第18話 らせんの柱
「早くどうにかしないと……」
ロードピア帝国が、ルトルバーグ領のような不作に見舞われるかもしれない。
焦燥感に苛まれるメロディ。マイカとルシアナの表情も優れない。二人はテーブルの中央に置かれた黒い玉を睨みつけていた。
「もうちょっとこれが正確に反応してくれたらよかったんだけど」
「ですよねぇ。全方位に光られてもこっちは分かんないですよ」
「うう、ごめんなさい」
しょんぼり謝るメロディに慌てたのはルシアナとマイカである。
「ああっ! そんなつもりじゃないのよ、メロディ! あなたは悪くないんだから!」
「そうですよ! 悪いのは帝国中に雪を降らせてる奴なんですから!」
「……ありがとう、二人とも。何とかもう少し精度を上げられないか確かめて――え?」
メロディは黒い玉を摘まみ取った。その瞬間、変化が訪れる。
ぐにゃぐにゃと歪んでいた玉の光が収まり、光がメロディの額を貫いた。
「きゃっ!」
突然のことに、メロディは思わず黒い玉を手放してしまう。
玉はテーブルの上を転がった。
「どうしたの、メロディ!?」
「い、今、玉から……光の線が……」
眩しさと、何となく頭を射抜かれたような怖さがあって、メロディは額を右手で押さえる。
「光の線? ホントですか?」
転がる黒い玉をマイカが拾った。手のひらにのせ、じっと変化を待つ。
しかし……。
「何も変わりませんけど」
「ええ? でも、確かにさっきは」
困惑する三人を尻目に、リュークが一つの解答を導き出した。
「メロディ、北だ」
「北?」
「……お前の方がマイカより、ほんの少しだけ北にいる」
メロディ達はリビングのテーブルに集まっていた。方角など考えていなかったが、言われてみれば確かに、メロディは北側の席に座っている。
「……まさかっ」
マイカの手から黒い玉を取ると、メロディは自分の背後に向けて手を差し出した。手のひらの上で、黒い玉が光を灯し、光の線を走らせる。
「光の線が出ました!」
どうやらメロディ達は、黒い玉が察知できるギリギリの範囲に辿り着いていたらしい。
「やったじゃない、メロディ! それで、光の線はどこに向かってるの?」
「はい! 光の線はこのまま北へ……まっすぐ……」
そう言いながら、ゆっくりと首を反らせるメロディ。それだけで、三人は光がどこに伸びているのか理解できた。
「……ねえ、リューク。確か、街より北は大きな山しかないんだっけ?」
「……そうだな」
「……メロディ、めっちゃ上を見てるわねぇ」
どうやら、黒い魔力の源となるガルムの弟達は、大きな山の高いところに封印されているようだ。
「私が『天翼』で空まで行って、状況を確認してきます」
「え? みんなで馬車で行かないんですか?」
メロディの提案に、マイカは首を傾げた。
「この辺りはさらに風が強いから、馬車だと危険だわ。魔法で身を守りながら一気に飛んだ方が山頂まで速く辿り着けると思う」
天馬の馬車で飛行すれば、どうしてもみんなの安全を考慮しなければならない。
また、メロディは操縦に専念せねばならず、黒い玉の光を自分で確認できない問題もあった。
吹雪で視界が悪い今、二度手間は避けたい。
しかし、それに待ったをかける者が現われる。
「それは許可できないわ、メロディ!」
「お嬢様っ」
「また悪い癖が出ているわね。一人で行っちゃダメだって言ってるでしょう。私も行くからね!」
「お嬢様も?」
「何のために魔法の翅を作ってもらったと思ってるの? こういう時のためでしょ」
ルシアナは立ち上がり、メロディの手を握る。
「危ないかもしれないんだから、二人で行くの。それができないなら、たとえロードピア帝国が滅ぶことになっても、私は絶対に許可しないからね!」
