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美女二人、危険なデュエット

視界が、ぼうっと光っている。


あたしは、どのくらいあの暗黒の中にいたのだろう?


身体が重い。全身の感覚が失われている。


ここは、どこだろう?


どこからか、微かな騒めきが聴こえてくる。


小鳥の鳴き声?耳を澄ませてみると、確かに小鳥の囀りの様だ。


これって、夢?あたしは夢の中にいるの?


そうか、そうなんだ。昨晩からあたしが体験したと思っていた、到底信じがたい怪異も、異次元の世界も、そして、突然奪われた唇も・・・全て夢なら説明がつく。


これが夢ってことなら、やることはひとつ。夢は必ず目覚めて終わる。


全力で意識を集中させて、覚醒を試みる。うん、いけそうだ。


瞼をそっと開いてみる。


眩く煌めく陽光。視界に広がる新緑。爽やかな風が、あたしの肌を優しく撫でる。


微かな甘い香りが、鼻腔をくすぐる。


首を巡らせると、あたしの身体がいる場所が判った。


小高い丘の上。あたしの周りには、綺麗な花が咲き乱れている。


「眼が覚めたようね。」


不意に、あたしの傍で声がした。優しく歌う様な美しい響きの声音。


声の主を探す。あたしは、ハッと息を呑んだ。


黄金色の長い髪。碧い瞳。桜色のレース編みの衣服を身に纏った、絵画のアフロディーテかヴィーナスの様な、要するにこの世のものとも思えない美しい女性が、こちらに微笑みかけていた。


「・・貴女は?どうしてあたしはこんなところに?」


「何も覚えていないのね。無理もないわ。貴女は突然、空から光と共に現れたの。村の伝承の通りにね。」


「伝承?あたしが空から現れたですって?一体どうなっているの?それに、ここはどこ?」


すっかり混乱したあたしは、縋る様に目の前の女性に答えを求める。


「ここは、ラヴォンヌ村よ。ミルビアン城下のね。伝承というのは、村に古くから伝わる話で、世界に闇が増大して国が存亡の危機を迎えるとき、天界よりひとりの巫女が舞い降りて、奇跡を齎すというものよ。見たこともない様な貴女の服は、きっと天界のものなのね。」


謂われて、あたしは改めて自分の恰好を再確認した。宵闇市警察の制服。良かった。これは、変わっていない。あたしの認識を、辛うじて現実に繋ぎ留めてくれる。


・・・でも、やっぱり。この世界は、変だ。あたしの知る限り、宵闇市にはこんな場所はない。流行りの体験型テーマパークだろうか?そんなのが近隣の都市にもあるとは聞いたことがない。あたしがこんなところにいる筈がない。まだ、夢の続きを見ているのだろうか?


