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その時代を生きた人々 - フランス革命  作者: Miris
第4部:王を消しても、不安は消えない

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第16話:隣人の名簿

注記: 本作は史実をもとにした歴史フィクションです。

人物の会話、心理描写、一部の出来事の流れには創作を含みます。

史実そのものの解説は、本文最後の「櫻未來の歴史メモ」で補足します。


 ******


今回の登場人物


ルシアン:仕立屋。家族と店を守るため、疑われない側に立とうとする。

マルグリット:洗濯女。王の処刑の日に泣いていたことで疑いの目を向けられる。

エティエンヌ:告発文を書き写す書記。言葉が人を救うより縛るものになっていくのを感じている。

ガスパール:処刑人の助手。増えていく名前を覚えないようにしている。

マドレーヌ:知っている人が疑われる場面を見て、自分の沈黙を恐れる。


 ******


1793年秋、パリ。

革命を守るという名目で、反革命の疑いを受けた人々が次々と捕らえられていた。

昨日までの隣人が、今日には名簿の上で「疑わしい者」になる時代が始まっていた。


「疑わしい者はいないか」


区の委員が聞いた。


仕立屋ルシアンは帽子を握っていた。


「私の店には、まじめな客ばかりです」


「まじめな顔で裏切る者もいる」


「それは」


「家族はいるな」


ルシアンの喉が鳴った。


「娘が」


「店を失えば困るだろう」


「もちろんです」


委員は机を指で叩く。


「革命に協力する者は、店を守れる」


ルシアンはその意味を理解した。


理解したくなかった。


外ではマドレーヌが、母の古い服を直してもらうために待っていた。


マルグリットもいた。


「ルシアンさん、遅いね」


マルグリットが言う。


マドレーヌは頷く。


「この前、安くしてくれた」


「いい人だよ」


その言葉は、扉の向こうには届かなかった。


ルシアンは委員の前で汗を拭く。


「誰か、いないか」


「私は」


「沈黙は、疑いを呼ぶ」


ルシアンは妻と娘の顔を思い浮かべた。


店の棚。


未払いの布代。


熱を出した娘。


そして、王の処刑の日に泣いていた洗濯女の顔。


「マルグリットが」


声は自分のものではないようだった。


委員がペンを取る。


「続けろ」


「あの日、泣いていました」


「どの日だ」


「王の処刑の日です」


「理由は」


ルシアンは目を閉じた。


「知りません」


「なら、疑わしい」


扉が開いた。


マルグリットは最初、何もわかっていない顔をしていた。


兵が彼女の腕を取る。


「え」


マドレーヌが前へ出かける。


「違う」


声は喉で止まった。


マルグリットがマドレーヌを見た。


責める目ではなかった。


ただ、助けを求める目だった。


それが、いちばん苦しかった。


エティエンヌはその名を書いた。


マルグリット。


洗濯女。


疑い。


彼の手は止まらない。


隣の役人が言う。


「早くしろ。次がある」


「この人を知っています」


「知っているから何だ」


「知っている人の名を書くのは」


「知らない者ならよいのか」


エティエンヌは黙った。


その問いは、あまりにも正しかった。


夜、ガスパールは名簿を受け取った。


「今日は何人ですか」


「数えるな」


年上の助手が言った。


「覚えるからですか」


「いいや。数に慣れるからだ」


翌日、区の委員はまたルシアンを呼んだ。


「君の名も出ている」


ルシアンは青ざめた。


「なぜ」


「密告が遅すぎた。隠していたのではないか」


「そんな」


「革命への協力は、早さも大切だ」


ルシアンは椅子から立ち上がれなかった。


昨日、自分が他人へ向けた言葉が、今日は自分へ向いていた。


エティエンヌは新しい名を書いた。


ルシアン。


仕立屋。


疑い。


夜の広場で、ガスパールがつぶやく。


「名前を呼ばれる前の顔が、いちばん怖い」


エティエンヌが聞く。


「なぜです」


「まだ、自分だけは助かると思っている顔だからです」


マドレーヌは家へ戻り、籠を置いた。


その日はパンを買えた。


だが、何も食べたくなかった。


 ******


櫻未來の歴史メモ


今回の出来事


1793年ごろ、革命政府は反革命の疑いを強め、密告や逮捕が広がっていきました。恐怖政治の時代には、正義の言葉と保身の気持ちが結びつき、人々は隣人を疑うようになります。



史実と創作


ルシアンとマルグリットは創作人物です。特定の実在事件ではなく、当時の空気を日常の隣人関係として描いています。



櫻からの問い


ルシアンは悪人だったのでしょうか。それとも、家族を守りたい普通の人が、恐怖の仕組みの中で他人を差し出してしまったのでしょうか。


 ******


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