11 あたしのともだち
キラキラと細かなラメの反射するグロス。
オレンジ色のキュートなマニキュア。
リボンをかたどったロマンチックなチークケース。
お姫様になろうよ、ドレスを着て舞台に立ったあの頃みたいに。
色とりどりのコンペイトウのように甘くてかわいいあこがれの世界が、テーブルの上から誘いかける。
「杏、凛花。悪いけどあたし、そういうのは……」
声を絞り出すと、凛花がすごいいきおいでさえぎった。
「なに言ってんの。かなえが一番こういうの好きだったじゃん。化粧だって真っ先にはじめると思ってたのに。なんなの。だっさいかっこうばっかしてさ」
四年生までのあたしなら確かに凛花のいうとおりだ。
コーディネートを考えるのが大好きで、それだけでワクワクしていられた。
思いどおりにならないくせっ毛だっていつかうまくまとめて見せようと、ママに動画を見せてもらって練習してた。
でも今はあのころのあたしとはちがう。広がるくせ毛をギュッとしばりつけ、身体のラインをひろわないくすんだ色の服を選ぶ。
もう二度と、身のほど知らずのイタイ子だって笑われたくないから。
「人は変わるんだよ。あたしはもう、そういうのには興味がないの」
「ウソ。そんなはずない」
「決めつけないで。あんたたちになにがわかるって言うの?」
とがった声が飛び出して、やかましかったリビングがシンとなる。
杏はあたしの乾燥してガサガサになった、みにくい魔女のような手を取った。
「わかんないけど……でも今日くらい、いいじゃん。せっかく持ってきたんだし。かなえは私と肌の色が近いから、しっくりくると思うんだよね。ほら、これなんかよくない? ほら。絶っ対、似合う」
テーブルの上からバヤリースオレンジのマニキュアをつまみあげ、爪の横にならべてみせる。
「どこがよ。そんなの、かんちがい女と思われる」
「なにそのひどい思いこみ。ぜんぜんそんなことないから。ぬってみようよ。ほら」
なにがおかしいのか杏がぷっとふき出して、あの日の上級生の姿が重なった。
——もしかして、自分のことかわいいって思ってる? ——
「ちょっ……あぶないよ。どうしたの?」
目を見開いた杏と目があって、自分がマニュキュアのびんをはじき飛ばしていたことに気がつく。
「昔とは違うの! あたしにかわいいものなんて似合わない。化粧なんかしたら、それこそ女装みたいになんだからっ」
「はぁ? なんの冗談よ。男になんか間違いようがない身体して」
「だから、それが嫌なんじゃん」
飛んで行ったマニキュアを拾い上げた凛花をにらみつける。
なにしてんだろ、あたし。一人であばれてバカみたい。
二人ともびっくりして固まってる。なにも知らないんだから、意味がわからないよね。
あたしがだれにも言わなかったんだ。
あの時のことは、ママにも、友達にも、先生にも言えなかった。
男の子からイタイかんちがい女と思われてる恥ずかしい子だって、知られたくなかったから。
知ればきっと、手放しでほめてくれてた杏や凛花の目が覚めてしまう。
本当のあたしは恥ずかしい子なんだってわかってしまう。
凛花が口をとがらせる。
「そんな怒ることないじゃん。なんなの。意味がわからないよ」
「とにかく、よけいなお世話。化粧のことだけじゃない。バレンタインのことだってそう。勝手に気持ちを決めつけられて、ずっとずーっとうんざりしてた。ほっといてほしいんだよ。土足でふみこんで、かき回さないで」
とうとう言ってしまった。とたんに杏の大きな瞳が涙に覆われる。
「ズルいよ。言われたからってすぐ泣いて。あたしが悪いみたいじゃん。いっつもそう。あたしの気持ちは無視するくせに、自分ばっか……」
素直に泣いてズルい。傷ついたって顔してズルい。
あたしはずっとがまんしてきたのに。こんな簡単に、泣けば許されると思って。
……違う。杏はそんな子じゃない。
「だって。かなえが辛いと私も悲しいから」
杏は鼻をすすって泣きくずれた。
私も悲しい? なにそれ。そんなことで泣いてるの? ひどいことを言われてショックだったからじゃなくて。
凛花は石のように固まってだまりこんでいる。責められているように思えて余計なことを口走ってしまう。
「あんたたち、何度言ってもまともに聞いてくれないから、正直ウザい」
言い過ぎだ。この言葉は全部がほんとってわけじゃない。いつもいつもじゃないんだ。
なのに、どうしてこんな言い方になっちゃうんだろう。
がまんしてきたことを伝えたいだけなのに。
杏は泣いてるし、凛花はうつむいてて……まるでこっちが一方的にいじめてるみたいだ。
ピンクのエプロンをかけた由美子が、大きな耐熱ボールをかかえてリビングにもどってきた。
「おまたせ。ごめんね。湯せんに使える大きさのはふだん使わないから物置にしまってあって……どうしたの?」
由美子は目を丸くしてあたしたちを交互に見た。とびらを開けるといきなりクラスの反省会みたいになっているのだ。それはおどろくだろう。
凛花は由美子をチラリと見て、あたしに向き直った。
「かなえ、スカートはかなくなったよね。服の色も地味になった」
みんながあたしに注目する。
「あんたになにがわかるのって言うけど、知るわけないよ。なにも教えてくれないし。そのくせわかってくれないって責めるのはズルくない?」
凛花のいうとおりだった。
なにも言わないでもわかってほしいなんていうのは、うちの弟みたいな幼児さんがすることだ。
あたし自身が「たたかないで口で言う!」なんてえらそうにしてきたというのに、恥ずかしい。
それでも知られるのは怖かったし、それと同時にわかってくれないことにどうしても腹が立ってしまう。
あたし、めちゃくちゃだ。いったいなにを期待しているんだろう。
杏がつらそうに顔を上げる。
「かなえが何か抱えてるんだろうなっていうのはわかってたよ。だから私、元気にしてあげたい思って。かなえの好きだったこと、楽しいことでいっぱいにして、嫌なことを忘れさせてあげられたらって。だけど私はバカだから、ウザいことしか……できなくて」
最後はしゃくり上げるみたいになった杏を見て、ローテーブルの上にもどされたオレンジ色のマニキュアに目を落とす。
そっか。杏はただ私に元気を出してもらいたくて、準備してきたんだ。
喜んでもらおうと思って、サプライズだって、気持ちを盛り上げようとして。
その姿を思い浮かべると胸が痛んだ。
由美子はかかえていたボールをテーブルに置き、あたしたちを一人一人見た。
「私は、無理に話さなくてもいいと思う。きっと何か理由があるんだってことは、みんなわかってるんだから。でも、もしもかなえちゃんが聞いてほしくなったら……いつでも準備はできてるよ」
あたしのともだちはみんな、優しい。
「うん。その時は、まじめに聞くからね。自分の気持ちを押し付けたりしないよう気をつける」
「……私も、イジって悪かったよ。服のこともバレンタインのことも」
杏が姿勢を正して宣言すると、凛花もそれに続いた。




