第14話 本格始動
冬の舞踏会から数日がたち、本日は一月四日。
王都のルトルバーグ邸。部屋のカーテンの隙間から柔らかな朝日が差し込み、メロディは寝室の主にそっと声を掛けた。
「お嬢様、おはようございます。お目覚めの時間ですよ」
「うーん……おはよう、メロディ」
「はい、おはようございます。温かい紅茶を淹れましたから、まずはこれを飲んで目を覚ましてください」
「……はーい」
メロディはワゴンの上に置かれたティーカップに紅茶を注ぎ、ルシアナはのそのそと体を起こす。手渡されたカップを両手で包み込み、ゆっくりと紅茶を口に運んだ。
「……ふぅ。毎日飲んでも、メロディの紅茶は飽きずに美味しいわ」
「ふふふ、ありがとうございます、お嬢様」
紅茶を堪能し終えたルシアナは、ぐっと背伸びをしてベッドから立ち上がった。朝の柔らかな光が差し込む部屋で、身支度を整える。
最後に鏡台の前で髪を梳いてもらいながら、ふわりとあくびを一つ。
「お嬢様、昨夜は夜更かしされたんですか?」
「うん。ちょっと読みたい本があってね。年明けって、なんだかダラけちゃうのよねぇ」
「分かります」
十二月三十一日、冬の舞踏会が開かれ、その日の真夜中には年越しのカウントダウンが催された。
以降の三日間、ルシアナ達は新年らしいゆったりとした日々を過ごした。
感覚としては日本の三が日と似ているだろう。王都では年始の初詣のような催しもあり、ルシアナはベアトリスやミリアリア、ルーナ達とともに出掛け、新年を満喫していた。
「そうすると、今日は控えた方がいいでしょうか」
「何かするつもりの?」
髪を梳きながら小首を傾げるメロディに、ルシアナは上目遣いで振り返った。
「今日は天気もいいですし、そろそろガルムさんの弟捜しを始めようと思ったんです」
「ガルムの弟捜し……ああ、そうだったわね!」
それは十二月二十一日の夜のこと。
二人はガルムの弟捜しを一緒に行う約束を交わした。
あれからもう十日以上が経っている。ルシアナは少し忘れてしまっていたようだ。
ルシアナはベランダの外へ目を向けた。昨年降った雪はまだ白く残っているが、曇天は消え、澄み渡った青空が広がっている。外出には絶好の日和だ。
「いいわね。行きましょうよ。三学期までまだ一週間近くあるし、ちょうどいいわ」
「でも、眠くはないですか?」
「眠気なんか吹き飛んじゃった! だって、とうとう空を飛ぶ日が来たんだもの。楽しみだわ!」
ルシアナはそう言うと、勢いよく立ち上がった。
「そうと決まれば急ぎましょう! 作戦を立てなきゃね!」
「落ち着いてください、お嬢様。まずは朝食を食べてからですよ」
「はーい!」
身支度を終えたルシアナは、弾むような足取りで部屋を飛び出した。テンションの高いルシアナを追って、メロディも食堂へ向かうのだった。
朝食を終え、後片付けなどの仕事が一段落した頃、メロディとルシアナは調理場にいた。調理台の上には、テオラス王国周辺の簡易的な地図が広げられている。
「それで、ガルムの弟ってどうやって捜すの?」
ルシアナが問いかけると、メロディは王都の位置を指で押さえながら答えた。
「えっと確か、ガルムさんが指し示した方角は……」
メロディは学園舞踏祭の夜のことを思い出す。
あの時ガルムは、弟達のいる方角を魔法で教えてくれた。空に巨大な魔法陣を描き、魔法の流星を飛ばしたのである。
その結果、四体の弟のうち、二体は北方に、もう二体は西方にいることが分かった。
「北と西ですけど、正確な方角は……こんな感じでしょうか?」
メロディは王都から北に向かって地図をなぞる。正確には北というより北西の方角だ。そしてもう一つは、西の方向のまま。
