8 想像よりずっとやさしい現実
ポケットのスマホがまたふるえた。
バイブにしてあるから音は出ないけど、夕食中ずっと鳴りっぱなしで振動が耳ざわりだ。
弟の魚の骨を取っていたママが、眉を寄せて小言を言う。
「電子機器との付き合い方、ちゃんと考えなさいよ」
「は? 鳴るのは別に、あたしのせいじゃないじゃん。いじってないのに、なにを考えることがあるのよ」
夕食の間はさわってないし、そうでなくても鳴るたびに反応してるわけでもない。ちゃんと距離をとっているのになんでおこられないといけないのか。
ママはあたしの正論にカチンときたのか一瞬顔をこわばらせ、ふうっと息を吐いてから小言を続けた。
「巻きこまれないか心配してんの。いろんな付き合い方の子がいるからね。流されちゃダメよ」
「はいはい、わかった。わかってるって」
「ちょっと、かなえ。感じ悪い」
鳴らしている相手はわかっている。さっき凛花からライングループに招待されたんだ。
そこでみんなでバレンタインの話をつめたいんだそうだ。
あんなふうに別れたのに誘い文句の文面を読むかぎり、凛花はなにも気にしていないふうだった。
自分ぬきの三人でやってと伝えるために、あたしはグループに参加した。
由美子に言わせるのは悪いし、グループの方が個別にやりとりするよりこじれないと思ったからだ。
すぐ夕食になったせいで、参加したきり一言も話はできていないけれど。
あんなに通知がくるほどやり取りが進んでいるのかと思うと、今更言い出しにくいな。
夕食のタイミング、最悪だよ。
「お風呂から出たら電源切ってよ。うちはそういうルールなんだからね」
「だからわかってる。あたし約束破ってないじゃん。なんで疑うの? ママの方が感じ悪いって。……ごちそうさま!」
どうしてぜんぜん信用してくれないんだろう。
人のスマホの使い方が悪いみたいに言ったけど、相手はママだってよく知ってるおさななじみの凛花や杏だよ。
それから礼儀正しいといつも誉めていた由美子。だれも変な使い方なんかしてない。
何も知らないくせに悪い方に決めつけて。心配してくれてるのはわかるけど、うざいし腹が立つ。
「ぼくも、ごちさま」
「だーめ。まだ残ってるでしょ」
ママは立ち上がりかける弟の肩をおさえ、スプーンで集めたひじきをすすめた。
そのすきに食器を片づけ、部屋にこもる。
スマホをいじってるのを見ると気になってまた小言を言うんだろうから部屋でいるのが一番だ。
ラインを開くとバレンタイングループの通知はすでに四十件以上もあった。
あいさつやスタンプの間に、レシピサイトをはりつけたり、買い足しの計画を考えたり、今後の予定のすりあわせなんかまで、しっかり詰めてある。
——もしかしたらかなえちゃん、不参加かも——
「かなえこないね」という凛花の書き込みに由美子が答えていた。
断るよう頼んでいたのだから当然の成り行きなんだけど、いざ目にするとどきりとする。それに対して二人はこう返信していた。
——そうなの? でも、グループ参加してくれたし、だいじょうぶじゃない? ——
——@かなえ 塾は頼めばふりかえできるから、かなえの予定に合わせられるよ——
二人の反応を見て、なぜかホッとした。二度と一緒にやらないって涙が出るほど怒っていたはずなのに、どうしてなんだろう。
必要としてくれてると思うと嬉しくて、ついつい頬がゆるんでしまう。
どこかで「あっそ、かなえは不参加ね」ってすんなり追い出されるような気がしていた。
自分から突き放したくせに、あたしなんていらないって見捨てられ、忘れられるような気がして怖かったんだ。
やりたくないなんて、興味ないふりして嘘ばっかじゃん。
ママなんか嫌いと背を向けて、抱きしめられるのを待ってる小さな子供とおんなじ。
あたしって、ほんとにめんどくさいな。
こっちこそ、ちっとも杏たちのことを大事にしてなかったのに。
連絡も取らず、今年はあたしたちだけで作ってもいいんじゃない? なんて平気で言っていたんだから。
きっと自分が平気でひどいことをしてるから、人にもされるって思っちゃうんだ。
同じようにされたら傷つくのに。
——ゆっくり作れるとしたら、やっぱ土曜日じゃない? ——
ラインを送ると、すぐにいいね! とスタンプが三つ入った。