「お嬢様……」
メロディの手を握るルシアナの瞳には、揺るぎない決意が宿っていた。
メロディはそれを変えられる気がしなかった。
「……分かりました。私とお嬢様の二人で行きましょう」
「そうこなくっちゃ! マイカとリュークは屋敷で待機していてちょうだい」
「分かった」
「気を付けてくださいね」
ルシアナの方針に逆らうつもりはないようだ。
マイカとリュークはコクリと頷く。
「さあ、ガルムの弟とやらに会いに行くわよ!」
「お嬢様? まずは偵察するだけですからね?」
◆◆◆
「我に飛翔の翼を『天翼』。かの者に天上を踊る翅を『天翅』」
メロディの背に天使の翼が、ルシアナの背に妖精の翅が生まれる。
「お嬢様、手を」
「うんっ」
右手に黒い玉を握ったまま、メロディは左手を差し出す。ルシアナはその手をしっかりと握り返した。
「清らかなる息吹の調べ『白銀の風』」
白銀の輝く風が生まれ、二人の体を柔らかく包み込む。
リュークがコテージの玄関扉を開けると、吹雪が容赦なく吹き込んできたが、魔法の風に包まれている二人には、ひとかけらの雪も触れられなかった。
「行きましょう、お嬢様」
「ええ! 行ってきます、二人とも!」
手を繋いだまま、メロディとルシアナは外へ飛び出した。
瞬く間に二人は吹雪の中へ舞い上がり、白銀の風がその背を押す。
やはりメロディの方が魔法の扱いに長けているのだろう。ルシアナは、まるでメロディに手を引かれるように空を翔けていた。
上空に荒れ狂う風も、鋭い雪の粒も、『白銀の風』が全てを弾き返す。
空気抵抗すら感じない。
二人は、迷うことなく空へ、空へと昇っていく。
「このまま雲を突き抜けて、上から目標を探します!」
「分かったわ!」
やがて二人は、暗い雲の層へ突入した。
視界を黒が覆い、風の音だけが耳に響く。
「……出ます!」
「――っ!」
しかし一瞬、視界の先で光が滲む。
黒い闇が薄れ、太陽の光が差し込む。視界は一気に白に塗り替えられていった。
ルシアナは眩しさに思わず瞼を閉じた。その裏側まで光が染み込んでくる。
そっと目を開ければ――。
「……わぁ」
――そこには、地上の吹雪が嘘のような、眩い太陽と青い空が広がっていた。
「綺麗ですね、お嬢様」
「うんっ! ……あっ」
視界を下へ向けると、黒い雲の海が広がっている。地平線のように続く雲はうねり、黒と青で世界が二つに分断されているようだった。
「こっちもすごい……メロディ、黒い玉は?」
「反応、あります。こっちです」
メロディに導かれ、ルシアナは雲の上を進む。
近づくにつれ、黒い雲はまるで意志を持つ生き物のように蠢き、やがて巨大な雲の山となって姿を現した。
その麓で、メロディは停止する。
「ここからまた雲を抜けて降ります」
「この下にガルムの弟達がいるの?」
「直接真下へ降りるのは危険なので、少し離れたところから様子を見ます」
雲の山の中心の下、そこに黒い魔力の源があるのだろう。
ルシアナは静かに頷いた。
そして二人は再び、黒い雲の中へと身を沈めていった。
雲を突き抜けた瞬間、吹雪の咆哮がふたたび二人を包んだ。視界はほとんど白で塗りつぶされている。それでも、あれだけの距離なら見逃すはずがなかった。
二人はすでに山頂近くまで来ていた。山頂の中心から、巨大な黒い魔力の柱が立ち上り、らせんを描いて分厚い雲を突き刺している。瞳に魔力を集めずとも見えるほど、圧倒的な力だった。
雲へ近づくほど柱は太く、脈打つように力を増している。二本の黒柱が絡み合うように渦を巻き、互いの魔力を乗算的に増幅させていることが一目で分かる。
