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崔浩先生の「元ネタとしての『詩経』」講座  作者: ヘツポツ斎
国風 魏風

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葛屨(幼児虐待案件/けちんぼ士大夫)

葛屨《かつく》 引用7件

貧乏 苦労 けち 魏国批判



糾糾葛屨《きゅうきゅうかつく》 可以履霜《かじりそう》

摻摻女手《さんさんにょしゅ》 可以縫裳《かじほうしょう》

要之襋之《ようしきょくし》 好人服之《こうじんふくし》

 クズで編んだ薄手の靴にて、

 霜柱を踏む。

 か弱い女児が、ズボンを縫う。

 彼女の衣服は腰も、襟元も、

 つぎはぎだらけである。

 そうして彼女が編んだズボンを、

 貴人がお召しになるのだ。

 

好人提提《こうじんていてい》 宛然左辟《えんぜんさへき》 佩其象揥《はいきしょうてい》

維是褊心《いぜへんしん》 是以為刺《ぜじいし》

 貴人は腰も低く、ひとと会えば

 左側に自らお避けになる。

 象牙の飾り物は立派であるけれど、

 ただ、どケチなのがよろしくない。

 だからこの詩で批判するのだ。



○国風 魏風 葛屨

宛然左辟と佩其象揥に飛躍があるように感ぜられ、ここに句の欠落があるのではないか、と疑われておるそうである。全体としては、自分の履く靴、着る物にも困っているような少女に縫わせたズボンを履いている貴人は、いや、振る舞いは確かに立派なのだけれど、もうちょっとこう、自分のお召し物にもコストかけてやれよ、もうちょっとズボン編んだ幼女をねぎらってやってもいいんじゃない? といった感じになるであろうか。現代なら虐待案件であるな☆



○儒家センセー のたまわく

「刺褊也。魏地陿隘。其民機巧趨利。其君儉嗇褊急。而無德以將之。」

ここで言う魏とは、戦国時代や三国志の魏とはやや指すエリアが違う! 戦国~三国期の魏は洛陽の北東にあたり、どちらかと言えば詩経に言う「衛」に近いエリアであるが、詩経で扱う魏は洛陽と長安との中間を南端とし、そこから北に広がっておる! 太原や平陽の側を流れる汾水流域エリアを指すという! このエリアはいわゆる広い平原には恵まれておらず、そのため人々はせせこましい功利主義に走ることが多かった! それが民衆のみの問題であったならばまだしも、象牙の飾り物を帯びるようなクラスの士大夫であっても同じような振る舞いをする! それはいくらなんでも行きすぎであろう、とこの詩は批判するのである!



■葛屨、厳しいところを歩く

葛屨履霜の句が、厳しい環境を粗末な靴で歩く、つまり苦難の道のりの象徴となっておるようである。ただ仲長統はそこから「そうであるべきご政道をなんと贅沢三昧か!」とキレておるようである。このひとは本当に硬骨漢であるな。


・後漢書49 仲長統

葛屨履霜,敝由崇儉;楚楚衣服,戒在窮賒;疎禁厚下,以尾大陵弱;斂威峻罰,以苛薄分崩。

・魏書71 裴叔業

荷衣葛屨,裁營已整;搖策納屣,便陟山途。



■魏書が魏風で

魏書96 司馬叡

江山遼闊將數千里,叡羈縻而已,未能制服其民。有水田,少陸種,以罟網為業。機巧趨利,恩義寡薄。家無藏蓄,常守饑寒。


魏書に載る江南の国、即ち東晋の人情を語るパートで、当詩詩序の句が援用されておる。ここに込められる含意は詩経で魏という国号がやけに低く見られておるため、「うるせーそれはむしろ晋の話じゃねーか!」と逆ギレしておる感じなのであろう。ご苦労様なことであるな(笑)



■どこまで含意を追ったものか

宋書67 謝霊運

惠要襋而思韙,援冠弁而來虔。


謝霊運が劉宋の偉大さを歌うと見せかけて自分のおじいちゃんを褒めまくった「撰征賦」の一節。異民族に服を与えてやって礼儀作法を教えてやる、という部分に用いられるのだが、当詩で「幼い少女が頑張って縫い上げたもの」的ニュアンスで用いられておる言葉を持ち出すのは、まぁ平仄の絡みなのやも知れぬが、いい感じにウエメセが決まっておってよい。



■孫盛さんいちいち手厳しい

三國志12 何夔 注

夔知時制,而甘其寵,挟药要君,以避微耻。詩云『唯此褊心』,何夔其有焉。放之,可也;宥之,非也。


曹操はかなり手厳しい性格で、配下の事務官がポカをやらかすとすぐ杖でブッ叩いたそうである。その中で何夔は毒薬を携えて従事していたため、遂に曹操から殴られることはなかった。これを東晋の孫盛は「薬で主君おどしてぶたれるの回避しようたあ“せせこましい奴だなおい”、こんなやつ追放しろよ、許してんじゃねーよ」とやけに手厳しい。何夔のことが嫌いだったのであろうかな。



■表記が揺れてますね

惟此褊心を嵆康がはじめに用い、その句を唐の史臣が援用した、と言う感じになっておるが、当詩との表記揺れが、上掲三國志と比較しても発生しておるのが気になるところである。こうした表記揺れはなかなかにすべて拾い上げきること叶わぬのが口惜しきところであるな。


・晋書47 評

然而惟此褊心,乏弘雅之度,驟聞競爽,為物議所譏,惜哉!

・晋書49 嵆康

惟此褊心,顯明臧否;感悟思愆,怛若創痏。



毛詩正義

https://zh.wikisource.org/wiki/%E6%AF%9B%E8%A9%A9%E6%AD%A3%E7%BE%A9/%E5%8D%B7%E4%BA%94#%E3%80%8A%E8%91%9B%E5%B1%A8%E3%80%8B

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