清人(ふらふらするだけの軍隊/愚かな人事)
清人 引用6件
清邑軍 こけおどし 鄭文公批判 不徹底な命令
清人在彭 駟介旁旁
二矛重英 河上乎翱翔
清の邑人が彭に軍を構える。
重武装の四頭立ての馬車。
二本の矛には赤い旗。
しかしただ黄河のほとりを
ふらふらするばかり。
清人在消 駟介麃麃
二矛重喬 河上乎逍遙
清の邑人が消に軍を構える。
重武装の四頭立ての馬車。
二本の矛にはキジの羽飾り。
しかしただ黄河のほとりを
行ったり来たりするばかり。
清人在軸 駟介陶陶
左旋右抽 中軍作好
清の邑人が軸に軍を構える。
重武装の四頭立ての馬車。
左に巡り、右には矢を射るも、
中央軍はただどっしりと構えるだけ。
○国風 鄭風 清人
見せかけだけの脅しばかりを繰り返す清の村の軍、という感じなのかな。これは詩だけを読んでみても、なかなかうまく含意を拾えぬな。「ふーん」で終わってしまう。
○儒家センセー のたまわく
「刺文公也。高克好利而不顧其君,文公惡而欲遠之不能。使高克將兵而禦狄於竟,陳其師旅,翱翔河上。久而不召,眾散而歸,高克奔陳。公子素惡高克進之不以禮,文公退之不以道,危國亡師之本,故作是詩也。」
鄭の武公のひ孫、文公が高克という配下の振る舞いを憎んだ! そのため高克に清の村の軍を率いさせ蛮族らを防がせる任を与えたが、実質の左遷であった! しかもその後中央に召喚しようともせなんだため、高克はそんな任務をまともにこなそうともせぬわ、最終的には陳に亡命するわ、となった! すなわちこの詩の訴えんとすることは、アホかよ文公、である!
■高克さんかわいそう
左伝 閔公2
鄭人惡高克。使帥師次于河上。久而弗召。師潰而歸。高克奔陳。鄭人為之賦清人。
「このエピソードが詩経に載ったんだよ」と左伝にも書かれており、まぁさすがにここには儒家センセーの説で疑う必要もない、ないとは思うのだが、それにしてもこれがある。「孔丘センセーこれに思い邪なしってどういうことですか?」
■戦車の雅語
駟介、即ち四頭引きの重装戦車、と言ったあたりになるのであろうな。とは言えこうした言葉は後世に下れば下るほどただの雅語となる。特に楽四に乗る引用のされ方なぞ「重英」まで拾われており、、もうバキバキに当詩を参照しましたとばかりである。ちなみにその詩は劉裕が荊州の敵を打ち倒したことを讃える「劉裕の軍の」軍容の描写である。作者は何承天。これは何承天が劉裕軍になんらかの含むところを覚えていた、と言うことにもなりそうであるな。
・左伝 僖公28
丁未。獻楚俘于王。駟介百乘。徒兵千。
・史記39 晋文公 注
服虔曰:「駟介,駟馬被甲也。徒兵,步卒也。」
・宋書22 楽四
樓船掩江濆,駟介飛重英。歸德戒後夫,賈勇尚先鳴。
・宋書44 謝晦
輒糾勒義徒,繕治舟甲,舳艫亘川,駟介蔽野,武夫鷙勇,人百其誠。
毛詩正義
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