(最初に漏れ出てる魔力量は大きくないのに……かけ算みたいに強くなってる)
メロディは山頂の闇を見据え、息を呑んだ。
いくら魔法の風に守られているとはいえ、あの黒いらせんには絶対に触れてはいけない。直感がそう告げていた。
幸い、地表から漏れ出している初期の魔力はまだ弱い。柱の根元から少し離れれば、山頂に降りる余裕はあるだろう。そこで『通用口』の扉を開けば、次からは安全に来られるはずだ。
(この規模……私一人じゃ無理。やっぱりセレーナの力が必要だわ)
「お嬢様、山頂に降ります」
「ええ……」
ルシアナの声には緊張が滲んでいた。あの黒柱は、存在するだけで胸を圧迫するような圧力を放っている。気圧されるのも仕方がない。
二人は山頂の外縁にそっと降り立った。奇妙なことに、この場所だけ吹雪が止んでいる。おそらく、黒柱が放つ魔力の波動が、周囲の吹雪を追い払っているのだろう。
メロディは柱から目を背けるようにして、『通用口』の扉を呼び出した。
「一度コテージに戻りましょう。あとはセレーナを呼んで――」
「メロディ!?」
「えっ? きゃあっ!」
空間が弾けたような轟音と同時に、突風が吹き荒れた。二人を守っていた『白銀の風』が、何かに破壊されたのだ。
「なっ……!」
メロディは息を呑んだ。黒いらせんの柱から、枝分かれするように黒い魔力の鞭が伸び、その一撃で風の守りを砕いたのだ。
防御が失われた瞬間、黒い魔力の圧迫感がむき出しでのしかかってくる。
「お嬢様! 『通用口』を通ってコテージへ!」
「ダメよ! そんな隙は見せられない!」
ルシアナはコートのポケットから扇子を取り出し、魔力を流し込んで一気に開く。
扇子は姿を変え、ルシアナの手に『聖なるハリセン』が現われた。
構えた瞬間、黒鞭が唸りを上げて突っ込んでくる。
ルシアナはそれを迎え撃ち、鋭くハリセンを振り抜いた。
白銀の魔力を宿した一撃が、黒鞭を弾き返す。
「一度退けないと、扉に飛び込む隙すらないわ!」
「くっ! 仕方ありません。清らかなる息吹の調べ『白銀の風』!」
メロディの掌から光が走り、白銀の突風となって黒鞭にぶつかる。
今回は守りではなく、押し返すための風。
メロディが持つ白銀の魔力には、黒い魔力を破壊する力がある。
白銀の魔力を浴びた黒鞭は、触れられただけで裂け、煙のように黒い魔力を散らした。
「――そして、縛る!」
メロディは風の流れを操り、黒鞭を絡め取るように風の鎖を編み上げた。黒鞭は暴れながらも、白銀の鎖に縫い止められていく。
「お嬢様!」
「任せて!」
ルシアナは駆け込み、ひび割れが広がる黒鞭の目前に躍り出た。
「こっちはガルムに頼まれて助けに来てる! 邪魔しないでっ! いいかげんに、しなさあああああああああああああい!」
渾身の一撃が黒鞭に叩きつけられ、白銀の光が炸裂する。
その光を起点に、黒鞭全体へと亀裂が一気に走った。次の瞬間、ガラスが砕けるように黒鞭は霧散した。
ルシアナは素早く後退し、二人はしばし周囲を警戒する。新たな鞭が現れないのを確認すると、二人は『通用口』へ飛び込み、コテージへと戻った。
「あああっ!」
「どうしたの、メロディ!?」
「お嬢様を『通用口』から通してしまうなんて! お嬢様には『迎賓門』があるのに!」
「そんなこと言ってる場合!?」
戻って早々その会話とは……マイカは呆れ顔で二人を見つめた。
(シリアスさん、仕事してください……)
マイカの心のツッコミは、今日もそっと胸にしまわれるのだった。
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