緇衣(夫の出仕を誇る/君主を誇る)
緇衣 引用7件
黒の着物 君子の正装 妻→夫 鄭武公 鄭桓公
緇衣之宜兮 敝 予又改為兮
適子之館兮 還 予授子之粲兮
なんと黒いおめしものがお似合いか。
もし破れてしまったら、
縫い直して見せましょう。
お勤めがお済みになったのち、
お戻りになったあなたを、
夕飯の支度をしてお待ちいたします。
緇衣之好兮 敝 予又改造兮
適子之館兮 還 予授子之粲兮
なんと黒いおめしものがお映えになる。
もし破れてしまったら、
作り直して見せましょう。
お勤めがお済みになったのち、
お戻りになったあなたを、
夕飯の支度をしてお待ちいたします。
緇衣之蓆兮 敝 予又改作兮
適子之館兮 還 予授子之粲兮
黒いおめしものが、立派に見えます。
もし壊れてしまったら、
新しくお作りしましょう。
お勤めがお済みになったのち、
お戻りになったあなたを、
夕飯の支度をしてお待ちいたします。
○国風 鄭風 緇衣
黒は朝廷の制服。出仕の為にきっちりと仕立てられた立派な黒い着物を、やはり立派な人が着るとさらに映える、といった内容である。立派な夫のお勤めを誇らしく見送る、といった感じであろうかな。「もし破れたら」が毎回ついて回ることにやや政争のきらいも見出せぬことはなきよう思うが。
○儒家センセー のたまわく
「美武公也。父子並為周司徒,善於其職,國人宜之,故美其德,以明有國善善之功焉。」
この詩は鄭の武公の偉大なるを讃えるものである! 武公、およびその父の桓公は周の司徒にまで上り詰めた! 大いなる周を文字通り支えた存在である、と言っても過言ではあるまい! それにしても「武」を諡される人物はみな偉大であるな!
■陸雲、同郷の名士を推挙
晋書54 陸雲
棲靜隱寶,淪虛藏器;褧裳襲錦,緇衣被玉。
張贍という人を推挙した時の言葉である。ひそやかな宝、密かに湛えられた器、あでやかなる絹の着物、宮仕えの着物を着た宝玉と、まぁ歯の浮く褒め言葉が炸裂しておる。
■孝武帝陛下、わけがわからないよ
宋書74 臧質
臣誠庸懦,奉教前朝,雖恧緇衣好賢之美,敢希巷伯惡惡之情,固已藉風聽而宵憤,撫短策而馳念。
臧質は劉宋武帝の妻の甥。すなわち、外戚である。皇帝家より大いなる信任を受け軍事力を得もしたが、徐々に不和となり、遂に謀叛の疑いをかけられ、追い詰められ挙兵。その中の一節……なのだが、「緇衣にある好賢の美」なる語句が見えるのは朱子学的解釈のほうであり、毛詩鄭箋にはまるで見えてこぬ。これはどう解釈したものか迷うな……。
■喪服ですってよ
・魏書79 成淹
希主人裁以弔服,使人唯齎袴褶,比既戎服,不可以弔,幸借緇衣㡊,以申國命。
上掲二つとはまるで違い「弔問の時に戦時の服ではなく緇衣、即ち黒い服で赴くのが礼に副っているでしょう」と言い出しておる。これはこれで全く詩経とは関係のないニュアンスなので困ったものである。
■改造しましょう
まあ、引用というわけでもない感じではあるのだがな。二十一世紀日本ではほぼ一般語であるが、ここではそうでもないらしい、という意味で取り上げることにした。
・三國志2 曹丕
若違今詔,妄有所變改造施,吾為戮尸地下,戮而重戮,死而重死。
・宋書18 礼五
改造依擬金根,而赤漆虞畫,玉飾諸末,建青旂,十有二旒,駕玄馬四,施羽葆蓋,以祀。・宋書75 顔竣
昔秦幣過重,高祖是患,普令民鑄,改造榆莢,而貨輕物重,又復乖時。
・魏書109 楽
魏為武始、咸熙,錯綜風聲,為一代之禮。晉無改造,易名正德。
毛詩正義
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