「ふむふむ。北の方はうちの領地を通ってるわね……またうちにいるとかじゃないでしょうね?」
「さすがに近くにいたら教えてくれたでしょうから、違うと思いますけど……」
メロディは苦笑した。一度あった以上、二度目、三度目があっても不思議ではないのだから。
「じゃあ今回は北を先に捜しましょう。うちの領にいないかどうか確認したいわ」
「そうですね。もしいたら、小屋敷の方も潰れてしまうかもしれませんし」
「怖いこと言わないでよーっ!」
理由は不明だが、ガルムはかつてルトルバーグ邸の地下深くに封印されていた。その封印が弱まった影響で地面が大きく揺れ、領地の邸宅は地震に耐えられず倒壊してしまった。
現在はメロディが魔法で建てた小屋敷が領地の拠点となっている。冬が明けたら、本格的に屋敷の再建を考えなければならない。
しかし、伯爵家でありながら「貧乏貴族」と呼ばれたルトルバーグ家に、再建費用の目途はまだ立っていない。小屋敷まで失ったら、本当に立ちゆかなくなるだろう。
由々しき事態だ。
「では、ルトルバーグ領を通りつつ、北方でガルムさんの弟捜しをする、ということでいいですか?」
「それでいきましょう」
ルシアナは笑顔で頷いた。そこへマイカと、ティーセットをのせたワゴンを押すリュークがやってきた。伯爵夫妻に紅茶を出して、戻ってきたところらしい。
「あれ? こんなところでお二人で何してるんですか?」
小首を傾げて尋ねるマイカに、メロディが答えた。
「ガルムさんの弟捜しをしようと思って。今、お嬢様と捜索ルートを相談中なの」
「へ? ガルムの弟捜し?」
「わひゃん?」
マイカと足下のガルムがそろって首を傾げる。
するとマイカは「あっ」と気付いた。
「ああ、前のガルム! そういえば、弟を捜してみたいなこと言ってましたね!」
「ええ、そうなの。これからお嬢様と一緒に捜しに行こうと思って」
「捜しにって……かなり遠くなかったですか? どうやって行くんです?」
マイカが尋ねると、ルシアナは胸を張って自慢げに笑った。
「ふふふ! こうやってよ。メロディ、お願い」
「畏まりました。かの者に天上を踊る翅を『天翅』」
メロディが魔法を使うと、ルシアナの背中に白銀の光が生まれた。さなぎが羽化するように、ルシアナの背中に、水のように透き通った妖精を思わせる翅が姿を現す。
「えええっ!? 何ですか、それ!」
マイカは驚きの声を上げた。
「ふっふっふっ! 見てなさい、とう!」
ルシアナは軽く地面を蹴ると、ふわりと体が浮かび、調理場の天井付近を自由に飛行した。
「それって、もしかしてお嬢様が自分で飛んでるんですか!?」
「魔力はメロディ頼りだけど、そうよ。この魔法でメロディと一緒に空から捜索をするの」
「おおおおっ、すごーい……」
(メロディ先輩、分かっていたけどホントに何でもありだなぁ……)
マイカは感心とも呆れともつかぬ息を漏らした。
「メロディ先輩、私もガルムの弟捜しに行きたいです!」
そして、お願いを口にしたのである。
ガルムの弟捜しに同行したいと告げたマイカに、メロディは目を丸くした。
「え? マイカちゃんも?」
「はい! だって、私のガルムにも関係することじゃないですか!」
「そ、そうかな? うーん、そう言われるとそうかも……?」
「わひゃん!」
マイカはガルムを抱き上げて自分の意思を示した。今、マイカの腕の中にいるガルムは、かつて弟達の居場所を伝えたガルムが生まれ変わった姿だ。
新生ガルムは記憶を引き継いでいないが、マイカはどうしても捜索に付き合いたかった。
(一応、夢で前のガルムからは弟捜しを頼まれてるし、何よりこんなのどう考えてもゲームにない裏設定の話でしょ。ゲーム好きとしても、今後のシナリオ攻略のヒントとしても、見逃せないよ!)
