大叔于田(豪勢な狩りの様子/奔放な弟)
大叔于田 引用17件
イケメン 勇敢 共叔段 阿諛追従
叔于田 乘乘馬
執轡如組 兩驂如舞
叔在藪 火烈具舉
襢裼暴虎 獻于公所
將叔無狃 戒其傷女
狩りに出られる弟ぎみは、
四頭引きの馬車を見事に操られ、
添え馬二頭も踊るよう。
狩場にて勢子の掲げる火が躍る。
片肩をはだけられ、狙うは猛虎。
公の御前に献上するのだ。
どうぞ、重にご油断召されるな。
お怪我など、決してなされぬよう。
叔于田 乘乘黃
兩服上襄 兩驂雁行
叔在藪 火烈具揚
叔善射忌 又良御忌
抑磬控忌 抑縱送忌
狩りに出られる弟ぎみの、
馬車を引く馬の毛色は黄。
内馬二頭は踊るよう、
外馬二頭もそこに従う。
狩場にて勢子の火が燃え上がる。
弟ぎみは弓に、車の制御に長け、
上手くスピードを調整し、
獲物を追われるのだ。
叔于田 乘乘鴇
兩服齊首 兩驂如手
叔在藪 火烈具阜
叔馬慢忌 叔發罕忌
抑釋掤忌 抑鬯弓忌
狩りに出られる弟ぎみの、
馬車を引く馬の毛色は栗。
内馬二頭は首をそろえ、
外馬二頭はその手のよう。
狩場にて勢子の掲げる火が躍る。
あえてゆったりと進まれ、
あたら、弓を発することもない。
狩りを達成してしまえば矢筒を外し、
弓も仕舞ってしまわれる。
○国風 鄭風 大叔于田
颯爽たる貴公子の狩りの風景であるな。勢子たちの持つたいまつにて虎を貴公子の前におびき出し、それを貴公子は大した誤射もなしでたちまちのもとに射止め、そして虎を狩れさえすれば、すぐさま引き返す。何ともすっきりさわやかな風景である。
なお詩編名につく「大」は、同じ書き出しの句である前詩と較べて詩の規模が大きいためつけられたのでは、とされておる。
○儒家センセー のたまわく
「刺莊公也。叔多才而好勇,不義而得眾也。」
前条と同じく、共叔段の出しゃばりの様子が示されておる! 「兄上の為に立派な虎を射止めてごらんに入れましょう、どうでしょう、私はこんなにすごいんですよ」アピールの様子を描く! おいおい弟ちょづかせんじゃねえよ荘公、というわけである!
○崔浩先生、うっかり放言
儒家センセーにはロンドンか京都出身の方が混じっておらぬか……?
■共叔段は大人気
鄭武公の息子、鄭荘公の弟である共叔段は「ちょづいた弟がどんどん権勢を大きくし、ついに反乱をも企んだ」というストーリーのやり玉に挙がる。と言うわけで君主がその弟をつけあがらせているときに諫めの言葉的に用いられる例が多い。のだが、その中に地味に混じるのが段熲。なんと共叔段の子孫なのだそうである。こ、これは大変肩身の狭い出自でいらっしゃいますね……。
・左伝 隠公1
鄭武公娶于申。曰武姜。生莊公。及共叔段。莊公寤生。驚姜氏。故名曰寤生。遂惡之。愛共叔段。欲立之。
・史記7 項羽 注
括地志云:「京縣城在鄭州滎陽縣東南二十里。鄭之京邑也。晉太康地志云鄭太叔段所居邑。
・史記14 十二諸侯年表
生大叔段,母欲立段,公不聽。
・史記42 鄭武公
生太子寤生,生之難,及生,夫人弗愛。後生少子叔段,段生易,夫人愛之。
・漢書20 古今人表
下中人 叔段
・漢書28 地理 注
京。師古曰:「即鄭共叔段所居也。」
・漢書85 杜鄴
昔鄭伯隨姜氏之欲,終有叔段篡國之禍;周襄王內迫惠后之難,而遭居鄭之危。
・後漢書33 朱浮
蓋聞知者順時而謀,愚者逆理而動,常竊悲京城太叔以不知足而無賢輔,卒自棄於鄭也
・後漢書43 何敞
昔鄭武姜之幸叔段 ,衞莊公之寵州吁,愛而不教,終至凶戾。
・後漢書60.1 馬融
乃使鄭叔、晉婦之徒,睽孤刲刺,裸裎袒裼。
・後漢書61 周挙
秦始皇怨母失行,久而隔絕,後感潁考叔、茅焦之言,循復子道。
・後漢書65 段熲
段熲字紀明,武威姑臧人也。其先出鄭共叔段,西域都護會宗之從曾孫也。
・後漢書74.2 袁譚
莊公卒崇大隧之樂,象敖終受有鼻之封。願捐弃百痾,追攝舊義,復為母子昆弟如初。
・晋書14 地理上
滎陽地名敖,秦置敖倉者。京鄭太叔段所居。密故周畿內。
・晋書106 石虎上
周有子頹之釁,鄭有叔段之難,此皆由寵之不道,所以亂國害親,
・宋書44 謝晦
廬陵之事,不由傍人,內積蕭牆之釁,外行叔段之罰,既制之有主,臣何預焉。
■虎だ、虎になるんだ
漢書81 匡衡
鄭伯好勇,而國人暴虎。
暴虎は基本的に暴虎馮河で小雅に出てくる語として用いられるのだが、この一点のみ当詩よりの援用である。なにせ鄭伯である。共叔段が大人気なところを見れば、鄭伯、暴虎で共叔段というわけである。便利だな、共叔段。
毛詩正義
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