「巫女様。私の家にご案内いたします。ここにいては・・・」


急に真剣な顔になった彼女が言い終わらないうちに、遠くから怒声が聴こえてきた。


「居たか!?」


「いや、後は丘の上だけだ!探せ!」


会話の内容から不穏な空気が明確に感じられる。


「いけない!帝国兵が来たわ!早くこちらへ!」


「帝国兵?ちょっと!何が何だか!」


声とは反対方向へ駆け出した女性に手を引かれ、あたしは躓きながら必死に着いていく。


暫く走って、丘の下の森の木立を抜けると、美しい白壁と紺碧の屋根の家が見えてきた。


「着いたわ。ここが私の家です。さあ、中へどうぞ。」


ドアを開けた女性に促されて、あたしは家の中に足を踏み入れた。


室内には、質素だけど気品の感じられる調度品が並び、花瓶にはさっき居た丘の上に咲いていたのと同じ、綺麗な花が飾られている。


部屋の奥から、か細い声が聴こえてきた。


「エルザや、帰ったのかい?」


「ええ、お母さま。ただいま帰りました。」


どうやら、この女性の母親の様だ。そして、女性の名前は、エルザと言うらしい。


「おや、お客さんかね?あんた、エルザのお友達かい?」


覚束ない足取りで歩み出てきたお婆さんが、あたしに話しかけてきた。


「えっ?あの、あたしは・・・」


あたしが戸惑っていると、女性が後を引き継いだ。


「お母さま、この方は村の伝承にある天界の巫女様よ。遂に降臨されたの。ゴルゾード帝国兵から匿わなくてはならないわ。」


天界の巫女。まるで、ファンタジーゲームの世界の登場人物だ。しかも、それがあたしのことですって?もう判った。これは、完全に夢だ。しかも、覚める気配がない。


でも、夢ってことなら、もうこの世界を目覚めるまで楽しんじゃおう。ゲームの世界に入り込むなんて、VRでもここまでのクオリティのものはない。・・多分。


「ねえ、‥エルザさん?さっき言ってた帝国兵って、ひょっとしてあたしを探してたの?」


「そうです。ゴルゾード帝国皇帝の命令で、帝国の権威を脅かす可能性のあるものは全て帝国兵が捕えて帝国領のマゴラ監獄に収監されることになったのです。連中はこのラヴォンヌ村にもやって来て、天界の巫女の伝承を村長から訊き出しました。天界の巫女、つまり貴女の存在が闇の力を得て領土を拡大していると噂される皇帝の絶大な権威を脅かすものであると判断した彼らは、貴女が降臨したら即座に捕えようと目を光らせていたのです。」


・・・随分と壮大な話になってきた。要するに、あたしはこの世界を救うために天界から遣わされた巫女ってことらしい。


こんな夢の筋書き、あたしの深層心理が求めていたのかな?ストレスの多い日常を送っているからだろうか?


そういえば悩み事も多いタイプかもしれない。マイペースで悩み事なんてなさそうなめぐみでさえ、あの子はあの子なりにペットの子猫の病気とか世界の動物たちが直面する環境危機のことなど、いろいろ悩んでるし。あたしに至ってはなおのこと。


先日の合コンで知り合った男は見栄ばかりで碌なもんじゃなかったし。紛い物のお飾りみたいな安っぽい肩書でホイホイ引っかかる様な美雪様ではありませんよーだ。あたしの理想は高いのである。本物のいい男しか認めない。例えば?


不意に、直前の記憶が蘇ってくる。白銀の髪。新緑の瞳。妖しい美形。唇に残る感触は、とても夢とは思えないほどリアルで。必死に打ち消した。容疑者に心乱されるようでは、警察官は務まらない。


だけど、あれも夢ってことなら、あたしはきっとまだ当直室で爆睡中なんだ。あたしってば、ストレス過多な上に、欲求不満だったっての?恥ずかしくて死んじゃいそう。


「・・・巫女様?どうかなさいましたか?」


いきなり声をかけられて、びくっとしてしまった。・・・すっかり自分の世界に入ってて失念してた。


「ううん、なんでもないの。ほほほほ。その、ゴルゾード?皇帝って奴、どうやら相当のワルのようね。一発かましてやるべきかしら。」


とっととラスボスを片付けて、こんな夢の世界からおさらばしよう。


エルザさんの表情が硬くなった。


「それができるなら、私の恋人も死なずに済んだのですが。」


哀しそうな顔で瞳を伏せて、肩を小さく震わせながら、か細い声を絞り出す。


「彼は、ミルビアンの領主でした。帝国の領土拡大のために侵攻してきたゴルゾール皇帝の支配を拒み、領民の生活を護ろうとしましたが、それが元で処刑されてしまいました。」


ゴルゾード、許すまじ。典型的な映画やゲームのラスボスって感じ。


「彼は、領主として民のことを心から思い遣っていました。このラヴォンヌ村も、彼の庇護下で穏やかな生活を享受してきました。干ばつの際にも、村が飢饉に悩まされずに済んだのは、彼の研究していた新しい農法と、ホルムンド山に彼が築いた堰のお陰です。」


その彼ってば、有能。それこそ本物のいい男ってものだろう。


「皇帝には、弱点ってないの?闇の力を得たやつなら、例えばほら、聖水とか?」


「それは彼も調べていました。皇帝の得た闇の力に対抗するには、光の力が必要です。神の奇跡と呼ばれるものです。」


「それよ、それ。その神の奇跡ってやつで、皇帝をパパっと片付けちゃえば。」


「そう簡単なことではありません。光の力の源は、ホルムンド山を越えて、険しいヴィラレス山脈の奥深くに在る、古の神の神殿の祭壇です。そして、そこに辿り着いても、光の力を得るには、鍵となるものが必要です。」


