第19話 作戦会議
「まあ、そんなことになっていたのですね」
頬に手を添えて、少し驚いたように言うセレーナ。
王都から呼び出された彼女は今、コテージで行われている作戦会議に加わっている。
「それで、具体的には何をすればいいのでしょう?」
セレーナの問いに、メロディが答えた。
「まず、封印されているガルムさんの弟達は、私とセレーナでどうにかします」
「あの銀ピカメイドになるのよね。今回、なんだか凄そうだけど……大丈夫?」
ルシアナが心配そうに問うと、メロディは一度視線を落とし、それでもコクリと頷いた。
「方法はあります。ただ、実行にはどうしても時間が必要です」
「時間?」
「ええ。今回はガルムさんの時より、ずっと多くの魔力が要ります。最終目標は弟達の浄化ですが……その前にあの、らせんの柱と帝国中に広がっている黒い魔力の雲をどうにかしないといけません。あれが残ったまま封印を解けば、最悪浄化が間に合わないかもしれないので」
「まあ……ガルムの弟を浄化しても、あの雲が残ってたら帝国の人々が困るものね。うちみたいに農作物がダメになったら……考えたくないわ」
ルトルバーグ家は、以前ガルムの魔力汚染で実際に不作を経験した。
あれが国家規模で起きたらと思うと……想像するだけで寒気がする。隣国のことだからと放置はできない。その影響は必ず、隣国であるテオラス王国にまで波及するはずだからだ。
リュークが低い声で口を開く。
「時間が必要ということは……その間、メロディは無防備になるということか?」
「はい。魔力の集中に全てを使います。他の魔法を使う余裕はありません」
「つまり、魔力を溜めきるまでの護衛が必要なんだな」
そこへ、マイカがぱっと手を挙げた。
「じゃあ、ここで魔力を溜め終えてから『通用口』で移動すればいいんじゃないですか?」
「あら、ナイスアイデアじゃない、マイカ」
「えへへっ」
ルシアナに褒められ、マイカは照れくさそうに笑った。しかし、メロディは苦い表情で首を横に振る。
「それができたら一番いいのだけど……今回は、本当にギリギリまで魔力を蓄えないといけなくて。『通用口』の転移には空間の揺らぎが生じるから、あれが魔力に干渉して、溜めた力が途中で暴発する可能性があるの。とても危険だわ」
「うーん、上手くいかないですねぇ」
腕を組んでマイカは悩み出した。ルシアナが整理するように言う。
「つまり、メロディは山頂で魔力を溜めて攻撃する。でも、その間に黒い鞭がまた飛んでくるかもしれないから、私達で守らなきゃいけない……ってことね?」
「とても不本意ですが、その通りです」
「だったらその護衛、私に任せてちょうだい!」
ルシアナは胸を強く叩いた。
「俺も加わる。任せてほしい」
リュークも迷いなく言い切る。
記憶喪失から回復した彼は、自分がかつて黒い魔力の魔物に操られていた記憶を、既に取り戻している。心を支配され、自由を失ったあの時の苦しみと屈辱は思い返すだけで怒りが湧いてくる。
それとは別であるが、同質の存在である以上、今の状況を放置するという選択肢はなかった。
「ここまで来て護衛は危険だからお断り、なんて言っても無駄よ? ね、メロディ?」
「……はい。よろしくお願いします、お嬢様、リューク」
「任せて!」
「分かった」
嬉しそうに微笑むメロディへ、ルシアナとリュークがはっきりと答えた。
そんな彼らのやり取りを眺めながら、マイカはちょっとだけ肩を落とす。
(私も変身できたら役に立てるのに……)
だが、すぐに内心で首を横に振った。
(やっぱりムリ! あんなこっぱずかしい姿、みんなには絶対見せられないよっ!)
前世では還暦まで生きたはずだが、大人の頃の記憶を思い出せない今、マイカの精神年齢は中学生くらいに戻っている。
だからこそ、魔法少女のような格好に変身することへの羞恥心を克服するのは容易なことではなかった。こればっかりはどうしようもない。仕方がないと、マイカはため息をつく。
「じゃあ、私はここで皆さんの帰りを待ってますね」
「マイカちゃん……できれば王都で待っていてほしいのだけど」
戦えないマイカをコテージに一人残していくのは、メロディはとても心配だった。
「むうっ! せっかくここまで来たのに、私だって近くで見守りたいです!」
「う、うーん……じゃあ、リビングに王都に繋がる『通用口』を設置しておくわ。本当に危なくなったらすぐに戻ってね?」
「わあっ! ありがとうございます! ……って、あれ? さっき、魔力を溜める間は他の魔法は使えないとか言って……」
「ええ、言ったけど?」
キョトンと首を傾げるメロディ。
どうやら『通用口』は設置してしまえば問題ないらしい。
(とっても助かるけど、相変わらずチートな人だなぁ……)
そんな内心のツッコミを隠しつつ、マイカと一緒にガルムとグレイルもコテージに残ることになった。お役に立てないのだから当然である。
「一緒にお留守番、頑張ろうね」
「わひゃん!」
「ぐーぐー……」
元気に吠えるガルムとは対照的に、相も変わらずグレイルは眠ったままだ。
(可愛いけど、さすがにちょっと寝すぎだよね……病気って感じじゃないけど。銀色の毛並みも綺麗だし……銀色……?)
