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砂漠の民  作者: 無夜
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砂漠の民


万界構想には、王と麾下と奴隷民しかいないため、すべてが平等化してしまう。ので、特殊地域の少数部族が町とかに消えていく。

最適解が出ないまま。異文化を愛しているから、その地の言葉や文化を守っていくのに、それでも異文化殺しになってしまう。


 執務艦は安全上、有人惑星の中で最大の砂漠の上に在る。

 しかし、そこは無人ではない。

 砂漠民に危険を与えるので(鯨の落下、テロなど)優遇処置がある。基本的に銃の所有は禁じられているのだが、砂漠民にはその規模によるが三丁から五丁の対車両ライフルが貸与され、弾丸も毎年支給される。地表の警備役を兼ね、年一人三回まで医療費全額免除となっている。

 早百合はその青年に侵略者討伐の礼を言い、医療費の免除を四回に、3親等までだった医療費免除権利譲渡を5親等まで広げた。血縁が濃いので、これぐらいにすると、部族内なら誰にでも譲れて、譲ってもらえるようになる形だ。エコ麦という栄養価は高いがあまりおいしくない麦と、エコミルク(粉ミルク)を喜んで受け取っていった。軽い病人はこのミルク粥を食べると、すぐ元気になるからと。

 過酷な土地なので、味より栄養なのだろう。

「彼は現時点で、副族長です」

 と、早百合の耳にのみ聞こえるささやきが入る。執務艦からの情報だ。

 彼は三十そこそこだろうか。副族長なら妻帯しているだろう、妾も何人もいるかもしれない。

 この手の過酷な土地では人口抑制のための女児制限はしないので、一夫多妻がわりと続く。早百合も一夫一妻を強制するつもりはない。ただ、人口爆発が怖いだけだ。

「奥方たちに」

 と、宝石。身につけられて、夏冬の過酷な高温も低温にも、身を傷つけない加工を施したネックレスや指輪を複数もってこさせると、青年はゆるく首を振った。

「いえ、その、妻帯しておりませんので」

「ああ、申し訳ないですね。ではパートナーに」

 同性愛も禁じていない。むしろ歓迎である。統治開始直後はどんだけがんばっても人口は鰻登りになるのだから、奨励したい。

「それも違うので」

 青年は身を縮めた。

 性的に機能しない病気でももっているのかと、不躾ながら真なる目で彼を見てみたが、気脈は全身にきれいに通っている。これで不能というのはありえない。

「兄が族長なのです。まだ小さいとはいえ跡継ぎに息子もおりますから。その、面倒ごとにならぬようにと」

 兄である族長は四十半ば、その息子は八歳だという。あと七年は副族長でいなくてはならないだろうし、何事かあれば子どもに任せられるような地位ではない。町ではなく、迷えば死ぬ、大砂漠に暮らしているのだから。

 配慮か。

 しかし、それはまたずいぶんな負担を弟に強いるものだ。

 早百合は不愉快に思った。

「子どもが出来て、あなたに族長になりたいと思われるのが嫌だということですかね。しかし、それでは不便でしょう。子をなさぬ女を授けます。妻帯なさい。本物ではありませんけれどね。貴方の死を看取るまで付き添いますよ」

「部族に与えてくださった連絡係のような?」

「そうです」

 緊急のときに鯨から連絡が届きやすいように、老人の姿をしたラジコン(アンドロイド)が少数部族に配置されている。老人なのは、若いよりは年をとっているほうが一目置いてくれるからだ。簡単な治療や読み書きを教える薬師と教師も兼ねている。

 青年は複雑な顔をした。

「陛下。ありがたく思いますが」

 拒否、ですって?

「なんです。……好いた女が居て、そちらも同じ気持ちなら、いろんなことはぶっちぎって添い遂げなさい」

 それぐらい男の甲斐性だろうに。そしてそれぐらいの男気はありそうだ。

 何をためらう?

「意中の女もいるわけではないので、ありがたいのですが……………」

 意を決して顔をあげた。

 早百合から見て、好ましい顔だった。焼けた浅黒い、端正な顔。異常事態を告げるラジコンの声にライフルを肩に即座にかけて、駝鳥(この地域で一般的な騎獣。っていうか鳥。早百合の世界の駝鳥に比べて首がすごく太く、サイズも大きい)に飛び乗り、あっというまに砂漠を駆けて敵を仕留めた様子は、カメラに映っていた。

 見事だった。

「私が妻帯せず、子を作らねば、兄も、義理堅いというか、私を裏切れない」

「ねじれてますね」

「陛下がこの星すべての民を奴隷民として、すべてを平等にしてくださったので、我々は町で暮らすことも可能になりました。兄は、自分の子の将来のためにも、部族のこれからのことを考えても、砂漠を捨てて町に部族ごと移りたいのです」

