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崔浩先生の「元ネタとしての『詩経』」講座  作者: ヘツポツ斎
小雅 鹿鳴之什

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四牡(任務に就く配下を思う)

四牡《しぼ》 引用19件

統治の衰え 役目の苦しみ 望郷



四牡騑騑《しぼひひ》 周道倭遲《しゅうどういち》

豈不懷歸《がいふかいき》 王事靡盬《おうじびこ》 我心傷悲《がしんしょうひ》

 四頭立ての馬車が進む道は、

 周の政局のように曲がりくねる。

 どうして家に帰りたいと

 思わずにおれるだろうか。

 けれども王よりの命を

 ないがしろにはできぬ。

 ああ、痛ましきは我が心よ。


四牡騑騑《しぼひひ》 嘽嘽駱馬《たんたんらくば》

豈不懷歸《がいふかいき》 王事靡盬《おうじびこ》 不遑啟處《ふこうへきしょ》

 四頭立ての車を引く馬たちは、

 その辛き道のりにあえぐ。

 どうして家に帰りたいと

 思わずにおれるだろうか。

 けれども王よりの命を

 ないがしろにはできぬ。

 ああ、休むことも許されぬ。


翩翩者鵻《へんぺんしゃすい》 載飛載下《たいひたいか》 集于苞栩《しゅううほうく》

王事靡盬《おうじびこ》 不遑將父《ふこうしょうふ》

 空を飛ぶのはハチマンバト。

 あるいは飛び上がり、あるいは下る。

 そうしてトチノキの枝にとまる。

 ああ、王命をないがしろにはできぬ。

 老いた父の世話も、満足にできぬ。


翩翩者鵻《へんぺんしゃすい》 載飛載止《たいひたいし》 集于苞杞《しゅううほうき》

王事靡盬《おうじびこ》 不遑將母《ふこうしょうぼ》

 空を飛ぶのはハチマンバト。

 あるいは飛び立ち、あるいは留まる。

 そうしてクコの木の枝にとまる。

 ああ、王命をないがしろにはできぬ。

 老いた母の世話も、満足にできぬ。


駕彼四駱《がかしらく》 載驟駸駸《たいしゅうしんしん》

豈不懷歸《がいふかいき》 是用作歌《ぜようさくか》 將母來諗《しょうぼらいねん》

 四頭立ての馬車に乗り、

 ガラガラとひた走る。

 どうして家に帰りたいと

 思わずにおれるだろうか。

 だからこそ、この歌を歌うのだ。

 ああ、早く母を世話したいもの。




○小雅 四牡

勞使臣之來也。有功而見知則說矣。

唐風鴇羽

https://kakuyomu.jp/works/1177354054918856069/episodes/1177354055175937486

との関連性も見出しうる詩であるが、当該詩が「民の視点からの辛さ、怨嗟」を歌ったのに対し、当詩は上の立場から、父母を心配しつつも公役に従事する配下の辛さに同情したもの、という違いがあるそうである。わかるかそんなん。このあたり、断章取義的に取り扱ってはまずそうな雰囲気を感じずにはおれぬな。「王事靡盬」句を鴇羽からの引用とするか、当詩からの引用とするかで全くニュアンスが変わってこよう。




■お前頑張ってんな

三國志64 諸葛恪

功軼古人,勳超前世。主上歡然,遙用歎息。感『四牡』之遺典,思飲至之舊章。


呉の重臣諸葛瑾の息子、諸葛恪。彼もまた呉後期の重臣として活躍した。ここでは諸葛恪が山越という蛮族討伐に出た時に、孫権から発されたねぎらいの言葉である。当詩に乗るような苦労をお前にもかけてしまっているな、というわけである。



■この旅路の気の重さ

宋書43 傅亮

四牡倦長路,君轡可以收。


劉裕の後継者である劉義符は皇帝として不適格であったため、傅亮をはじめとした臣下は劉義符を廃位の上、その弟である劉義隆を次なる皇帝に推戴しようとした。この句は劉義隆を迎えるための旅路に出た時の傅亮がなした詩の一節である。その長い旅路に倦み、かつその先に待っているのであろう破滅の気配がひしひしと伝わってくる。なお傅亮らは廃位後の劉義符を殺害したため、その咎を劉義隆に責められ、殺されている。



■臣下を心配してくれ

魏書21 元雍

非所以奬勵皇華而敦崇四牡者也。


北魏宣武帝(元恪)の時の王族の一人である。宣武帝の下で法令を定めようとするときに表明した中に見える一節で上掲句が見える。次に紹介する皇皇者華は任務に従事した配下を盛大に労う詩、である。それを奨励せず、当詩のごとき想いを厚くせよ、というのであろうか。褒美とかそういったものも重要だが、臣下を思うことの方がより大切だ、となろうかな。



■以下、追加された引用は実例及び引用内容の紹介のみとする。


・左伝襄公 4

 對曰。三夏。天子所以享元侯也。使臣弗敢與聞。文王。兩君相見之樂也。臣不敢及。鹿鳴。君所以嘉寡君也。敢不拜嘉。四牡。君所以勞使臣也。(四牡)

・漢書27 五行

 水以天一為火二牡,木以天三為土十牡,土以天五為水六牡,火以天七為金四牡,金以天九為木八牡。(四牡)

・漢書73 韋賢

 黼衣朱紱,四牡龍旂。(四牡)

・漢書73 韋賢

 厥績既昭,車服有常,朝宗商邑,四牡翔翔(四牡)

・後漢書44 胡広 注

 赫赫三事,七佩其紱。奕奕四牡,沃若文轡。(四牡)

・後漢書52 崔寔

 馭委其轡,馬駘其銜,四牡橫奔,皇路險傾。(四牡)


・魏書21.1 元雍

 臣聞君舉必書,書而不法,後代何觀。詩云:「王事靡盬,不遑啟處」,又曰:「豈不懷歸,畏此簡書」。(豈不懷歸)


・漢書100.2 敍傳下

 漢武勞神,圖遠甚勤。王師驒驒,致誅大宛。


・左伝 襄公29

 子展曰。與其莫往。弱不猶愈乎。詩云。王事靡盬。不遑啟處。東西南北。誰敢寧處。


・後漢書7 桓帝

 閒者,日食毀缺,陽光晦暗,朕祗懼潛思,匪遑啟處。

・後漢書32 樊宏

 及光武皇帝受命中興,羣雄崩擾,旌旗亂野,東西誅戰,不遑啟處,然猶投戈講蓺,息馬論道。(遑啟處)

・後漢書73 公孫瓚

 袁氏之攻,狀若鬼神,梯衝舞吾樓上,鼓角鳴於地中,日窮月急,不遑啟處。(遑啟處)

・三國志8 陶謙 注

 臣前初以黃巾亂治,受策長驅,匪遑啟處。(遑啟處)

・晋書129 沮渠蒙遜

 每念蒼生之無辜,是以不遑啟處,身疲甲冑,體倦風塵。(遑啟處)

・宋書1 劉裕上

 凡在有心,誰不扼腕。裕等所以叩心泣血,不遑啟處者也。(遑啟處)

・魏書65 李平

 兼歷歲從戎,不遑啟處,自景明已來,差得休息。(遑啟處)



毛詩正義

https://zh.wikisource.org/wiki/%E6%AF%9B%E8%A9%A9%E6%AD%A3%E7%BE%A9/%E5%8D%B7%E4%B9%9D#%E3%80%8A%E5%9B%9B%E7%89%A1%E3%80%8B

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