「その鍵って?」


「それは・・・」


何か、言いにくそうにエルザの口が重くなる。うー、気になるじゃない。


「ひょっとして、生贄が必要だとか?」


カマをかけてみる。


エルザの瞳が見開かれた。どうやら、図星らしい。


「その通りです。古の神の神殿の祭壇に、清らかな聖女の魂を捧げることで、神器に光の力が宿ります。光の力を得た神器で、闇の力を得た皇帝の生命を司る宝玉を打ち砕くことで、皇帝は永遠の命を失います。」


永遠の命。ベタな設定だけど皇帝、ちょっとだけ羨ましい。男どもが見惚れるあたしの美貌は永遠に残すべきよ。うん、絶対。生贄なんてやだ。


「つまり、あたしが祭壇に捧げられる生贄って訳ね。」


「そうではありません。その聖女とは、・・・私のことです。」


意外な展開。そうなんだ。エルザが生贄。夢の登場人物とは言え、助けてもらった人が生贄にされるなんて、あまり気分のいいもんじゃない。


「そんな。何とか他に手段はないの?」


「・・・ありません。貴女をお待ちしていたのも、そのためです。」


「どういうこと?」


「生贄として神の祭壇に魂を捧げるのは私の役目ですが、その儀式に依り光の力を得た神器で皇帝の宝玉を打ち砕くことができるのは、天界の巫女である貴女です。」


またまたベタな設定。最早王道RPGの域だ。でも、あたしの夢ってことは、あたしの発想がそのレベルってことだ。RPGは子供の頃弟がプレイしてたのを横から奪い取って、結構ハマってた。


「あーはいはい。そういうことね。でも、エルザ。貴女を犠牲にしなくてすむ方法をあたしは探したい。で、邪悪な皇帝は、あたしが責任を持って必ずぶっ斃す。それでいいわね?」


「その様な方法があるとは思えませんが、有難うございます。私の家系は代々お役目を果たすことを使命として伝承を受け継いで来ました。ですから、私には幼い頃から覚悟はできています。それに、あの人を喪ったときに、私はもう死んだも同然です。何も恐れるものはありません。」


「そう・・・よっぽど愛していたのね。だけど、最後の最期まで、生きることを諦めちゃダメ。その彼も、貴女が生きて幸せでいることを願っている筈よ。」


エルザの眼から、涙が溢れた。きっと、亡くなった彼を想い出したのだろう。


皇帝め、愛し合う恋人たちを不幸に陥れるなんて、きっとモテない腹いせか何かで世界征服を始めたんだ。なんて暗い奴。絶対、全力を込めてぶっ飛ばしてやる。


「エルザや。巫女様の仰る通りだよ。」


うわっ。びっくりした。ずっと黙ってたから、すっかり存在を忘れてた。エルザのお母さんが、慈愛に満ちた優しい表情でエルザに語り掛ける。


「お前には、小さい頃から一族の女が担う使命のことばかり教え込んできた。その所為でお前は、心から笑うことがない子供時代を送っていたね。でも、領主様と出逢ってからは、本当に幸せそうに笑えるようになった。なのに、皇帝の所為で、お前はまたあの素敵な笑顔を失ってしまった。もし、巫女様の仰るような、お前が犠牲にならずに済む方法が見つかるのなら、私はそれを巫女様とお前に探して欲しい。皇帝を倒して、村にも平和が戻ったなら、今度こそお前には幸せになってもらいたい。きっと領主様もそれをお望みだよ。だって、あんなに優しかった領主様が、お前の犠牲をお喜びになられる筈がないじゃないか。」


「お母さま・・・。そう・・。そうね。私は、巫女様と一緒に、最後まで諦めずに、私も助かる方法を探してみるわ。彼の遺したミルビアンの国を、また人々の笑顔の溢れる素晴らしい国にするために、私も生きたい。」


