過
いきなり彼を押し倒したとき、当然彼は驚いていた。
背後で髪の長い女が井戸から出てくるシーンが繰り広げられている。この映画最大の山場のはずだ。彼の視線もすこしばかりそちらを向いている(怖がりの癖に、こういうものをみてしまうのは、やはり私と同じだった)
驚くのはあたりまえだ。私もこんなことをされたら驚くよりもまず怖い。
けれど彼は冷静な人だから、私の行動を理解しようとした。
それが結果的に秘密を言うことになった原因だった。
理解をしようとした彼は、私の手に握られているものを直視してしまった。
彼の、トラウマを引き出すきっかけとなる、自分に向けられた先のとがったスプーンを。
金属特有の光沢が、私の手の中で鈍く光った。
彼は小学生の頃、いじめを受けていた。
私たちの通っていた学校は、先生が優しく、いじめを許さない姿勢だったので、それほどひどいことはされなかったようだが、無視を筆頭に、あらゆるいじめを制覇したと彼は豪語していた。
その中のたったひとつ、一番過激なものが、彼のトラウマを作ってしまったらしかった。
私はいじめに荷担もしなければ、いじめを止めることもしなかった。いじめられるのが怖いから、というのは考えたことがない。私にとって大切なのは目だけで、誰がいじめられても世界から目が消えなければどうでもよかった。
あるいは、いじめと言うものにまったく気づいていなかった節もある。
彼によると、いじめられて無視されている子にも普通に話しかけていたらしい(この、話しかけられた子が彼だった)。
彼はそのとき、ちょうど精神が不安定で、自殺も考えている頃だった。
いつもはなんでもないと思えるようなことでも、すべて自分の存在を揺るがす大きなことだと感じてしまい、ああ死にたいなぁとずっと思っていたそうだ。
大勢の人に存在を認めてもらえないというのは、相当に苦痛らしかった。
そんなとき私に話しかけられた、と、彼は薄く微笑んでいった。
目がキラリと光った。私は興奮した。
私に話しかけられて、存在を認められて、落ち着きを取り戻してきた彼は、私のことをよく見るようになったらしい。
授業中の意識が飛んでいる姿(いつでも思いを馳せる対象は決まっている)だとか、友達と談笑している姿だとか、少し眠そうにして掃除をしている姿だとかを。
それはとても楽しいことだった、と、彼はまた微笑んで話した。
それを、調子に乗っている、と思われたらしい。
私にはその感覚は理解しがたい。そもそも調子に乗る、ということが分からないが、(言葉ではなく感覚として)いじめていた側はそう思ったらしく、強行手段に出た。
彼に刃物を突きつけたのだ。
小学生は、子供だ。
経験の浅い時期だ。
やってはいけないこと、これをやると痛いとか、こうすると失敗するとか、色々なものの判断力がつききっていない(大人でもまれにそういう人がいることも事実だけれど)頃だ。
人に刃物を向けてはいけません、といわれて従っているものの、意味がよくわかっていない頃だ。
刃物を向けられた後どう言うことが起こるのかも、想像しにくい頃だ。
彼は刃物(図画工作用のカッターナイフだったそうだ)を突きつけられたとき、恐怖も何も感じなかった。
刃物で手を切った記憶がなかったからだろうな、と苦笑して彼はいった。
刃物を向けた子も、その行動を、いじめの一種、無視の延長線上にあるものとしか認識していなかった。
だから事件が起きた。
あんなにたくさんの血をいっぺんに見たのははじめてだった、と彼は笑った。
結果的に、そこでいじめは打ちきりになったそうだ。
いじめていた方も、軽い気持ちでやっていただけで、こんなことになるとは思っていなかったらしい。
その子(彼をいじめていた子)の親は厳しい人で、その子自身に、彼がしたのと同じ大きさの怪我を作らせた。痛みの恐怖を知らないその子は、素直に従い、傷を作り、火がついたように泣きわめき、彼に謝罪したそうだ。いじめていたこの家庭はいっても分からないやつには実力行使主義だったらしい。