「あっ!」
マイカが突然立ち上がった。全員が驚いた顔で振り向く。
そして、マイカはリュークを指差した。
「リュークの攻撃、敵に効かないんじゃないですか?」
「「「あっ」」」
一般的に、魔物には魔力を通した攻撃が有効だ。しかし、黒い魔力を宿した魔物には、通常の魔力攻撃は効果がない。唯一有効なのは、銀製武器に魔力を宿した攻撃だけだ。
しかし、『貧乏貴族』と名高かったルトルバーグ家に、そんな高価な武器があるはずもなく。
「……すっかり失念していた。どうする、このままじゃルシアナお嬢様しか護衛が務まらないぞ」
淡々としているが、リュークの声には焦りが滲んでいる。
「さすがにお嬢様一人に任せるのは現実的じゃありませんね……どうしましょう」
三人が困り果てる中、ルシアナはにこりと笑った。
「お嬢様?」
「メロディったら、ホントにダメねぇ。こういう時こそ、使えるものは使わなきゃ」
人差し指を左右に振り、いたずらっぽい笑みを浮かべる。
「使えるもの?」
心当たりがないメロディは、ポカンと首を傾げるしかなかった。
◆◆◆
「旦那様、午後からリビングを掃除するって言いましたよね? はい、出て出て」
「いや、うん、すまない……だけど毎回思うんだが、掃除のために主を追い出すメイドってどうなんだ、ポーラ。仕事中なのだが」
ここは王都にあるフロード騎士爵邸。昼下がりのリビングで紅茶を味わっていたレクトにズバリと文句を言っているのは、オールワークスメイドのポーラである。
彼女は両手を腰に当て、呆れた目でテーブルの上を指す。
「仕事なら自室でやってください。というかその書類、テーブルに置いてあるだけで読んでなんかいないじゃないですか」
「うっ」
図星を刺され、レクトは言葉を失う。実際、資料をいくつか持ってきてはいたが、ページは一度も開かれていなかった。紅茶をすすってはぼんやりと窓の外を眺めるばかり。
その気の抜けた様子に、ポーラはため息をひとつ。
「まったく、ちょっとここ数日メロディに会えないくらいで腑抜けちゃって。いざ会いに来てくれた時、そんな体たらくじゃ恥ずかしくて会わせられませんよ?」
「なっ! そ、そんなんじゃない……ぞ?」
反論しようとした声は、赤くなった頬とともに小さくしぼんでいく。
冬の舞踏会以来、メロディは王都を留守にしている。屋敷を訪ねたときも、セレーナから「外出中」と告げられたばかりだった。
「年が明けてからまだ一度も会えてませんもんね。寂しくなる気持ちは分かりますけど、そろそろ新年気分を切り替えてもらわないと――あら?」
突然、ポーラの視線が止まる。レクトが振り返ると、背後の少し離れたところに、いつの間にか見覚えのある木製の扉が立っていた。
「……見たことある扉だな」
「見たことある扉ですねぇ……」
その光景に既視感を覚える二人。なぜなら、ほぼ同じ状況を経験しているからだ。
そっと扉が開かれると、顔を覗かせたのは予想通りの人物だった。
「すみません、レクトさん。いらっしゃいますか?」
メロディだった。少し気まずそうな笑みとともに、リビングにひょこりと姿を出す。
ポーラはぱっと表情を明るくして迎えた。
「いらっしゃい、メロディ! 今日はどうしたの?」
「あ、ポーラ。えっと……レクトさんに、銀製武器を貸してもらえないかなって」
その言葉に、レクトは思わず姿勢を正した。銀製武器が必要ということは、黒い魔力の魔物が関係しているにほかならないからだ。
(メロディ、また何かに巻き込まれているのか……!)
レクトは勢いよく立ち上がる。
メロディもそこでようやく彼の存在に気づいたようだ。
「あ、レクトさん。急に押しかけてしまって、すみません。えっと……」
「銀製武器だな。すぐに用意する。いくつ必要なんだ」
「え? 一つで十分ですけど……」
その返事を聞き、レクトはほんの少しだけ肩を落とした。
(これ、絶対に俺は頭数に入っていないな……)
時折大胆な行動に出るメロディだが、基本は遠慮がちだ。銀製武器を求めるということは、戦闘が予想される。だからこそ無関係な自分を巻き込みたくないのだろう。
(だけど俺は……無関係でいたくないんだ)
ポーラと目が合う。彼女も察したらしく、こっそり小さく頷いた。
「ポーラ、準備してくる。メロディを頼む」
「はーい、畏まりました。ちょっとは成長してきたみたいで、私も嬉しいですよ。頑張ってくださいね、旦那様」
「……ああ」
「え? え?」
会話の意味が理解できず、困惑するメロディを背に、レクトは自室へ向かった。
フロード家にある銀製武器は予備を含めて剣が二本。
一本を手に、もう一本を腰へ下げた。
そしてレクトは、足早にリビングへ戻っていった。
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