涙を拭いて顔を上げたエルザの表情からは、凛とした決意が感じられた。それを見て夢だって判ってるのに、ウルっと来てしまった。


「エルザ、貴女って強い人ね。領主様が貴女に惚れた理由、解る気がするわ。」


その時いきなり、玄関のドアが強い力で乱暴に叩かれた。


「家の者はいるか!?ドアを開けろ!訊きたいことがある!」


ドアを叩く音と同じく乱暴で大きい声を響かせているのは、帝国兵だろう。あたしがいることを嗅ぎつけて来たのか?結構、緊迫感ある展開だ。


「巫女様!帝国兵です。部屋の奥の暖炉に、秘密の抜け道が在ります。そこから、村外れの水車小屋に抜けられます。お急ぎください!」


「後は私が何とかするよ。巫女様、エルザのこと、宜しくお願いいたします。さあ、2人ともお行き。何が起ころうと決して振り返るんじゃないよ。」


エルザの母親に促されて、私はエルザと部屋の奥に進む。暖炉の上に掛けられていた剣を手に取り、エルザはそれを腰に佩いた。そして、煉瓦造りの暖炉の煉瓦を幾つか順番に押し込むと、暖炉の奥に暗い空洞が開いた。どうやら、これが抜け道らしい。


「さあ、巫女様。こちらに。」


「解った。」


エルザに続いて抜け道に潜り込む寸前、部屋の中に小さな肖像画が収められた額が飾られているのが見えた。気品の感じられる佇まいの男性。鮮やかな金髪。優しげな表情。ひょっとして、あれが、領主様?うーん、いい男。


「巫女様!」


「解ってるって!」


あたしは慌ててエルザの後を追う。空洞の中の石段を下り、暗い通路で躓きながら、小走りに出口を目指す。


背後で悲鳴が聴こえた。エルザの母親!帝国兵にやられてしまったのだろうか?


帝国、とことん悪辣過ぎるんじゃない?


「もう少しで水車小屋です。巫女様。」


エルザ、母親の悲鳴は聴こえていた筈。どうやら必死で動揺を抑え込んでいる様だ。


暫く進むと、小さな扉が在った。そこを潜ると歯車が組み合わされた機械部屋の様な空間に出た。水が流れる音が聴こえて来る。


「着きました。ここが水車小屋です。」


一息つく。走り続けてちょっと疲れた。ホント、この夢ってばリアル。


「ねえエルザ、これからどうするの?」


「これから、旅の支度を整えます。隣のギルミッド村には、まだ帝国の手は及んでいません。そこで、鍛冶屋のメルビンから装備品を購入して、馬車でホルムンド山を目指します。」


「あたしたち2人でやるってこと?」


RPGならパーティメンバーを集めるところだけど、そういうのってないのかな?


「厳しい旅になります。途中のギュンター砦では、領主様が信頼を置かれていた教会の神官と合流して、用心棒を雇うこともできますが、それまでは私と巫女様の2人です。」


やっぱり、パーティメンバーを集めるらしい。神官以外にも戦士とか魔法使いとかもいるんだろう。


「それじゃあ、取り敢えず、その隣村を目指しましょう。さっさと片付けたいわ。」


「頼もしいお言葉です。巫女様。それでは参りましょう。」


機械部屋から階段を上り、水車小屋の中に出て、ゆっくり動く水車の作業音を聞きながら扉を開いた。


「!」


そこには、異様な集団が待ち構えていた。全員、禍々しい瘴気を纏った様な暗黒の色の鎧を身に着けている。全身から立ち上る怪しい紫色の陽炎が何とも不気味だ。


「知らぬと思ったか?馬鹿な女どもだ。」


ひと際目立つ巨躯の男が、醜く歪んだ嫌らしいニヤニヤ笑いを浮かべて声をかけて来た。あたしにその臭い口で話しかけるな。


「お前、処刑人ゲルビン!」


エルザの双眸が怒りに燃える。


「ほう。俺様が処刑したあの領主のことがそれ程愛おしかったか。・・・その憎悪に満ちた眼。堪らなくゾクゾクするぜ。」


挿絵(By みてみん)


