丰(意地っ張りへの後悔/婚礼の儀の乱れ)
丰 引用13件
女→男 恋歌 意地っ張り 後悔 もう遅い 淫詩
子之丰兮 俟我乎巷兮
悔予不送兮
豊かでおおらかなあなた様が
街中で私を待っていたのに。
悔やまれてならない、
見送ることができなかった。
子之昌兮 俟我乎堂兮
悔予不將兮
豊かでおおらかなあなた様が
お堂で私を待っていたのに。
悔やまれてならない、
見送ることができなかった。
衣錦褧衣 裳錦褧裳
叔兮伯兮 駕予與行
錦の衣に薄い上着と、
錦のスカートを一そろえ。
ああ、みなみなさま。
私の乗せた車を、かれの元へ
向かわせては下さるまいか。
裳錦褧裳 衣錦褧衣
叔兮伯兮 駕予與歸
錦のスカートに錦の衣、
薄い上着も一そろえ。
ああ、みなみなさま。
私の乗せた車を、かれの元へ
嫁がせに向かわせてくださるまいか。
○国風 鄭風 丰
意地っ張りの女の子が愛しの彼につれないそぶりをしてしまったら彼が振られたものだと思って帰って行ってしまった。娘うっかり! それで慌てて親族に車を曳いてもらい、かれのもとに押しかけたい、と願う感じであろうか。すさまじいバイタリティであるな。しかしこの辺りの詩は、ずいぶん現代のコミック的な解釈が許されてしまい、大丈夫か鄭の国……? とは思わずにおれぬ。そのあたりが、淫風と呼ばれておるのかな。
○儒家センセー のたまわく
「刺亂也。婚姻之道缺,陽倡而陰不和,男行而女不隨。」
婚姻の礼が乱れておることを嘆く詩である! この歌唱者は結納の儀がほぼ終わろうとしつつあるにもかかわらず心のどこかで別の男を思い、ゆえに婚礼の儀を台無しとした! 立ち去ってしまった婚約者を悔い、慌てて追いかけんとしているのである!
■豪勢な俺様
項羽が「きらびやかな着物を夜に着て歩く」、つまり功績が人目につかないのであれば意味がない、的に語ったとされる言葉がある。これは史記では「富貴不歸故鄉,如衣繡夜行,誰知之者!」と書かれるのであるが、漢書以降の引用では衣繡が衣錦と書かれる。おそらくどこぞのボケが「似た言葉なら詩の語句使って重さを加えちゃえ!」とかやらかしたのであろう。班固かな? ともあれ、後世では「豪勢な格好で功績を示す」的慣用句が、元の発言でなく飽くまで当詩で用いられた衣錦にて取って代わられておる。本気で衣繡の引用がない。ほんとそう言うとこだぞお前ら、的な気分にさせられるわけである。
・漢書1 高帝
賈人毋得衣錦繡綺縠絺紵■,操兵,乘騎馬。
・漢書31 項籍
羽見秦宮室皆已燒殘,又懷思東歸,曰:「富貴不歸故鄉,如衣錦夜行。」
・後漢書80.1 杜篤 注
韓生勸項羽都關中,羽曰:「富貴不歸故鄉,如衣錦夜行。」
・後漢書85 東夷序
東夷率皆土著,憙飲酒歌舞,或冠弁衣錦,器用俎豆。
・晋書110 李産
卿受石氏寵任,衣錦本鄉,何故不能立功於時,而反委質乎!
・晋書126 禿髪傉檀
興謂暠曰:「車騎坐定涼州,衣錦本國,其德我乎?」
・魏書48 高允
質侔和璧,文炳雕龍,燿姿天邑,衣錦舊邦。
・魏書54 高閭
閭以懸車之年,方求衣錦,知進忘退,有塵謙德,可降號平北將軍。
・魏書62 李彪
假滿赴職,衣錦乘軒,從郊廟之祀,鳴玉垂緌,
・魏書68 甄琛
未幾,除征北將軍、定州刺史,衣錦晝遊,大為稱滿。
・魏書79 鹿悆
君吳國敗喪不久。且衣錦夜遊,有識不許。
・魏書86 孝感序
淳風既遠,世情雖薄,孔門有以責衣錦,詩人所以思素冠。
■彼はしまわれた豪華なおべべ
晋書54 陸雲
棲靜隱寶,淪虛藏器;褧裳襲錦,緇衣被玉。
陸雲が同郷フレンズの張贍を推挙したときの言葉の一節である。「かれはタンスの奥深くにしまわれたお宝やきれいなおべべ」、つまり世に明らかとなっていない才能だよ、と紹介しておるわけである。
毛詩正義
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