄み切った碧眼から目を逸らせずにいると


 アーシャに握られ、胸に埋まったおれの左手。彼女の鼓動ともう一つ―――俺のものだ。

 最初は意図が分からなかった。いや、今もだがそれでも、何と無く、分かる。

 アーシャ自身、言葉が見つからなかったのだと思う。だが、こうしてお互いの存在を確かめ合う事は出来る。

 私は此処に居て、貴方も此処に居る。お互いに生きていて、熱を確かめられる。1人では無いから相手を見て。そう訴えている気がした。


 アーシャのきれいな碧眼から、大粒の涙が溢れ出し、慌ててハンカチで拭く。




 ―――――どうやら、眠っていたようだった。

 頭を誰かが撫でている?母さんか?―――いや、アーシャだ。

 上半身がベッドに乗って頭がアーシャの胸に抱かれているようだった。


「アーシャの温もりが伝わって安心出来たんだ。ありがとう」


 俺は素直に感謝の言葉を伝えた。

 余計に胸に抱かれてしまったが、俺も嬉しい。と、思えたし、アーシャがしたいならな。




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