なんて下衆野郎。こいつがエルザの領主様を処刑したんだ。MAXレベルの生理的な嫌悪感を感じる。


「処刑したときの領主の表情をお前にも見せてやりたかった。恐怖と絶望で必死に命乞いをする無様な泣きっ面をな。」


「黙れ!」


エルザが激昂して腰の剣を抜き放ち、最愛の恋人を侮辱した処刑人ゲルビンに斬りかかった。いいわよ、あたしが許す。エルザ、そんな奴斬っちゃえー!でも、次の瞬間ゲルビンの両脇に控えていた黒衣の兵が即座に反応した。短剣と短槍を十字にクロスさせて、エルザの剣を受け留めた。


「くっ!」


「俺様を殺したいか?そういう女をじっくりと嬲ることこそが最高の快楽を俺様に齎してくれるのだ。」


ゲルビンはエルザを舐める様に見ながら舌なめずりをする。うげっ。最悪。


そして、真っ黒な鋼鉄製と思しき棍棒を、エルザのボディに叩きつけた。


「きゃあっ!」


堪らず吹き飛ばされるエルザ。何てことを!こいつは、もう許せない!


「そこまでよ!両手を挙げなさい!」


あたしは拳銃をホルスターから抜いて構えていた。


「何の真似だ?両手を挙げろだと?天界の巫女とはお前だな?変わった女だ。だが、帝国の脅威となる存在ならば生かしておくことは出来ん。」


ゲルビンは一切動じない。


しまった!こいつらには警察の命令も拳銃も、まるで意味が伝わらないんだ。


「その黒い鉄の塊は何だ?天界の神器とはそれのことか?それをこちらに渡してもらおうか。その後でお前もじっくり嬲ってやる。天界の巫女とやらの味を確かめさせていただくぜ。」


ぞぞぞぞ。背筋に悪寒が走った。気持ち悪いにもほどがある。こんな夢を見るなんて、何の罰ゲームなのよ!?


「ビゲン、アジール、巫女の両脚の腱を斬り裂け。身動きを取れなくしてから駐留基地に連れ帰り、拷問室で天界のエキスを抽出するのだ。天界の巫女のエキスを呑めば、俺様も力を得ることができる筈だ。皇帝陛下だけが永遠の命を得ているのでは、俺様が永遠にお仕えすることが叶わぬからな。」


凄まじいこと、言ってる。もうダメ。もう我慢できない。


ゲルビンの命令を受けて、あたしに迫ってきていたビゲンとアジールに狙いを定めて続けざまに発砲した。一発ずつ、眉間に正確に。あたしは署内の射撃コンクールで優勝したこともあるのだ。絶対外さない。それに、これは夢だ。威嚇射撃も必要ない。


「ぐっ!」


「うっ!」


眉間から血を噴き出して、ビゲンとアジールは斃れた。脳幹を撃ち抜いたから即死の筈。


ゲルビンの顔色が変わった。明らかに狼狽えている。


「何だ!?一体何をした?」


あたしは、その隙に倒れているエルザに駆け寄った。身体を抱えて、そっと起こす。


「エルザ!大丈夫?立てる?」


「・・ええ。巫女様。何とか立てます。でも、今のは一体?」


「天界の秘密の武器ってところね。魔法みたいな力が込められてるの。」


本当は警察の制式拳銃で、物理学の範疇にあるものだけど、ファンタジー世界の住人にそんなこと言っても解らないだろうから適当に言っておく。


「おのれ!よくも俺様の腹心の部下を殺ってくれたな!!貴様らはもう生かしてはおかん!者ども、封殺の陣形を組め!天界の神器に気をつけろ!」


狼狽えていたゲルビンが、怒りで顔をどす黒く染めて怒鳴り散らす。


周囲に散らばっていたゲルビンの残りの部下たちが、あたしたちを取り囲む。


「エルザ!あたしと背中合わせになって!」


「!はい!巫女様!」


互いに背中を預け合う姿勢で、敵の封殺の陣形に対応する即席の防御の隊形を執る。


素早く周囲の敵兵の数と位置、武器の種類とリーチを確認する。


ヒリヒリ灼け付く様な緊迫感。こんなの、はっきり言って映画でしか観た事ない。


これまでの警察官人生では経験したことのない修羅場。


美女二人の危険なデュエット・バトル、ここに開幕!


