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その時代を生きた人々 - フランス革命  作者: Miris
第6部:それでも扉は開く

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最終話:また扉を開ける朝

注記: 本作は史実をもとにした歴史フィクションです。

人物の会話、心理描写、一部の出来事の流れには創作を含みます。

史実そのものの解説は、本文最後の「櫻未來の歴史メモ」で補足します。


 ******


今回の登場人物


ジャン・ボーモン:パリのパン屋。革命の始まりから同じ場所で店を開け続けてきた。

マドレーヌ:母のためにパンを買いに来ていた少女。多くの出来事を見て、自分の声を持ち始めている。

テレーズ:市場の女性。怒りの力も危うさも知ったうえで、まだ通りに立っている。

マルセル:元兵士。王、民衆、革命、命令の間で揺れ続け、今も答えを探している。

エティエンヌ:元書記。多くの言葉を書き留めたが、記録できないものがあると知っている。


 ******


1795年ごろ、パリ。

王は消え、恐怖政治も過ぎたが、通りの名前や暦や人々の言葉はまだ揺れていた。

ジャンのパン屋は、同じ場所で朝の火を入れていた。


「まだ開かないのかい、ジャン」


テレーズの声がした。


ジャンは窯の前で顔を上げる。


「夜明け前だぞ。パンにも焼ける時刻ってもんがある」


「その台詞、昔も聞いたね」


「昔から正しいことは、何度でも言う」


扉の前には列ができていた。


長い列ではない。


短い列でもない。


ただ、人々は並んでいた。


昔と同じように。


けれど、誰もまったく同じ顔ではなかった。


マドレーヌが籠を抱えて来た。


背は少し伸びていた。


ジャンが言う。


「今日は母さんの分か」


「母さんと私の分」


「よく食べるようになった」


「食べないと、声が出ないから」


テレーズが笑った。


「いいことを覚えたね」


マドレーヌは列の後ろを見る。


「今日は、あの人たちは来ないの」


「誰のことだい」


「マルセルさんとか、エティエンヌさんとか」


「噂をすれば、だ」


通りの角からマルセルが来た。


兵士の服ではない。


古い外套を着て、空いた手をどう使えばよいのかわからないように歩いている。


「並んでいいか」


テレーズが眉を上げる。


「槍は?」


「置いてきた」


「命令は?」


「今日はない」


ジャンが扉越しに言う。


「命令がないと、パンも買えないか」


マルセルは少し笑った。


「列の後ろに並べばいいんだろ」


「覚えが早い」


マルセルはマドレーヌの後ろに立った。


「大きくなったな」


「マルセルさんは、少し疲れた」


「正直だな」


「嘘は、たくさん聞いたから」


彼は言葉をなくした。


その時、エティエンヌが通りに現れた。


手に紙を持っていない。


ジャンが気づく。


「書記殿、今日は記録しないのか」


「今日はパンを買いに来ました」


テレーズが目を細める。


「紙もペンもなしで?」


「持つと、何でも書かなければならない気がするので」


「書けばいいじゃないか」


エティエンヌは列に並びながら首を振った。


「書けなかったものが多すぎます」


マドレーヌが聞く。


「たとえば」


「扉の前の寒さ。馬車が通る時の沈黙。名前を呼ばれる前の顔。鐘が鳴らない朝」


テレーズが静かに言う。


「それでも、あんたは書いてた」


「書くことで、残せると思っていました」


「違ったのかい」


「少し違いました」


「どう違う」


エティエンヌはパン屋の扉を見た。


「残るものは、紙だけではありません」


ジャンが扉を開けた。


焼けたパンの匂いが通りへ出る。


その匂いに、人々が少しだけ前へ動いた。


「押すな」


ジャンが言う。


「順番だ」


列の後ろで男がぼやいた。


「結局、パンは安くなったのか」


誰もすぐには答えなかった。


王は消えた。


共和国の言葉は生まれた。


恐怖政治は倒れた。


それでも、パンの値段は人々を苦しめる。


死んだ者は戻らない。


疑った言葉は、なかったことにはならない。


マルセルが小さく言う。


「何が変わったんだろうな」


テレーズが肩をすくめる。


「全部、と言いたいところだけどね」


ジャンがパンを切る。


「何も、と言うには、通りがうるさくなりすぎた」


エティエンヌが頷く。


「人々は、言葉を覚えました」


テレーズが返す。


「言葉は、刃にもなる」


「はい」


「でも、黙ってるよりはましな時もある」


「はい」


マドレーヌの番が来た。


ジャンがパンを渡す。


「今日はこれで足りるか」


マドレーヌは重みを確かめる。


「足りる」


「明日はわからんぞ」


「うん」


「昔なら、そこで泣きそうな顔をしてた」


マドレーヌはパンを籠に入れた。


「昔は、買えなかったら帰るしかないと思ってた」


テレーズが聞く。


「今は?」


マドレーヌは少し考えた。


通りには、まだ古い石畳がある。


扉も、窯も、列もある。


でも、彼女の中にあるものは変わっていた。


「聞く」


「誰に」


「粉屋に。役所に。議会に。並んでる人にも」


マルセルが苦笑する。


「強くなったな」


「怖いままだよ」


エティエンヌが言う。


「怖いまま声を出すことを、人は時々、政治と呼ぶのかもしれません」


ジャンは彼を見た。


「今日は記録しないんじゃなかったのか」


「今のは、忘れてください」


テレーズが笑った。


「忘れないよ。あんたが書かないなら、あたしが言いふらす」


列に小さな笑いが広がった。


それは勝利の笑いではない。


傷が癒えた笑いでもない。


それでも、朝の通りには必要な音だった。


ジャンの店の扉は開いたままだった。


奥では火が燃えている。


外では人々が話している。


テレーズがマドレーヌに聞いた。


「で、何が変わったんだろうね」


マドレーヌは籠を抱えた。


「昔と違うことが1つあるよ」


「何が?」


「もう、黙って並ぶだけじゃない」


扉の向こうから、焼き上がるパンの音がした。


通りでは、誰かが次の話を始めていた。


 ******


櫻未來の歴史メモ


今回の出来事


この最終話は、特定の1事件ではなく、革命後の余韻を描く創作です。1795年ごろのフランスでは、恐怖政治の後も政治的な揺れや生活不安が続いていました。



史実と創作


ジャン、マドレーヌ、テレーズ、マルセル、エティエンヌは創作人物です。第1話と同じパン屋へ戻ることで、革命がすべてを解決したわけではないことと、それでも人々の声が変わったことを示しています。



櫻からの問い


革命の意味は、終わった瞬間に決まるのでしょうか。それとも、その後を生きる人々が何を問い続けるかによって、何度も変わっていくのでしょうか。


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