前世の記憶を持つマイカは、ここが乙女ゲーム『銀の聖女と五つの誓い』の世界であることを知る数少ない一人。そして転生者の中で、唯一メロディがゲームの主人公であることを知る人物でもある。
ゲームにはない事件が多発しており、ゲームのラスボスである魔王ヴァナルガンドの所在は今も分かっていない。
ガルムによれば、魔王ヴァナルガンドもまた弟の一人らしい。つまり、メロディが捜すと言っている弟達もまた魔王となりうる存在で、彼らはゲームには登場していなかった。
(『魔法使いの卵』に蓄えられていたメロディ先輩の魔力はなくなっちゃったから、私はもう変身できないけど、それでもちゃんと見ておきたい。メロディ先輩が一緒なら安全だろうし)
マイカの頼みを受け、メロディとルシアナは顔を見合わせた。
「うーん、どうしましょう」
「メロディ、マイカにも魔法の翅をつけられる?」
「できなくはないんですけど、人数が多いと不測の事態が起きた時、対応できるかどうか。一応、空を飛ぶわけですし」
「確かに」
万が一『天翅』がうっかり解除されてしまった時、二人同時では片方を助けられないかもしれない。それは大きな不安材料だ。
「……だったら、マイカの面倒は俺がみてもいいが」
「リューク?」
会話にリュークが加わり、メロディは首を傾げた。
「……空を飛ぶ魔法は使えないが、最悪、マイカが落下しても着地くらいは問題ない」
要するに、メロディはルシアナ、リュークはマイカとペアを組むことで、リスクを低減する作戦らしい。
「リューク、いいの?」
マイカが尋ねると、リュークは腕を組み、少し不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「……放っておくとどこでも落っこちるからな、マイカは」
「え、えへへへ?」
王立学園でのことを言っているのだろう。学園に突如現われた魔物を倒すため、マイカは小聖女に変身して戦った。勝利するも、魔力を使い切って変身が解け、地面に落下するところをリュークに助けられたのだ。
誤魔化すように頭をかきながら笑うマイカを、事情を知らないメロディとルシアナは不思議そうに見つめた。
「リュークがマイカの面倒を見てくれるなら問題ないんじゃない?」
「そうですね。でも、四人もいるなら、別々に飛行するより乗り物を用意した方が安心かもしれません」
「「乗り物?」」
ルシアナとマイカがそろって首を傾げた。
メロディはしばらく考えたあと、答えを口にした。
「……よし、ちょっと庭に行ってきます」
「あ、ちょっと待ってよ、メロディ!」
ルシアナ達は慌てて庭へ向かった。庭の木々には雪囲いが施され、その上に白い雪が積もっている。以前、ルシアナが作った雪だるまやかまくら、ソリ用の小山もまだ残っていた。
「こんなところで何をするの?」
ルシアナが尋ねると、メロディは庭全体を見渡し、深く頷く。
「うん、多分大丈夫。行きます……我が手は氷結の世界を刻む『氷の彫刻』」
「「「――っ!?」」」
目の前の光景に、ルシアナ達は息を呑んだ。庭の雪が動き出し、形を変えていく。白い雪は圧縮されて固まり、次第に具体的な形を成していった。
アニメ公式Xアカウントにてルシアナ役の大久保瑠美さんのサインプレゼントキャンペーン実施中です。
アニメ公式Xプレゼント企画ポスト
https://x.com/allworks_maid/status/2033015327433593159
応募期間3月21日(土)23:59まで
ぶっちゃけフォロワー数少ないので狙い目です。
ぜひフォローお願いします♪