「殺れ!」


「ヒュオーッ!」


「シェヤーッ!」


ゲルビンの号令で、口々に奇声を発しながら周囲の敵兵が襲い掛かって来る。


「エルザ!背中を軸に回転して!絶対懐に入らせないで!」


「解りました!」


くるくると位置を変えて回転しながら、あたしは拳銃で敵兵の急所を撃ち抜いていき、エルザは剣のリーチを活かして振り廻し敵兵を間合いに寄せ付けない。


挿絵(By みてみん)


このバトル、華麗過ぎる!めぐみにも見せてやりたい。あたしってば、アクションスターの才能、あるんじゃない?天はあたしに二物をも三物をも与え給うた。


そうこうしているうちに、敵兵はあらかた斃れていた。


残るは________!!!!


ゲルビンは余裕が完全に失せ、蒼白な顔に脂汗を垂らしていた。


膝まで震えてる。失禁してるかも。ほーほほほ。ざまを見さらせ。


「お・・・おの・・れ!」


声が掠れていて迫力など欠片もない。


「エルザ。・・・後は、貴女が。」


あたしは、静かにエルザにバトンを渡した。


「はい。有難うございます。」


ゲルビンに向き合い、剣を構えるエルザ。殺気がゆらゆらと立ち上っている様だ。


黒衣の処刑兵たちの邪念とは異なる、鮮烈なまでの怒りのエナジー。


じりじりとゲルビンとの間合いを詰めていく。


後退りしながら、引き攣った顔でゲルビンが震える声を絞り出す。


「ま、待ってくれ。俺様は皇帝陛下の命令で仕方なく領主を処刑したんだ。何も好き好んで拷問にかけて処刑した訳じゃない。頼む、見逃してくれ!」


どの口が!見苦しいにも程がある。時代劇の悪役並みの往生際の悪さで、はっきり言って反吐が出る。


「お前だけは・・・・赦さない!領主様の仇!最期に言い残すことはあるか!?」


「待て・・・待てよ!待ってくれ____!」


裂帛の気合と共に、渾身の力を込めた一撃をエルザがゲルビンの脳天に振り下ろした。


「聴くつもりなど、ない___」


顔面が二つに裂けて、ゲルビンの巨躯はドウッと音を立てて仰向けに崩れ落ちた。


「終わったわね。エルザ。」


あたしはエルザに声をかけた。エルザは、肩を大きく震わせて息をしている。


「ようやく___あの人の仇を___!」


天を仰いで、エルザは遠い目をしている。


そして、決然とした表情で続ける。


「・・・いいえ。私の闘いはまだこれから。巫女様、ゴルゾード皇帝を倒すまで、どうかこの世界にお力添えのほど宜しくお願いいたします。」


これなら、エルザはもう生きることを諦める様な心で使命に臨んだりはしないだろう。何だか、安心した。夢の中のことでも、もう他人に思えない。めぐみとは違うけど、エルザも生死を共にした大事なバディだ。って、夢だけど。


「判ったわ。エルザ。あたしなんかの力でも、この世界を救えるのなら幾らでも貸してあげる。」


思えば、あたしが警察官を志したのは、困っている人々を救いたかったからだ。


遡れば、子どもの頃に弟から”借りて”プレイしたRPGの勇者の様に世界を救うことを夢見ていた時期もあった。それで、今こんな夢を眠りながら見ているのだ。そう、これは、夢___。


唐突に、眩い光の粒子があたしの身体の周囲に渦巻き始めた。


「えっ?えっ?」


「巫女様?」


無数の光の粒子に巻かれたあたしの身体が、ゆっくりと宙に浮かんでいく。


世界の全てが、溶け合い混ざり合う様にして境界が曖昧になっていく。


「_____!」


エルザの声も、聴きとれなくなり、やがてあたしの意識はこの世界を完全にロストした。

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