 嗚呼と、早百合は心の奥でうめいた。

 この問題はしょっちゅう出てくる。

 彼女が愛すべき、少数部族。砂漠、極寒の海、森林の奥地、そういったところに住む野性味の残った民族たち。

 グローバル化。平等化によって消えていく。

 どれほど苦心しても、どれほど保護しようとしても、保護すれば劣化してしまい、保護しなければ町や都市に帰化してしまう。

 ユニークはスタンダードに飲まれていく。

「私は砂漠と今の生き方を愛しています。これ以外の生き方はできません。私が妻と子を持たないことで、兄は町へはいけません。だから、いただけません」

 身内の、暗黙の綱引きなのだろう。

 犠牲にした、出来た弟。

 その最後の綱が、この一族を砂漠につなぎ止めている。 

しかしそれは。

 どちらも、自分を犠牲にしての、なんという呪いだろう。

「貴方が妻帯し、子を成し、部族を継げ。兄やそれに賛同する者は町にやりなさい」

 青年はぐっと唇を噛みしめた。

 そろりと息を吐いて。

「陛下の、ご命令、とあれば」

 血反吐のような返答だ。

 目の前の女に逆らうことは許されない。彼は戦時を知る者だ。

 砂漠を愛している。

 この生き方を愛している。

 だが、血族も愛していて。

 束縛しあった。

「義理で縛り上げても、長くは続かない。恨みごとが募るでしょう。血による連帯はなくなりますが、町へと人がゆき減った数だけ、人を補充します」

 意味がわからない顔をして、砂漠の青年が王を見上げた。

「便利さに息が詰まる者もいるということです。若者はあまり来ません。今の貴方と同じぐらいで、町での閉塞に辟易したものがくるでしょう。部族として継がれてゆくのは、そういう、異端者コミュニティーになりゆくとは思いますが。彼らに砂漠での生きるすべを伝授してください。私はいろいろ試行錯誤しましたが、特殊環境の種族の文化継承させるには、もうこれぐらいしかないのです。罪人を送り込むようなことはしません。各水場の設置、天候悪時(主に竜巻)の避難施設があるので、在る程度の体力のある者たちなら、適応できると思います。問題は貴方が、他者を、部外者を『族』として認められるのか、ということにかかっています」

「考える時間をいただいても……」

「見てきました。先細り丸ごと消えるか、有志が集って形作るか。それ以外の解が今のところ在りません。私は、すべての奴隷民に対して、私の前ではただの家畜に過ぎぬといいました。羊に、お前はここで生まれたのだから泥を食え、お前はこちらで生まれたのだから良い草を食えと言うことは、ない。ライラック砂漠に住むすべての砂漠の民は対テロ要員でもあります。抜けた数に補充が間に合わなければ、軍や治安維持隊から抜粋しておろしましょう」

「兄と相談し、一両日にお返事を」

「砂漠を捨てたい貴方の兄ではない。決めるのは、砂漠で生きたい貴方」

 どのみち、流血はまぬがれぬのだと、彼は思った。

 逃がしてやれば、よいのだろう。

 兄と甥を。

 家族を。

 血縁すべてで一丸とならねば砂漠では生き残れない、そんな時代は終わってしまった。

 先細っていくだろう。今だって、ぽろぽろと若い者は町へと逃げていくのだ。形だけでも永続させる方法を示された。自分一人ではあと二十年も持たせられない。

「陛下からのご厚意、お受けします。砂漠で生きること、我が部族に入りたいと願う者あれば、それは我が族であると」

 言ってしまえば、肩の荷が軽くなった。

 兄を縛る、罪悪感が自分をこんなにもつぶしていたのだと、いまさら思う。

 そして背負う。

 おそらくは最後の砂漠の民である贅沢な孤独を。

「意中の女がいないのであれば、私が授ける女を受け取りなさい」

「ありがたく、ちょうだいします」

 返答はわずかに堅かった。が、彼はそれを命令だからではなく、打算的に受け入れた。

 今、部族内から妻を選んでも、その女は『私も町に行きたかった』と恨む確率が高い。

 陛下が授けてくれるのは、砂漠にきちんと残る女だろうから。それは得難い伴侶である。

 子どもは、どちらかというと欲しくない。兄は子どもが出来てから、砂漠を捨てる気持ちが強くなっていった。

「明日の夜にはそちらに届けます。子を産むこともできる女です。移動していても問題ないです。族長交代に関しても私から拒否不可能な、勅命を出しましょう」

「いえ、我が家のことです。明日の夜までには、当方で話終えます」

 自分も妻子がいれば変わるのだろうか。

 彼はそのことにわずかに、怯えた。




 砂漠の青年が去って早百合はいくつもの滅んだ文化や民族を思い出した。

 本来なら千年近くかけて消えていったであろう、少数民族たちが、早百合の施政によって、安楽な都市部に吸収されて、またたくまに消えていく。

 小さな部落、細々とした営み。

 そういう小さなものを早百合は愛したのに、結果は異文化殺しになってしまう。

 異文化を愛していなければ、なぜこれほど『異世界』への侵攻を続けられただろう。

 未知。

 新しく知る常識や文化。

 それらが楽しいからこそ、千年さえも超えられる。なのに、異文化を殺していくのもまた自分だ。

「彼にはラジコンでなく、キリングを贈ってください。生殖能力をつけて。添わせなさい」

 ラジコンとキリングでは金額が格段に違う。むろん、キリングの方が高価だ。そしてラジコンは人を殺せないが、キリングは独立した思考機能があり、殺人も行える。テロに対応する可能性もあるのだから、キリングを与えるのは当然だろう。


 ああ、消えていく。


 寂しい気持ちになった。

 あれほどの有力な民族が。

 平均値に飲まれていく。


 しかし、為政者として、どうしろというのか。

 人口爆発、人権。

 理想に達する解が出ないものばかり。



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