紫式部という人物について作者なりの評伝
もしもこの人物を大河ドラマにするなら…。
名前
紫式部
よみかた
むらさきしきぶ
職業
女流作家、歌人
備考
代表作は『源氏物語』
生没年
生没年不詳
基本的に生没年不詳の人物は、正確な生没年は特定できないが、紫式部に関しては、970年から978年生まれで、1016年頃まで生きていたと考えられているようだ。
時代区分
平安時代
アピールポイント
平安時代の女流作家、歌人として現在も知られるが、同時代の女流作家、歌人の清少納言とはライバル関係だったという。
特に清少納言に対しては、ほとんど陰口ともいえるほどの辛辣な批評をしていたという。
紫式部と清少納言には面識は無かったというが、紫式部は清少納言のことを一方的に嫌っていたようなふしがある。
なぜ一方的に嫌っていたのか、その理由はわからないが、とにかく辛辣な批評だったという。
これは作家、歌人としてなのか、あるいは女としてなのか…。
諸説あり、事実かどうか疑わしいなどといったことが数多いので、むしろ和風ファンタジー、フィクションの創作などとして書いてみるのも、差し支えないかもしれない。
藤原宣孝と結婚するも、1001年【長保3年】に結婚から3年ほどで夫と死別する。
その悲しみを忘れるために、『源氏物語』の執筆を始めた。
1008年【寛弘5年】に『源氏物語』は完成する。
『源氏物語』は主人公の光源氏を中心として、周囲の女たちとの恋愛や、栄光と没落、宮中の権力争いなどが絡んだ物語として、現在も知られている。
なお、藤原道長に宮中に呼ばれた時に、宮中の様子を描いた『紫式部日記』も書いている。
実は藤原道長の妾というか、愛人だったのではないかという説もあり、『源氏物語』の光源氏のモデルとなった人物は、藤原道長だった、というのは定説になっている。
もしも作者が平安時代に行ってみたら
作者「紫式部さんと清少納言さんですね。
私は1000年後の平成という時代から来た者ですが。」
紫式部「私が紫式部ですが、なんでしょう。」
清少納言「私が清少納言ですが、なんでしょう。」
作者「実は、私たちの生きている時代では、テレビというもので、大河ドラマというものが放送されているんですよ。
その大河ドラマの主人公として、お二人を取り上げてみようかと思いまして。」
紫式部「私の『源氏物語』は、あなたの時代では知られていますか?」
清少納言「私の『枕草子』は、あなたの時代では知られていますか?」
作者「もちろん、『源氏物語』も、『枕草子』も、1000年後の私たちの時代になっても、愛されておりますよ。」




