展示番号6:「動機」
『先日、東京都**区のマンションの一室で自営業の又糸浩二さん四十七歳が、首や胸などを刺され死亡ているのが発見されました。警察によれば、凶器は包丁のような鋭利な物と見られており、未だ見付かっていない、とのことです。
尚、又糸さんはタレントで歌手のスイックス田花さんの親戚であり──』
テレビから聞こえるアナウンサーの言葉を聞いた私は、そこで舌打ちをした。この局では私の疑問には答えてはくれそうにない。
カーテンを引いた暗い部屋の中、チャンネルを変える。唯一の光源であるテレビ画面の映像が切り替わり、別の局の報道番組の映像を映し出した。タイミングよく、同じ殺人事件が取り上げられている。
『警察はマンションの出入り口に設置された防犯カメラの映像を元に、犯人の身元の特定を急いでおります』
ナレーションと共に、防犯カメラに記録された映像──全身黒尽くめの格好をしキャップを目深に被った男が、マンションに入って行く様子──が流れる。解像度の低い荒い映像だった。
『また、生前の被害者と親交があり親戚でもある、タレントで歌手のスイックス田花さんは、自身のブログにて悲しみのコメントを──』
ここも違ったか。
私は着実に苛立ちが募って行くのを感じつつ、またしてもチャンネルを変えた。疑問の答えを得るには最善の方法だと思ったのだが、間違っていたのだろうか?
別の局では、被害者と面識があったと言う近隣住民へのインタビューの様子が、映されていた。
──いい人だったんだけどねぇ。いつも気持ちよく挨拶してくれたし。まさか、こんな酷いことになるなんて……驚いてますよ。
──非常に残念です。お店にも何度か行かせてもらっていただけに、ショックですね……。警察には一刻も早く犯人を捕まえてもらいたいです。
──本当に不思議ですよね。あんないい人がどうして殺されなきゃならないんだろうって。……ええ、誰かから恨みを買うような人には見えませんでした。
──そう言えば、スイックス田花さんとは親戚なんですってね。又糸さんのお店でお見かけしたことがありますよ。写真やサインなんかも飾ってあって、とても仲がよさそうでした。
再び舌打ちをした。どいつもこいつも使えない奴らばかりだ。たった一言、私の疑問に答えてくれればいいだけなのに。
このままでは気になりすぎて頭がドウカしてしまいそうだ。頭の中で脳みそが浮腫んで行くような感覚さえする、ズキズキと内側から広がるような頭痛がし、血管が熱を持って脈打つのがわかった。
実に不快だ。あそこまでのことをしたと言うのに、これでは何もかも意味がなくなってしまうではないか!
私は意地になって、何度も何度もチャンネルを切り替えた。しかし、非常に腹立たしいことに、どの局も「スイックス田花の親戚」の一点張り。テレビのスピーカーは馬鹿の一つ覚えのように、そのフレーズを繰り返し続ける。
最早私は我慢の限界だった。ギリギリと歯噛みをしながら、とうとう最後の手段に出る。
無意識のように獣じみた唸り声を漏らした私は、普段滅多に観ることのないチャンネルのボタンを押した。受信料を支払わされるのが癪で、もう何年も観ていない局だった。
果たして、そこでもやはり、同じ事件の話題が──
『被害者はスイックス田花さんの母方の祖父の姉の娘の次男であるそうで──』
「この野郎!」
私はとうとう叫び声を上げながら、握り締めていた汚れた包丁を振り下ろした。錆びるのを待つばかりとなった刃がテーブルに突き刺さり、乗っていた物が驚いたように、一瞬跳び上がる。
──この無能どもが! 祖父の姉の娘の子供だと? そんなことはわかっている! 私が聞きたいのは、その続柄を何と呼称するのかだ!
完全に当てが外れてしまった。テレビのニュース番組で事件が取り上げられれば、正式な名称を聞くことができると考えたのに……。キャスターに「誰々の○○」と読み上げさせる為に、わざわざロートルタレントの親族を選んで殺したのに……。
答えは得られない。
失意に沈みきった私は、テレビの電源を切った。続いて流れたニュース──「ハト公園で開催された盆踊りの模様」など、微塵も興味がなかった。